2014年12月26日(金)

「ダイエーは21世紀の業態をつくれんかったなあ」

ダイエー創業者・中内功は何を思うのか?

PRESIDENT Online スペシャル /PRESIDENT BOOKS

著者
恩地 祥光 おんじ・よしみつ
レコフ代表取締役社長

恩地 祥光1954年、大阪市生まれ。77年、ダイエー入社。中内功CEO秘書役・総合企画室長・経営企画本部長などを歴任。入社5年目、26歳のときから“かばん持ち”として4年間、CEOの間近で仕える。その後、専務に就任した長男・中内潤氏の秘書役を経て、経営企画の分野に異動。98年、レコフ入社、2010年より現職。

株式会社レコフ代表取締役社長 恩地祥光=文
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ダイエーの看板がなくなる日

2014年12月26日。

あのダイエーが上場廃止になる。そして、近い将来、ダイエーの看板もなくなってしまうことが決定している。ダイエーという会社は中内功氏による1957年の創業以来、日本の流通業界のトップランナーとして走り続けてきた。食品から電化製品までフルラインで品揃えする「総合スーパー業態」を世界で初めて確立した(米国のGMSは食品を置いていなかった)。

また、農業や漁業・畜産といった第一次産業(生産現場)から、小売・サービスの第三次産業まで、一気通貫でそのしくみを変革してきた。「物価凍結宣言」「価格決定権は消費者にあり」といったメッセージを発信しながら日本の消費者とともに歩んできた。

これがダイエーの歴史である。

日本の小売りビジネスでダイエーが先頭を切らなかったのは、コンビニエンスストアぐらいではないだろうか。

さて、わたしが『中内功のかばん持ち』という本を上梓したのは、ちょうどイオンがダイエーを子会社化してしばらく経過したタイミングであった。その前書きではこんなふうに書いている。

「2013年3月27日、イオングループはダイエーを子会社化すると発表した。……わたしは、中内功さんが生きていたら何とコメントされただろうと考えた。『イオンが経営するダイエーて、そら理屈に合わんでしょ。岡田さんに言うて、ダイエーの看板を全部外してもろてください』……恐らくこんな感じで身近な人に呟かれたのではないだろうか?」

経営理念を大切にされる中内さんならではのコメントだが、いみじくも今回「ダイエーの看板を全部外す」という、中内さんの想像のコメントのとおりになったわけだ。

それには奥深い意味があるように思える。

看板のなくなったダイエーの店を地域・業態で解体してイオングループの中に混ぜこぜにして、痕跡さえ残らないようにしてしまうこと、ダイエーの業績はどうかといった追跡がされないようにするのを意味する。

ここには、イオングループがダイエーという“難物”を抱えてのた打ち回っている様子が手に取るようにわかる。

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