2014年7月6日(日)

現役医学部生座談会「1%の才能と99%の努力です」

プレジデントFamily 2014年夏号

山田清機=司会、構成 市来朋久=撮影
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偏差値74。募集人員は100人。選ばれし者しか入学を許されない東大医学部。彼らは子供のときから天才だったのだろうか? 現役医学部6年生3人の話によると、なかにはそういう学生もいるが、自分たちは決してそうではない、という。そして、「親のほどよい関与」という点が共通していた。

小さい頃から勉強できたんですか?

加藤浩介さん
公立小中を経て県立藤枝東高等学校。小学校時代の愛読書は中学や高校の数学に関するもの。ゲーム大好き。中学は卓球部、高校はテニス部。高校時代に1年間イギリス留学。現在は山岳部。
――東大医学部といえば、間違いなく日本で一番偏差値の高い学部です。そこに合格された皆さんは、やはり小学生の頃から飛び抜けて勉強ができたのでしょうか?

【清水】僕は小学校から東京の赤羽にある星美学園という私立に通っていました。母親が教育ママっていうのかな、自分の学歴はそんなに高くないんですが、そのせいか子供にはちゃんとした教育を受けさせたいという気持ちを強く持っていたようです。でも、小学校時代はそんなに勉強のできるほうではなくて、むしろ勉強は嫌いでした。

――意外です。

【丸野】私が通っていたのは、川崎の宮前区にある富士見台という公立の小学校。父親の仕事の関係で5歳までアメリカにいたから、帰国子女を受け入れる態勢が比較的整っていた富士見台に入ったのね。塾は、兄と一緒に小学2年生からサピックスに通っていたけれど、習い事の一環という感じで習慣化していたから、塾の勉強が嫌だと思ったことはなかったなぁ。

【加藤】僕は静岡県焼津市の出身で、小中高すべて公立です。小学校は焼津市立豊田小学校、中学は焼津市立豊田中学校でした。小学校時代は成績の順位が発表されなかったからわからないけれど、勉強は好きでした。でも出る杭(くい)は打たれると思ったので、普通にしてました。

――なるほど(笑)

【加藤】中学時代は3年間を通してほぼ1番でした。公立は勉強の進度がのんびりしていたから、それほど苦労した記憶はないですね。ただ、わが家にはあるルールがあって、学校の宿題を終えてからでないとテレビゲームをやってはいけない決まりでした。塾には通いませんでしたが、3歳からピアノを習っていて、ピアノの練習を終わらせないとやっぱりテレビゲームをやらせてもらえませんでした。

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