「東大生から見放された朝日新聞/今春『入社ゼロ』に幹部ら衝撃」と題した4月18日付JCASTニュースの記事(http://www.j-cast.com/2014/04/18202623.html)が話題だ。「朝日新聞の幹部は、面接に東大生が1人もいないことがわかり愕然とした。人気の凋落ぶりに、『ここまで……』と唇を噛んだ」という。朝日の広報部は「お答えを差し控えさせていただきます」。応募はあって不合格だった可能性もあるが、「毎年、社内広報誌に新入社員全員の抱負が載るが、今年の70数人の中に東大出身者は見当たらなかった」(同社社員)。それが何だという議論もあろうが、「世間の評価を最も気にする人種」(東大OB)だけに、各時代の人気企業のバロメーターではあるようだ。

ではなぜ今、若年層に新聞が敬遠されるのか。ネット上で散見されるのは「新聞なんて年寄り以外に読んでる奴はいない」「斜陽産業。未来がない」という先行き悲観論や、「どの記事も金太郎飴のよう」「天声人語が面白くない」といった記事のつまらなさだ。共通するのは「ニュースはネットで十分」「情報はネットのほうが面白い」という認識である。

実は、今年入社した新入社員には、大きな特徴がある。それは「気がついたらインターネットがあった」世代ということだ。堀江貴文氏が東大在学中にホームページ制作会社を設立した1996年当時、彼らは幼稚園児だ。この頃はまだ新聞・雑誌はメディアの花形で、活字のマルチメディアが流行った時代である。99年以降はブロードバンド接続が本格化、インターネットが急速に普及し、中・高時代はケータイ、大学時代にスマホとSNSが出現。新聞・雑誌は彼らの生活から消えていった。

「読書時間ゼロ、大学生の4割/『暇あればスマホ』」―とは皮肉にも、4月21日付朝日新聞の記事だ。ニュースサイトや友達とのツイッター、ライン、フェイスブックなどに時間を費やす大学生の情報ライフに新聞は介在しない。

「新聞の敵はスマホだ」(朝日新聞幹部)と嘆いてみても、「なんで新聞を買わないといけないの?」と考える世代に何の対策も打ち出せずにいる。朝日の東大生ゼロ現象は、先の見えない新聞の終わりの始まりかもしれない。