記憶力に関する一般の人たちの大きな誤解は、「人間の脳細胞は1日当たり10万個死んでいる。だから年をとればとるほど記憶力が低くなるのは仕方がない」と思っていることだ。昔の実験で脳の限られた部分を観察し、若い人より年配の人のほうが、脳細胞の数が減っていることがわかった。それにもとづき、このエリアでこれだけ減っているからと、単純に見積もり計算をしただけなのだ。

一駅先まで歩くだけでも新生ニューロンの増加効果が大きい<br><strong>東京大学大学院准教授 久恒辰博</strong>●1964年生まれ。東京大学農学部卒業。米国国立予防衛生研究所などを経て現職。主な著書に『脳は若返る』『ベストな脳の育て方』など。
一駅先まで歩くだけでも新生ニューロンの増加効果が大きい
東京大学大学院准教授 久恒辰博●1964年生まれ。東京大学農学部卒業。米国国立予防衛生研究所などを経て現職。主な著書に『脳は若返る』『ベストな脳の育て方』など。

もちろん、他の脳の場所ではどうなのか検証されていない。また、人間の脳細胞は100億個から1000億個あるといわれている。どうしてそんなにも大きな隔たりがあるのかというと、一つひとつ数えていくことが不可能だからだ。まして私たちの研究室では、2001年にサルを使った実験で、大人になっても新しい神経細胞「新生ニューロン」が生まれていることをつきとめている。俗説に惑わされないことが大切だ。

そこで、まず記憶力のメカニズムを見ておこう。「記憶に関係する脳の場所」と聞いて「海馬」を思い浮かべる人は多いだろう。しかし、海馬は記憶をコントロールする場であって、貯蔵庫ではない。大脳皮質でキャッチされた情報は側頭葉に入る。そして、海馬の「歯状回」という場所を経て、同じ海馬のなかにある「CA3野」「CA1野」に運ばれ、最後に側頭葉に戻されて記憶されていく。

実は、その過程で海馬は入ってきた「1」の情報を「3」に増幅したり、「0.5」に減らして次の神経細胞に伝えることができる。これを「可塑性」といい、新生ニューロンは古い神経細胞に比べて高い可塑性を持っている。つまり、新生ニューロンが増えるほど、記憶力は向上する。中高年の記憶力の減退を防止するためには、どうやって新生ニューロンを増やすかがポイントになるのだ。