2013年12月20日(金)

努力至上主義がチャレンジを阻む

『諦める力』為末大インタビュー[2]

PRESIDENT BOOKS /PRESIDENT Online スペシャル

聞き手=プレジデント書籍編集部 中嶋愛 撮影=大杉和広
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アスリートは、その体に生まれるかどうかが99%――。フォロワー18万8000人を超える為末大さんが、2カ月前につぶやいた一言が波紋を呼んでいる。努力することが無駄といってしまったら身も蓋もないではないか、という反論が多く寄せられ、数日間にわたってオンライン上で努力論争が繰り広げられた。ツイートの全文はこうだ。
成功は才能か、努力か。がんばっても結果につながらなければ無意味なのか。トップアスリートとして勝負に勝つことの厳しさ、成果を出し続けることの難しさと向き合ってきた為末さんの「無駄な努力もあるのでは?」という問題提起の真意は何だったのか?
為末 大氏

努力する人になってはいけない?

――先日、ワールドシリーズで優勝したレッドソックスの上原浩治投手がテレビで話していたのですが、彼は怪我で練習は量をこなせないから、まずはどうやると怪我をしないかをとことん考えたそうです。がむしゃらにがんばることだけが努力ではないですよね。

【為末】努力って、「どのくらいやったか」で語られがちですよね。本当は、どこで、どっちに、どのくらい、という話だと思うんですよ。まずどの場所で努力するのか。野球なのか、サッカーなのか、陸上なのか。それからどういう方向にどうやって努力するか。たとえば上原投手は「けがをしない方向」に努力をした。最後にくるのが、どのくらいやるのかだと思うんですね。場所と方向を間違えていたらいくら練習しても結果が出ない。「どこで、どの方向で」をとことん考えるっていう努力を怠っているからです。肉体労働的な努力はしているかもしれないけど、頭で考えるという努力をしていない、と言うことができるかもしれません。

――まさにそうですね。哲学者の芦田宏直さんが、『努力する人間になってはいけない』という本を書いているのですが、そこで「『努力』の反対語は『考える』だ」と言っています。

【為末】「考える」というのは、いかに少ない努力で大きな結果を出すか、いかに最短距離で目的地まで行くかということでしょう。つまり効率を考えるということです。スポーツの選手は、日頃そういうことをあまり意識していない人が多い。「もし努力しなくても成果が出るとしたら、そっちを選びますか」とたずねると、ほとんどの選手が「え?」と一瞬固まりますから。言い換えれば、結果を出すことが目的ですか、それとも努力することが目的ですか、ということです。彼らは結果を出すためには努力しなくてはならないと常に言われてきたから、そうだと信じている。そこで「いかに少ない努力で大きな結果を出すか考えたことがありますか」と言われると混乱してしまうんでしょう。

極端な話ですが、もしオリンピックに出ることが最大の目的なら、「国籍を変える」ということも選択肢に入ってくるわけです。国籍をかえるなんてずるいと思うかもしれませんが、『諦める力』にも書いたように、柔道やレスリングなどの階級のあるスポーツでは、どの階級を選ぶかでメダルへの距離は変わってきます。それをずるいとは誰も言わないでしょう。

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