2013年8月9日(金)

「いつ辞めるのが正しかったかどうかは、私自身確認ができません」-上村春樹

コーチの名言+PLUS—闘う者を磨く「ことば」の力【第46回】

PRESIDENT Online スペシャル

著者
松瀬 学 まつせ・まなぶ
ノンフィクションライター

1960年、長崎県生まれ。早稲田大学ではラグビー部に所属。83年、同大卒業後、共同通信社に入社。運動部記者として、プロ野球、大相撲、オリンピックなどの取材を担当。96年から4年間はニューヨーク勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。日本文藝家協会会員。著書は『汚れた金メダル』(文藝春秋)、『なぜ東京五輪招致は成功したのか?』(扶桑社新書)など多数。

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松瀬 学=文 フォート・キシモト=写真

上村春樹(全日本柔道連盟会長)

上村春樹(うえむら・はるき)
1951年、熊本県出身。熊本県立八代東高、明治大学を経て旭化成入社。73年、全日本柔道選手権大会優勝。75年、世界柔道選手権大会と全日本に優勝。76年、モントリオールオリンピック柔道無差別級優勝(日本人選手無差別級初の金メダル)。2009年、全日本柔道連盟会長および講道館館長に就任(写真は75年の全日本表彰式)。

パワハラ・暴力問題、助成金不正など不祥事が次々と明らかになった全日本柔道連盟(全柔連)。7月30日の評議員会では理事会メンバーの即時解任を求める提案が出された。否決されたが、上村春樹会長は憔悴しきった顔だった。

「情けない。(解任動議は)非常に重く受け止めています。反省することもあった。申し訳ありません」

評議員会の冒頭、上村会長は一連の不祥事の責任をとり、8月中に辞任することを表明した。内閣府の勧告を受け、10月をめどとしていた辞任時期を前倒しした格好となった。

会見で辞任時期の是非を聞かれると、「どの時期が正しいかは」と言葉に詰まった。

「私としては、改革、改善が一番必要なことだと思っていました。それに向けて一生懸命やってきたつもりです。ただし、いつ辞めるのが正しかったかどうかは、私自身確認ができません。これにつきましては、みなさんが後日、評価されることだと思います」

1951年、熊本生まれ。76年モントリオール五輪の柔道無差別級で金メダルを獲得した。男子代表監督や強化委員長を歴任した後、2009年4月から全柔連会長を務めている。義理人情に厚く、周囲からの信望も集めている。ただ決断力に欠けるようだ。

全柔連会長を辞めても、柔道の総本山の講道館の会長は続ける見通しである。柔道界の抜本的改革を目指すなら、全柔連と講道館の関係を見直す必要があるだろう。

講道館の最大の権限が、黒帯などに反映される段位の発行である。段位があるから、評議員や柔道家は上村会長に反旗を翻すことなどできなかった。そう問われると、会長はちょっと気色ばんだ。

「段位につきましては、別に私が発行しているわけではありません。私と名誉館長の名前で出しておりますが、地区できちんとした審議をやった上で承認されて初めて、出されるものです。私がこの人を何段にしてくださいということはできません」

8月中に執行部は総辞職し、次期体制に引き継がれることになる。「(次期会長の)具体的なイメージはありません」と言う。

「私の気持ちとしては、次の世代にきちんとしたカタチで渡すというのが一番の仕事だと思っています。(会長は)次の百年の計をきちんとおつくりいただく人にお願いしたい」

混迷する柔道連盟。抜本的な改革は進むのか。それにしても、企業同様、競技団体トップの去るタイミングは難しい。

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