「風呂屋の絵」をクールに実現する

伊藤忠商事の山内務は「絵空事」を描くのを得意とする。絵空事とは山内流の言い方で、将来の事業計画をA4・1枚にまとめたものだ。その中身はあまりにも壮大なので、ある役員はあきれながら「おまえの絵は、つねに風呂屋の壁に描かれた富士山だ」と評した。

伊藤忠商事 住生活・情報カンパニー 
紙パルプ部 山内 務さん

そのときは役員の説得に失敗したが、山内は同僚にこっそりこう話した。

「調べたんだけどさ、風呂屋に富士山の絵を描けるのは、日本に2人しかいないんだぜ」

伊藤忠は2011年度連結決算で過去最高となる3005億円の純利益を計上した。背景には資源高の追い風と、繊維や生活資材などの「非資源部門」の好調がある。山内は12年4月に約500億円の投資案件をまとめた。一貫して歩んできた「非資源」の紙パルプでは過去最大の案件である。投資先は世界最大級の針葉樹パルプメーカー、フィンランドのメッツァファイバー社(以下メッツファイ)だ。発行済み株式の24.9%を取得し、パルプトレーダーとして世界トップの地位を盤石にした。

伊藤忠の紙パルプ事業での大きな転機は、01年、ブラジルのセニブラ社への120億円の資本参加だった。狙いのひとつは欧州市場。山内もセニブラのパルプを引っ提げ、欧州市場の攻略に臨んだ。ただ、欧州市場の攻略にはセニブラのパルプだけでは難しい。山内は1970年代から脈々と受け継がれてきたメッツファイとの関係に着目。04年には戦略的な提携を結ぶことに成功する。

山内とメッツファイとの本格的な関わりは、これが端緒となった。山内は提携が成立した時点から「将来は資本参加する」とチームスタッフに明言する。

「トレードだけではだめだ。枠をつくらないと脱皮できない」

山内は資本参加という絵空事を描き、周囲を鼓舞した。同時に、メッツファイ側にも資本参加を主張し続けた。しかし、それから7年間、山内の言葉は聞き流された。山内はこう語る。

「フィンランドは538万人の小国だからか、変化を嫌う保守的な国柄です。東北人のように、よそ者への警戒心も強い」