なぜ平時では本質がわからないか

サイゼリヤ会長 正垣泰彦氏

「世の中の出来事は不連続なもので、“まさか”ということが現実に起きる。そんな窮地に立たされたときこそ、平時ではありえない次元の思考が生み出せるんです。むしろ物事の本質なんて、そんな非常時でもなければ、簡単に向き合えるものではないですよ」

レストランチェーン「サイゼリヤ」の創業者であり、代表取締役会長の正垣泰彦氏は、窮地のなかにこそチャンスを見出してきた経営者の1人だ。

いまでこそ全国に800以上の店舗を構え、徹底的な業務の効率化によって他業種からも“チェーンストアの手本”と見倣されているサイゼリヤだが、その前身は千葉県市川市にある1軒の小さな洋食屋だった。高度経済成長期真っ只中の1967年、まだ学生だった正垣氏はベテランシェフから調理技術を徹底的に叩き込まれ、「免許皆伝」を授かって同店を開業する。

だが、その出発は窮地からのスタートだった。営業を始めてわずか7カ月目、酔っ払いが店内でケンカをはじめ、倒れたストーブの火が燃え広がったのだ。

「ものすごい勢いで炎が上がって、ぼうぼう燃えてましたよ。屋根も含めてみんな燃えちゃってね」と、サイゼリヤ1号店の真向かいでお茶を販売する川上義雄氏は当時をこう振り返る。

店は全焼だった。ただでさえ客は少なく、借金だけが残った。普通なら廃業を考えるが、正垣氏は違った決断を下す。

「火事で焼け死ぬ思いをしたことで、『自分は何のために仕事をするのか?』という本質を真剣に見つめることができた。真剣といっても、平時の真剣さとは全然次元が違う。土台から全部まるごと考え直すチャンスになったんです」

失意のなか、正垣氏はあらためて「レストランとは何か」を研究し始める。そして辿り着いたのが世界中でもっとも広く食べられているイタリア料理であり、ビジネス手法としてのチェーンストア理論だった。

「人生には苦労や心配事がつきものだけど、楽しくワインを飲みながら旨いものを食べているときは、そんな面倒を忘れられる。イタリアでそんな光景を実際に見てきたことが、僕の原点になった。なにせ若かったから、すごく感銘を受けた。レストランという場所で、この幸せを提供するために仕事をしようと決心した」