大胆かつ繊細、未来志向、自分は運がいいと考えている。お金に愛される人だけが知るルールがある。ここでは、アジアを活躍の舞台に選んだ5人を事例に、黄金法則を確認しよう。普通のビジネスマンだった彼らは、どのように考え、行動して、成功への階段を上がったのか。
クロスコープ シンガポール ディレクター 加藤順彦氏

ITバブルに沸いた99年当時、ネットベンチャーが集まる渋谷界隈はビットバレーと呼ばれていた。インターネット広告代理店の日広(現GMO NIKKO)の創業者、加藤順彦はビットバレー盛衰の中心にいた1人でもある。

「祖父は大阪の鋼材問屋で、2度にわたる朝鮮戦争の特需で大儲けしたと聞いています。300坪の大豪邸で、玄関にジャガーが迎えにくるような家でした。はじめて経営者になることを意識したのは、祖父が亡くなった小学5年生のときです。長男の私だけ、葬式で父の隣に並ばされました。1000人を超える弔問客たちが次々とやってきて、はじめて自分の家が普通でないことに気づきました」