全国の本屋を訪ね歩く男――たった一人の出版社「夏葉社」代表の島田潤一郎さん。その島田さんが『本屋図鑑』という本を出す。「今のうちに、どうしても見ておきたい」町の本屋で話を聴き、その店の書棚をじっと見つめてつくられた本。この連載は、そこからこぼれたり溢れたりした話を拾っていく。第1回は北海道は利尻島の本屋「本庫屋書店」の話。

ただただ、行ってみたかった

北海道・利尻島の本庫屋書店(『本屋図鑑』より。画・得地直美)。
北海道・利尻島の本庫屋書店(『本屋図鑑』より。画・得地直美)。

3月31日、札幌の丘珠空港から、さらに北へ、飛行機で飛んだ。本来であれば、もっと旅費をケチりたかったが、稚内と利尻港を結ぶ船は強風によって欠航が多いと佐藤さんに聞いていたから、仕方なく飛行機をつかった。

利尻島へ行くのは、初めてである。思い出はない。ただただ、佐藤さんが経営する本庫屋書店に行ってみたかったのである。

きっかけは、一冊の本の注文だ。冬のある日、ぼくがひとりでやっている出版社に電話がかかってきた。ほんこやしょてんです、と言った。聞いたことがなかったから、どちらにあるのですか? と聞いた。すると、北海道の利尻島にあります、と先方はこたえた。びっくりした。考えもせずに、今度お店に伺いたいです、と言った。電話の向こうから、あはは、と笑い声が聞こえた。利尻島で、あはは、と笑っているのだと思ったら、なんだか、胸がいっぱいになった。書店の外は、きっと雪が降り、極寒の風が吹き荒れているのだ。

小さな小さな利尻空港に着き、空港前に泊まっているバスのステップに足をかけて、「本庫屋書店に行きたいんです」と言った。サングラスをかけたバスの運転手さんは、それじゃあ、終点まで乗っていったらいいですよ、と言った。雪はもう降っていなかった。風が冷たくて、とても痛かった。

バスのなかでは、景色をずっと見ていた。島は中央に、雪をかぶった巨大な利尻山(利尻富士ともいう。白い恋人のパッケージに美しく映っている)を抱え、そのまわりに道路が、集落がある。左を見ると、いつも利尻富士、右を見ると、いつも海である。途中、見たこともないような、小高いとんがった裸の山が突然あらわれて、それが、まるで山頂でドラゴンボールの悟空とフリーザが闘っているような現実離れした険しさで、やっぱり、胸がいっぱいになった。「まるでドラゴンボールの悟空とフリーザが闘っているような現実離れした険しさですね」とバスの運転手さんに話しかけてみたかったが、同級生じゃあるまいし、いきなりそんなこと言われてもわからないよなあ、と思って、またバスの外を眺めた。バスのなかには、ぼくとサングラスをかけた運転手さんしかいなかった。