インバウンドには期待できない

事実調査から明らかになったのは、湯河原というエリアの客層と施設とのミスマッチでした。

湯河原温泉(神奈川県湯河原町)
湯河原温泉(神奈川県湯河原町)(写真=Quercus acuta/CC-BY-SA-4.0/Wikimedia Commons

神奈川県の観光統計を分析すると、都内在住・中高所得層の中年〜高齢にかけての夫婦が、馴染みの宿を毎年訪れている様が浮かび上がってきました。

長年にわたって常宿を訪問し続けている彼ら・彼女らは当然、目も舌も肥えているため、新規開業した若者が運営する宿に訪問する可能性は限りなく低いと考えられます。実際に、このイメージのギャップに由来すると思われるレビューも散見されていました。

そして引き継ぎ前にメインターゲットとして想定していたインバウンド層は、蓋を開けてみると総宿泊者の3分の1しかいませんでした。それもそのはず、インバウンド客の多くはOTAで宿を予約するのですが、湯河原の知名度の低さゆえ、そもそも検索にひっかからないのです。(…)

あえてマジョリティ顧客を外す

そこで私たちは思い切って、ボトルネックの遠因となっていた「インバウンド向け」のコンセプトを見直すことを決意します。

と同時に、国内客のマジョリティ顧客である中高年をターゲットから外すことにしたのです。施設の特徴などを踏まえると、湯河原で古くから続く伝統と格式ある旅館と張り合いづらく、中高年のゲストの期待に応えるのは難しいと考えたからです。

逆張りで私たちが目をつけたのは、それまでの湯河原が全く取り込めていなかったマーケット――主に東京に暮らす20〜30代でした。総部屋数11室、最大60名の宿なので、年間で必要な集客数は約3000組程度。この規模であれば、パイの少ない若い世代をターゲットにしても十分に勝負できるのではないか、と考えたのです

手始めに、内装やサービスを国内客向けに整え、じゃらん、楽天などの国内向けのOTA(インターネット上で取引を行う旅行会社)を整理しました。

つづいて、大幅なリブランディングをするにあたって、湯河原の空気感を言語化し、施設のコンセプトに落とし込むため、「湯河原はどんなところか」について思考を重ねました。

地域の歴史を掘り下げ、代々文豪たちが逗留してきた逸話から「湯河原は自分たちの世界にこもる“湯ごもり”の地」というブランドイメージにたどり着きます。その言葉をさらに洗練させ、「湯河原チルアウト」というキャッチコピーを編み出しました。