火中の栗を拾い続けた

今や政権与党の自民党にさえ、そんな人物は容易に見いだせない。国葬をめぐる岸田政権の対応のお粗末ぶりに、そのことがよく表れていた。

法的根拠の希薄な国葬を、三権の長にも諮らず内閣だけで決める。対立政党の議員が立ち、政治的立場の違いを超えてその人を悼むという追悼演説の美風を壊し、自党から安倍氏の「お友達」の甘利明氏を立たせようとする。国葬で弔辞を読んだ菅義偉前首相は、与野党最大の対決法案の成立を、安倍氏の政治的業績であるかのように持ち上げる。菅氏の弔辞は支持者から称賛される一方、反対勢力を鼻白ませた。

国民の統合を目指したはずの国葬は、逆に国民の分断を広げてしまった。

そんな状況で、今さら追悼演説を野党が引き受けるのは、政治的リスクが大きい。しかし、野田氏はまたも火中の栗を拾った。安倍氏の「人柄」に焦点を当て、心のこもった哀悼の意を示す一方、政策面では肯定的な評価に言及せず、唯一触れたのは「与野党の合意が実現した」皇室典範特例法のみ。「あなたは歴史の法廷に、永遠に立ち続けなければならない運命さだめです」「あなたが放った強烈な光も、その先に伸びた影も」と述べ、抑制的な表現ながら、安倍政治の「負の遺産」もしっかりと刻んだ。

そして最後に、野田氏は安倍氏が参院選の街頭演説中に突然の暴力で命を奪われた重い事実を踏まえ、こう語りかけた。

会議室に設置されたマイク
写真=iStock.com/Casanowe
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枝野氏も「演説力」を絶賛

「あなたの無念に思いを致せばこそ、私たちは、言葉の力を頼りに、不完全かもしれない民主主義を、少しでも、より良きものへと鍛え続けていくしかないのです」

野田氏の当選同期である立憲民主党の枝野幸男前代表はツイッターで「一歩間違えたら四方から批判を浴びそうな場面で、四方を称賛させる名演説でした。野田さんの演説力と、何よりも包摂する人柄が表れていました」と振り返った。

全く同感である。

実は野田氏の演説に、筆者は長く求めてきた「政権交代可能な二大政党」の理想像を見ていた。