※本稿は、松井清人『異端者たちが時代をつくる』(プレジデント社)の第6章「『少年A』の両親との20年」の一部を再編集したものです。
少年Aの「懲役13年」はあまりに文学的
森下香枝・週刊文春記者(当時。現在は週刊朝日編集長)にとって、少年Aの両親の独占手記を『週刊文春』に掲載できたことは、大スクープではあっても、決してゴールではなかった。少年Aとは何者なのか、まだまだわからないことが多すぎると思っていたからだ。
たとえば、先に引用した「懲役13年」という作文は、難解なレトリックを駆使し、文学的な表現に満ちている。何人かの識者が、ダンテの『神曲』や、ニーチェの『ツァラトゥストラはかく語りき』の影響を指摘していたほどだ。
家では漫画ばかり読んでいて、通信簿には2と3しかない14歳に、なぜこの作文が書けたのか。少年Aの自宅には、ダンテもニーチェも一冊もない。
謎を解明するヒントは、少年Aが「直観像素質者」であることだった。Aは鑑定医に対して、こう話したという。
「(興味のある本を書店で立ち読みするだけで)頭にスーッと入ったページを覚えていた」
「いろんなものから抜き出して、順番を入れ替えて書いた」
「魔物とサイコパス」の相関関係
森下記者は、猟奇犯罪や犯罪心理学に関するさまざまな文献、資料を読み漁り、二冊の翻訳本にたどり着く。『FBI心理分析官』(ロバート・K.レスラー著)と『診断名サイコパス』(ロバート・D.ヘア著)。少年Aは、この二冊の前扉に引用されている文章を孫引きし、あの作文を書いたのだ。
まず、Aが書いた「懲役13年」の真ん中あたりを見てみる。[ ]内は、『診断名サイコパス』の前扉に引用された、ウィリアム・マーチ『悪い種子』の原文だ。
通常、現実の魔物[モンスターたち]は、本当に普通な“彼”の兄弟や両親たち以上に普通に[ノーマルな彼らの兄弟や姉妹たち以上にノーマルに]見えるし、実際、そのように振る舞う。
彼[彼ら]は、徳そのものが持っている内容以上の徳を持っているかの如く人に思わせてしまう……
ちょうど、蠟で作ったバラのつぼみや、プラスチックで出来た桃の方が、
実物は不完全な形であったのに、俺たち[私たち]の目にはより完璧に見え、
バラのつぼみや桃はこういう風でなければならないと
俺たち[私たち]が思いこんでしまうように。〉
この一節は「悪い種子」の、ほぼ完全な孫引きであることがわかる。