社内の飲みニケーションや顧客との夜の会食を敬遠する人が増えてきた。ただ、「お酒を飲まなくても仕事はできる」と主張するのが、ビール会社のエース営業マンだとしたらどうだろうか。サントリーの首都圏営業本部で業務用営業を担当する篠原雅史さん(38)は、ある日を境にノンアル人生を歩むことになったが、所属支店で6年トップの成績を誇る。お酒を飲まない異端の営業マンがいかにしてビールを売るのか。ライターの村上敬さんが取材した――。

人生で一番の挫折

「お酒は、喜怒哀楽とともにある人生の友達。学生時代、うれしかったときや悔しかったときにはいつもそばにいてくれました」

いまでこそ“飲まないビール営業マン”として顧客に認知されている篠原さんだが、こう振り返るように、学生時代はお酒が嫌いではなかった。所属していたのは軟式テニス部。試合で勝ったときに祝杯を挙げるのはもちろん、つらくて眠れない夜もお酒が慰めてくれた。

サントリー 首都圏営業本部 東京第二支社 外食開発部 第1支店 支店長代理 篠原雅史さん
撮影=プレジデントオンライン編集部
サントリー 首都圏営業本部 東京第二支社 外食開発部 第1支店 支店長代理 篠原雅史さん

「これまで生きてきた中で一番の挫折は、大学の部活で主将に選ばれなかったこと。中高はキャプテンだったし、大学でもみんなを盛り上げてリードしているつもりでした。でも、部員約30人の投票で私に入ったのは1票だけ。自分はこんなに人望がなかったのかと本当にショックで……。その夜もお酒を飲みながら想いをかみしめていましたね」

就職活動でビール業界を選んだのは、「人の感情に携わる仕事をしたかったから」。人を美しくして自信をつけさせてくれる化粧品業界や、事故や災害などで傷ついた人の支えになる損保業界も受けたが、中でも人生の悲喜こもごもに寄り添うビール会社に魅力を感じ、2010年にサントリーに入社した。

「飲む営業」で成果を出したものの…

配属先は北海道支社で、旭川を中心としたエリアで業務用営業を担当。業務用営業は、サントリーのビールを飲める店を一軒でも増やすため、飲食店やそこにお酒を販売する酒販店に営業をかける。篠原さんの営業スタイルは、いわゆる飲みニケーションを活かすタイプ。飲食店の社長らの酒席にもつきあって人間関係を築き、他のビール会社からのスイッチを狙っていく。

「お取引先様と飲む回数は多かったです。場を盛り上げるのは得意なので苦ではなかったし、実際にそれで契約も取れました。旭川で成果を出せたので、入社5年目の途中から激戦区の札幌すすきのエリアへ異動。北海道トップクラスの酒販店を担当させてもらえました」

札幌エリア担当に異動後も、お酒の場も利用して、酒販店の顧客である飲食店に自分を売り込んだ。札幌は競合・サッポロビールのお膝元だが、精力的な営業活動の甲斐あって、目標を超える件数の店舗をひっくり返したという。

しかし、入社当時から体重が増加し6年目には100キロ超え。さらに健康診断で、肝臓の数値が悪いということで再検査に。医師からは「長生きしたいならお酒を自制しなさい」と告げられたのだ。

まさか自分が…「飲めない」体質と両親の言葉

意外だったのは、本当は飲めない体質だったことだ。再検査でアルコール体質遺伝子検査を受けたところ、アセトアルデヒドを分解しづらいタイプであることが判明。ごく少量でも眠気や吐き気などの不快な症状が出てしまう。そのことを知らずに飲んでいたのだ。

「実は思い当たるフシはありました。お客様に付き合った翌朝は、どうにもしんどくて。『寝不足のせい』と自分に言い聞かせていましたが、不摂生と体質の影響で、体に負荷がかかっていたようです」

健康診断の結果を電話で話した翌日、東京の親が札幌まで来てくれたのだそう
撮影=プレジデントオンライン編集部
健康診断の結果を電話で話した翌日、東京の親が札幌まで来てくれたのだそう

それでもビール営業マンである以上、飲まないわけにはいかない――。そんな思い込みを断ち切ったのは両親の言葉だった。

「たまたま東京に住む親から電話がかかってきたとき、世間話のつもりで健康診断の結果を話したんです。すると翌日スマホに電話がかかってきて、『今札幌にいる。すぐ会いたい』。驚いて落ち合うと、『親より早く死ぬようなことはしてほしくない』と母親に泣かれました。おおげさと思う一方で、身近な人に迷惑をかける生き方もしたくない。少なくと親よりは長生きしようと、お酒をやめる決心をしました」

「担当を変えてほしい」営業先で受けた厳しい声

問題は仕事との両立だ。今まで自分がやってきた営業スタイルができなくなることで、そのギャップに苦悩した。お酒を断れば新規を獲得できないどころか、逆に他社にひっくり返されるおそれもある。ただ、篠原さんは一方でチャンスだととらえていた。

「飲みニケーションで営業しているときから、飲まないと本当に仕事にならないのかと疑問を感じていました。他の業界はお昼の時間に商談して、冷静な精神状態で判断しますよね。一方、酒席で商談すると、お互い気が大きくなって口約束をして、次の日に確認すると『そんなこと言ったっけ?』となってしまう。ビール業界も他の業界と同じく、昼間に握るスタイルでやるべき。禁酒は、それを試すいい機会かなと」

幸い上司は理解して得意先まで一緒に事情を説明しにいってくれた。また、影響を最小限にするため、飲みの場にはこれまで通り顔を出し、ノンアルで対応した。しかし、酒席で一人ウーロン茶を飲んでいると浮いてしまう。顧客からは「それなら担当を替えてほしい」「飲めない人がいると酒席で気をつかう」と厳しい声が相次いだ。そうした声が減っていたのは、2~3カ月経ってからだ。

「酒席で鍛えられたせいか、私は飲んでも飲まなくても同じトーンで場を盛り上がることができます。たとえばカラオケがあれば真っ先に入れて、『天城越え』を全力で熱唱します。その様子を見て、お客さんが引いてしまうほど(笑)。でもそのおかげで『しらふなのに、あいつのテンションはすごい』と面白がってくれました」

昼間の提案力で競合に差をつける

ただ、相手の懐に入り込むのは、飲んで仲良くなる営業と本質的に変わらない。篠原さんが目指したのは、顧客にとっての真のビジネスパートナー。そのために昼間の営業活動に注力し、顧客の利益になる提案を繰り返した。

「飲食店の新規オープン時、ビール営業担当はビールサーバーの準備やメニューづくりをサポートして食い込もうとします。私はそれらに加えて、バイト募集の求人施策や集客のためのSNS運用など、お酒とは直接関係ない領域でも提案を行いました。これまでは人間関係頼りでしたから、店舗運営はそこまで勉強していませんでした。でも、他の営業担当がやらないところまでやらないと、『こいつを切ったら、逆にうちの店が困る』と思ってもらえる存在になれません。必死に自分の引き出しを増やして提案を磨いていきました」

新規開拓の営業は失うものはないので店の課題について何でもズバッと提案するスタイル
撮影=プレジデントオンライン編集部
新規開拓の営業は失うものはないので店の課題について何でもズバッと提案するスタイル

「ズバッと指摘する」営業で信頼を勝ち取った

「昼間に握るスタイル」が確立されたのは、入社9年目に東京に転勤になってからだ。北海道時代は飲みに付き合う状態から「飲まない宣言」をする難しさがあったが、東京は最初から「私は飲めない体質」と言える。酒席への参加は週2日程度にとどめ、ほぼ昼間だけの営業に切り替えた。

提案の幅も広げた。たとえば店舗のQSC(品質、サービス、清潔さ)をチェックして、改善すべき点を指摘。「サントリーのビールを入れてもらえるなら、QSCを定期的にチェックできるスキームに向けてサポートができます」と畳みかけた。

「店舗の課題をズバッと指摘する以上、それを改善できる提案をセットにする必要があります。提案内容に自信があったからこそですが、わりとオラオラ営業かもしれません。もともと新規獲得にいくときは失うものは何もないので、思いをぶつけるやり方を実践しています」

人間関係がモノをいう業界だけあって、「うちは10年、××だから」と競合の名をあげて断られることも多かった。しかし、篠原さんには簡単に引き下がらない心の強さがあった。「断わりの返事をくれるのは、一度は検討した証拠。そう自分に言い聞かせて、『どうすれば入れてくれますか』と突っ込んでいった」という。

幸か不幸か、コロナ禍も追い風になった。営業自粛で売上が激減する現実の前では、飲食店も「10年来仲良しの営業担当」より「売上を少しでも増やしてくれる営業担当」に期待を寄せる。提案力とメンタルの強さ、そして時の運も味方して、篠原さんは飲まない営業スタイルを確立。6年連続で支店トップの成績をあげるエース営業マンへと成長していったのだ。

飲める人・飲めない人がともに活躍できる業界に

篠原さんは入社16年目。最近は飲めない後輩から相談される機会が増えた。よくアドバイスすることの一つが、備忘録キャラになることだ。

先述したように、酒席ではみんなノリで話しがちで、話した本人がその内容を忘れていることも多い。篠原さんは酒席にA6サイズのキャンパスノートを持参。顧客が思いついたジャストアイデアから、求められたタスクや細かな数字まで、逐一メモしていく。その結果、「『今日は自分が酔っぱらっても篠原君がいるから大丈夫』と、むしろ重宝されるようになった」という。

篠原さんが常にポケットに忍ばせる必須アイテム
撮影=プレジデントオンライン編集部
篠原さんが常にポケットに忍ばせる必須アイテム

「昔はA4サイズのノートを使っていましたが、テーブルに置くと邪魔になるので鞄にしまっていたら、取り出すのが面倒になって使わなくなってしました。先輩が小さなサイズを使っているのを見て自分も変更。胸ポケットに入れてすぐメモできるようにしています」

こうしたテクニックをはじめ、今後は飲まない営業のノウハウを組織に広げていく考えだ。最後に篠原さんは業務用営業にかける思いをこう語ってくれた。

「飲みニケーションは営業にとって武器であり、醍醐味なので、それを封印する必要はないでしょう。ただ、例えば子供が生まれるなどの変化でプライベートな時間を長くしたいと思うことがきっと出てくると思います。そんな時に、昼間にもお客様の信頼を勝ち取ることをし続けていればそういった時間を創出しやすくなり、みんな幸せに働ける。この業務用営業の仕事がより魅力的になると思います。

僕はこの仕事が好きだからこそ、飲まないとできないイメージを払拭して一緒に働く仲間を増やしたい。“昼間でも信頼を勝ち取りお酒に頼らずともビジネスパートナーとして認めてもらうんだ!”という風土を醸成することが当面の夢。その時には、その代表格として組織を鼓舞したいです!」