※本稿は、金子勝『裏金国家 日本を覆う「2015年体制」の呪縛』(朝日新書)の一部を再編集したものです。
投機の対象になり果てた日本経済
新型コロナウイルスの世界的流行とともに、一斉に金融緩和が行われ、世界的に「投機的」なマネーがあふれている。
「裏金国家」日本は、投機筋にもてあそばれる国になった。
アベノミクスはインフレ下で政策的に完全に破綻した。アベノミクスは10年も続けたために深みにはまり、もはや抜け出せなくなっている。世界的金融緩和によって生み出された投機マネーにその弱点を突かれて、日本経済は投機の対象になり果てているのである。
2023年後半以降、起きてきた円安バブルもその一つである。
2024年3月4日、日経平均株価は、史上初の4万円台に乗った。約34年ぶりの株高である。
だが、34年前の1989年末は、バブル経済絶頂期で、ジャパン・アズ・ナンバーワンと言われた日本経済の「黄金時代」であった。この頃は、日本製品の国際競争力が強く、日米半導体協定に示されるように、日米間で激しい貿易摩擦問題が生じていた。
そして1985年のプラザ合意以降は、急激に円高が続いている時代でもあった。1ドル=235円だった為替レートが、1990年10月には1ドル=130円台を割るほど急速な円高になっており、それでも当時の日本は貿易黒字を記録していた。
円と株価の乱高下を主導したCTA
案の定、急速な株高を修正するように、2024年8月2日には日経平均株価は2216円下落。8月5日には実に4451円という史上最大の落ち幅を記録した。
その直後の翌日に3217円の史上最高の値上げ幅で3万4675円をつけた。この株価の乱高下は、財務省が4月29日、5月1日、7月11~12日を中心に合計15兆円を超える円買いドル売りの為替介入を行い、7月31日に日銀政策金利を0.25%引き上げたことがきっかけとなった。
円は一時1ドル=141円まで上がった。この円と株価の乱高下を主導したのは先物取引を儲けの対象として、コンピュータで高速取引をするCTA(商品投資顧問業者)であった。ちなみにCTAは商品先物だけでなく、通貨や株価指数連動先物など広範な金融先物商品にも投資している。
余ったカネが日本に流れ込んできたワケ
では、なぜこれまで株高や不動産価格の高騰が発生してきたのか。
まず円安は〈ドル圏〉で取引する大企業の決算を通常以上に膨らませ、それが株高を生んだ。同時に円安は、外国人投資家にとって、日本株や日本の不動産を割安にし、外国人投資家の株投資、マンション投資を増加させた。円安だと外国からの旅費が割安になってインバウンド(外国人観光客)が増えるのと同じである。
そこに、新型コロナウイルスの世界的流行に際して、世界中で大規模な金融緩和策がとられたために、世界中に金余りが生じた。
その中で、2023年夏になると、中国の不動産バブル崩壊が深刻化し、中国の株式市場が下落を始め、米中の貿易摩擦で中国の対米輸出が激減するとともに中国への投資が減ってきた。その結果、余ったカネが円安の日本に向かって流れ込んできたのである。株投資だけではない。日本の大都市圏のタワーマンションは中国人投資家を惹きつけている。
正反対の資金循環が成り立つ不思議な日本経済
それに加えて、政府や日銀が株価を支える政策をとっていることがある。
株価支持のために日銀によるETF(指数連動型上場投資信託受益権)の購入があったが、岸田政権は株関連投資に関して1800万円の非課税枠を設けた新NISAを設けて、株価を引き上げようとしている。これは明らかに金持ち優遇政策である。
2022年の総務省の「家計調査報告」によれば、2人以上の世帯の平均貯蓄残高は1901万円で、3分の2の世帯はそれ以下の貯蓄額しか持っていない。
非課税枠を1800万円に飛躍的に拡大する新NISAは、3分の1の世帯を対象にした「中高所得層」優遇政策なのである。それは、当初、金融所得課税の「1億円の壁」を超えて増税すべきとしていた岸田政権の分配重視の「新しい資本主義」とは全く正反対の政策であり、人為的にバブルを作り出して格差を拡大する政策である。
しかしひどい円安は、日本人富裕層には外貨へ投資させ、それが一層の円安を招くという資金の流れがある一方で、外国人投資家には日本の株や不動産への投資を増やすという逆の資金の流れをも生む。
いまの日本はアベノミクスの失敗の結果、この2つの正反対の資金循環が同時に成り立つ、不思議な構造が生まれている。それは2024年8月2日、5日の株のパニック売りを引き起こしたように、日本経済の体力が著しく弱まっているがゆえに、きわめて投機的で脆い構造になっている。
金融政策の柔軟性を失った日銀
「裏金国家」日本は円安バブルだけでなく、円や長期金利でも、投機筋にもてあそばれる国になった。
経済衰退がじわじわ進んでいるが、GDP比2.5倍もの財政赤字を日銀の超低金利で支えないともたない。たしかに、アメリカのFRB(連邦準備制度理事会)の利下げが予定されている。
他方、財務省は恒久的な税源がないまま防衛費倍増政策を続けており、この間、日銀はなかなか利上げもできず、7月31日に0.25%利上げするのが精一杯で、なおも日米金利差は5%近く開いている。日銀はなかなか金融緩和を止められずに金融政策の柔軟性を失っている。
この間の為替レートの推移を見ると、「投機筋」は政府や日銀の足下を見透かして動いていた。口先介入で利上げを打ち出すたびに、逆に円安に向かっているからだ。
実際、マイナス金利解除とともに1ドル=150円を突破し、植田和男日銀総裁が国会で「利上げがある」と口先介入発言をしたあと、岸田文雄首相が訪米したとたんに、円安は1ドル=154円まで進んだ。4月26日の日銀の金融政策決定会合では利上げはなく、金融緩和継続を決めたことが分かると、為替レートは1ドル=155円台を突破して円安が進行し、ついに4月29日には一時1ドル=160円台をつけた。わずか3日で5円も円安が進行し、1カ月で9円も円安になったのである。
財務省ももはや余力なし
このまま行けば、同じく金融緩和を進めたトルコと同じく、自国通貨が投げ売りされ、猛烈なインフレに陥ってしまう事態が発生しかねない。慌てた財務省が具体的目標も展望もないまま4月29日と5月2日の2回を含めておよそ9.7兆円規模とされる円買いドル売り介入を行ったとされる。
2022年9~10月、神田前財務官は3回の為替介入を行った際、「介入原資は無限にある」という嘘をついたことも知られている。外国為替資金特別会計(外為特会)は9兆円を失ったうえに、元の木阿弥になった。今回も外為特会で使えるドル預金は24兆円。1回の介入が3兆円だとすると、8回分である。
さらに、外為特会から3.1兆円を防衛力強化資金に繰り入れることになっているので、もはや大規模な為替介入を行う余力を失っている。
もし、外為特会のアメリカ国債を売って為替介入すれば、アメリカ金融機関に損害を与え、アメリカの長期金利に影響を与えるので、アメリカとの摩擦は避けられない。財務省はもはや大規模な介入はできない。長期戦は難しく、一時しのぎにすぎないことは明らかである。