※本稿は、藤田耕司『離職防止の教科書 いま部下が辞めたらヤバいかも…と一度でも思ったら読む 人手不足対策の決定版』(東洋経済新報社)の一部を再編集したものです。
上司の反応が仕事の面白さに影響する
私の知り合いに、メーカーでマーケティングの仕事をしているS氏がいます。
彼女は前職でもマーケティングの仕事をしており、その経験を生かせる仕事ということで今の会社に転職しました。
転職の理由を聞くと、前職は仕事が面白くなかったとのこと。ただ、仕事の内容は今の会社もそれほど変わっておらず、その点に関して彼女はこう話してくれました。
「前職の上司は、仕事はできて当たり前、仕事に不備があると厳しく叱るという人だったので、褒められたことはないです。仕事をどれだけ頑張っても次のタスクが降ってくるだけ。なので仕事が面白いと感じたことはなかったです。
フォローしてもお礼の一言もない上司
あるとき、その上司の連絡漏れで問題が起きて、夜の3時までかかって何とか対応したことがありました。さすがにこれはお礼の一言くらいあるだろうと思い、上司に報告したところ、『了解。結構時間かかったね。で、○○の件はまだ終わらないの?』と別の仕事の進捗を聞かれました。あのとき、『この人には血が通ってない』と思いました。それで、もうこの会社辞めようって思いましたね。
その後、転職して今の職場に来てみたら、良い提案をしたら上司が褒めてくれて、ちょっとしたことでも『ありがとう』と言ってくれるんです。職場によって上司の雰囲気ってこんなに違うんだと驚きました。なので、同じ仕事でも面白さが全然違うし、やりがいを感じます。朝の寝起きも良いです」
S氏の気持ちがわかるという方も多いのではないでしょうか。
上司の関わりによって、部下の関係欲求が満たされるかどうかで、部下の仕事の面白さややりがいは大きく変わります。そして、それが離職率にも影響します。
本当に部下には褒めるところがないのか
ただ、コンサルティングの現場でこれらのことをお伝えすると、次のような反論が返ってくることがあります。
「褒めたいのはやまやまですよ。でも部下は褒めるようなことをしてないんだから、褒めるなんて無理です」
中には「うちの部下のどこを褒めろというんですか! 褒めるところなんかないです!」と感情的に反論されたこともありました。
でも、本当に部下には褒めるところがないのでしょうか。
人はどのようなアンテナを張って物事を見るかで、目につくものが変わります。
一般的に上司は「どこかミスや漏れはないか、不十分な点はないか」というアンテナを張りながら部下の仕事ぶりを見ます。
そうするとミスや漏れ、不十分な点などの悪いところばかりが目につき、「そんな部下のどこを褒めろというんだ!」と反論したくなるわけです。
そのため、そういった反論をされた際は「どこか褒めるところはないかというアンテナも張りながら、部下の仕事ぶりを見ていますか?」と質問します。すると、ほとんどの方がそのアンテナは張っていないと答えます。
そこで「では今後はそのアンテナも張りながら、部下の仕事ぶりを見るようにしてください」と宿題を出します。
そして次にお会いしたとき、「部下の褒めるところが見当たらないですか?」と聞くと「まぁ、なくはないですね」「見方を変えれば見つかるもんですね」と話してくれます。
部下の良いところに気付けるように
7年前、ある不動産会社の社長から、離職率が高いとの相談を受けました。
その社長は部下への当たりがかなりきつく、部下に対する意識を根本的に改めてもらう必要がありました。そこで「褒めるところはないか」のアンテナを張ることを継続的に指導しました。
それから7年が経ち、今では社員が辞めなくなったため、社員の平均勤続年数が毎年上がり続けています。その変化について、社長はこう話されます。
「昔は部下の悪いところばかり目についていたので、腹が立ってきつく当たってました。でも『褒めるところはないか』のアンテナを張るのをずっと続けてたら、部下の良いところにどんどん気付けるようになったんです。
良いところに気付いたら言葉に出すように藤田さんに言われてたので、実際、言葉に出すようにしたら、かなり部下を褒めるようになりました。その頃から自然と社員に感謝の気持ちで接するようになりました。それからですね。社員が辞めなくなったのは」
このように、部下にきつく当たっていた人でも、「褒めるところはないか」のアンテナを張り続けると、部下の良いところに気付けるようになり、そして部下を褒めることができるようになるのです。
その場合、部下を褒めることができない原因は、部下に褒めるところがないことではなく、上司が部下の褒めるところに気付けていないことにあるのです。
そのため、部下の褒めるところが見当たらない人は、「褒めるところはないか」のアンテナを継続的に張るようにしてみてください。
それは部下への関わり方に大きな変化をもたらします。
「成長の跡」を見つける
褒めるところを見つける切り口の1つが、「成長の跡」を見つけることです。
業務の内容としてはまだ褒められるレベルに達していなくても、前よりは業務のレベルが上がった、できなかったことができるようになったという場合は、その成長の跡を褒めることができます。
さらに、成長の跡を褒めることで、部下は「上司はちゃんと自分のことを見てくれている」という安心感が持てます。その安心感が上司への信頼につながります。
また、成長の跡を直接把握できない場合は、どう成長したかを部下に質問し、答えてもらうことで把握することもできます。
昨日の自分より成長すればよい
ある製造業の会社の取締役の方が、こんな話をしてくれました。
「私はもともと不器用で、工場で働いていた若いころから仕事を覚えるのが遅くて、いつも上司に怒られていました。他の同僚はどんどん仕事を覚えていくので、私は落ちこぼれでした。本当につらかったですよ。だから何度も辞めようと思いました。
そんなとき、社長が本社から工場に来て、こう声をかけてくれたんです。
『君は仕事を覚えるのに苦労してるみたいだな。君は周りと比べるな。昨日の自分より少しでも成長することだけを考えなさい』
そのとき、目の前がぱっと開けた感じがしましたね。
それで半年くらいしてから社長がまた声をかけてくれたんです。『どうだ。前の自分より成長してるか?』って。それで私がどう成長したかを説明したら、『いいじゃないか! それでいいんだ。これからもそうやって頑張れよ』って言ってくれました。
もう嬉しくて、その日の帰り道に涙が出ました。そしてそのとき、この人に一生ついて行こうと思いました。そうやって頑張って、今は役員にまでなれましたよ。本当にあの人には世話になりました」
この社長は落ちこぼれの若手がいると聞いて、つらい思いをしていないかと気遣ったのでしょう。そして昨日の自分より成長することを促し、成長の跡を褒めたのです。
つらいときほど、褒めてもらえた言葉は胸に響くものです。そのため、この社長の言葉は「この人に一生ついて行こう」と思わせるほどの力を持ったわけです。
皆さんの周りにも、そんなふうにつらい思いをしている部下はいないでしょうか。
部下の仕事を見る際は「どこかミスや漏れはないか、不十分な点はないか」というアンテナに加えて、「どこか褒めるところはないか」「成長の跡はないか」というアンテナも張るようにしてみてください。
そして、良い点や成長の跡を見つけたら、その点について伝えてあげてください。
「大丈夫?」の一言が新人を救う
新人のころはわからないことが多いものですが、上司に質問しようとしても上司が忙しくしていると、質問できなかったりします。
それで身動きがとれず、時間ばかり過ぎていく。そして上司から「できた?」と聞かれ、「いや、ちょっとわからないところがありまして」と答えると、「じゃ、なんで早く聞かないの!」と叱られる。
そういったことが続いて心が折れると離職します。特に真面目で気が弱い人ほどこの傾向にあります。
上司としては「わからなかったら聞けよ」と思うかもしれませんが、真面目で気が弱い新人は、上司が忙しそうにしているとなかなか質問できないのです。
だからといって忙しそうにするなとは言いません。忙しいのに忙しそうにしないのは至難の業です。
その代わり、1日1回は「わからないところない? 大丈夫?」と声をかけてあげてください。この一言に新人は救われます。
このことをある製造業の会社の管理職の方に伝えたところ、こう言われました。
「わざわざ上司のほうから聞いてあげないといけないんですか? 過保護でしょ」
なるほど。お気持ちはわかります。「そこまでケアしないと辞めるようなひ弱な新人は、辞めてもらって結構」と言いたいのもわかります。
ただ、今は採用難の会社が多く、新人に辞められたからといって代わりの人を採用しようとしても、簡単には採用できない時代です。
そのため、ひ弱な新人であっても辞められないように関わり、粘り強く育てて一人前にしていくことが、今の時代の上司には求められるのです。
この点は、現場の上司の共通認識として持っておくことが重要です。
直属の上司以外の相談先を作る
また、メンターとして特定の人を新人のお世話係として付けるのも効果的です。
メンターを付けることで、新人も「この人には遠慮なく質問してもいいんだ」と思えるため、より質問しやすくなります。
さらには、メンターに加えて人事の相談窓口を設け、そちらにも相談できるようにすると、より手厚いケアができます。
これはメンターを付けたものの、そのメンターが新人の指導を十分にしなかったり、メンターとの相性が悪かったりする可能性があるからです。