なぜ日本の会議は長く、生産性が低いのか。人材育成コンサルタントの松崎久純さんは「資料を読めない人が多いため、事前に会議資料を渡して読んできてもらうことができない。それゆえ、会議中にそれぞれの資料を作成した人たちが、その資料に書いた内容を読み上げたり、別途スライド資料もつくり、説明する必要がある。結果、会議がどんどん長引いてしまう」という――。

ビジネスパーソンとして読むべき本

20代会社員の方からのご相談です――私はほとんど本を読んだことがなく、上司からは、私の書く文章が下手なのは、読まないからだと言われました。それで「どんな本でもいいから読む習慣を」とアドバイスされ、それは実際に自分に必要なことに思えました。書店で本を眺めると、人気セクシー女優の自叙伝なら、文字も大きく読めそうだったので、早速購入し、読破しました。しかし上司に「何か読んでいるか」と聞かれたときに、正直にそれを話すと、頭を抱えられてしまいました。

大学院で「本の読み方」「速読」を教えている私から見ると、相談者の方の選んだ本はわるくないどころか、ご本人にとって実に適当だったのですが。上司の方には、社会人として、もう少し違う種類の本で練習できないのかと思えたのでしょう。

ビジネスパーソンとして文章力をつけたければ、一般的には「報告書の書き方」「ビジネスメールの書き方」といった本を読むのが正解でしょう。お手本となる文章がシーン別に紹介されていて、まとめ方のコツなども解説されています。

報告書やビジネスメールの文章は、我流で書いている人や、参考書に目を通したことがない人はすぐにわかるものです。

彼らは、お手本を参照すべきですが、本(あるいはネット上の参考にできるサイト)を読む習慣がないために、それらを活用することがありません。

本を読む人の手元
写真=iStock.com/Kriangsak Koopattanakij
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読まない人は「読むスキル」がない

文章の書き方などのハウツー本を読まないのは、実にもったいないことです。

ビジネスパーソンなのに、報告書やビジネスメールの書き方について読まないのは、学術論文を書きたい人が、論文の書き方の本を読まないのと同じです。

ビジネスをしたい人がビジネス本を読まない。一例を挙げれば、ネットで集客したいのに、ネット集客に関する本を読まないようなものです。

そんな人はたくさんいますが、本などには当たり前に書かれている常識を知らず、そのために上手くいかないように見えることは多いのです。

なぜ彼らは読まないのか。その答えははっきりしています。彼らにとって読むのはたいへんな作業で、あまりに労力を要することだからです。

スマホなどで特定の人たちとコミュニケーションを取るための文章なら読めますが、新聞、雑誌、本などから、日常的に情報を得るような「読むスキル」は持っていないのです。

資料を読み上げてもらわないと理解できない

読めない人が多いことで、職場にはさまざまな問題が生じます。

たとえば資料を読めない人がたくさんいることは、思い当たる人も多いのではないでしょうか。会議の資料も事前に読んでこられない人ばかり。これが業務遂行のレベルを低下させます。

会議では、事前に配布された資料には全員が目を通してきて、その場ではポイントだけ確認し、物事を決定していくべきです。しかし、ほとんど誰も読んできていない。

それでどうなるかというと、全員がいるところで、それぞれの資料を作成した人たちが、その資料に書いた内容を読み上げていきます。

会議の参加者は読めない人ばかりですから、読んでもらわないと理解できないのです。

読んで聞かせてもらうのが当たり前と思っている人も多く、彼らは何時間もの長い時間を使って、延々とそれを続けます。

一日中それをやっているので、会議が終わって自分の仕事をはじめられるのは、午後の遅い時間からで、したがって残業は当たり前。これがめずらしいことではないのです。

(また、これでムダが多いと責められるのではなく、頑張っていると評価されるような職場もあるので驚きです。)

プレゼン資料のアイコンをタッチする男性
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パワーポイントがないと話が通じないなんて…

さらに、相談者の上司の方が指摘されたように、読めない人がつくる資料はわかりにくいことも多く、そうなると会議では、書いた資料を読むだけでなく、「それぞれ皆パワーポイントのスライドを使って説明を」となることすらあります。

(また、こんな職場では、それが優れた会議の仕方のように考えられているものです。)

繰り返しますが、皆に読むスキルがあれば、ただ書いて渡せばよいものが、読めない人たちばかりのために、作成した資料を一字一句読み上げるばかりでなく、別途スライドの資料もつくって、それを使って説明をしなくてはならない。

それで多くの人が、パワーポイントをコテコテ作成し、それを仕事と呼んでいるのです。

話を聞かせる相手が顧客であれば、それでもいいでしょう。プレゼンは相手方が望む要領で行うべきだからです。しかし、社内でそんなことをしないと話が通じないなんて……。

読めないことや、それを容認することは、私たちの仕事の効率を下げてしまう、日本中にはびこる大きな問題なのです。

子どもたちも読む訓練をしていない

子どもたちも、多くは読む訓練をしながら育っているようには見えません。

受験勉強を例に取るとわかりやすいのですが、読んで理解するスキルを鍛えることよりも、試験に出る問題を塾などで教えてもらうことが優先されます。その問題への答え方を教わり、解答用紙に正解を書き込むことで成績が上がります。

したがって、子どもは自分で読んでポイントを見つけることは、当たり前にしているようで、実はやっていないのです。

つまり、必ずしも読むことなく試験には合格できますから、受験生であっても、読む訓練をしていない人は多いわけです。

本で顔を隠している子供たち
写真=iStock.com/filadendron
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大学でも課題図書を読んできていない学生ばかり

大学での講義も同じようなものです。多くの授業は、学生が何も読んできていない状態で行われます。事前に読んでくるよう課題を出しても、読んでこられる人は少ないからです。

そこで授業はどのように行われるのか。やはり教員がパワーポイントのスライドを前に映して、1枚ずつ説明していくのです。

これは学生にとって、本なりのポイントを読み上げてもらっているのと同じことです。学生は予備知識のない状態で、ぼんやり話を聞いているだけになります。

事前に読むべき本が指定され、授業ではその本から重要なポイントの説明がされる。次に解答すべき設問が出され、それについてグループでディスカッションをするといった進行の仕方が好ましいと思っても、実施することができません。

もちろん「学生」を一括りにするのは強引で、読書力には個人差があります。しかし、一部の学生が読んできていても、そうでない学生が混ざることで、グループでのディスカッションなどは、極端にレベルが低下するか、成り立たなくなってしまうのです。

大学の授業もこのような感じで、まるで読まない学生も多いのが現状です。院生でも、専門書など、ほとんど読んだことがない人も、決してめずらしくありません。

コツを押さえればどれだけでも読める

相談者の方は、せっかく本を読むことにトライしたのですから、ぜひ継続されてください。コツを押さえて慣れていけば、どれだけでも読めるようになります。

上司の方は、頭を抱えられたとのことですが、冒頭でも述べた通り、相談者の方はよい本の選び方をされました。

図書館の本
写真=iStock.com/Chinnapong
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読むスキルは4つのステージに分かれる

読むスキルに関する以下の分類を見てみましょう。

ステージ4
どんな本でも日常的にすばやく読める

ステージ3
新聞記事、雑誌記事が読める
気が向いたときには、簡単な本が読める

ステージ2
短い文が読める(スマートフォンの画面、Eメールなど)

ステージ1
文字が読める

「読むスキル4つのステージ」
松崎久純『大学生のための速読法 読むことのつらさから解放される』(慶應義塾大学出版会)より

これは、私たちの読むスキルを4つのステージに分類したものです。

ステージ1は、文章ではなく、文字を認識できるかどうか。ステージ2は、短い文章、特定の人との通信文などは読める段階です。

相談者の方は、これまでステージ2におられましたが、今回ステージ3の本を1冊読まれたことになります。

ステージ3のものは苦手とのことでしたが、ステージ3のものを読めるようになるには、ステージ2のものをいくら読んでいてもダメで、ステージ3のものにトライして慣れていかなくてはなりません。

今回、ご自身にとって「読みやすいもの」「興味のあるもの」を選んだのは正しい選択です。

私たちは、「読んだ」「読破した」という経験を重ねることで、上達していきます。ここで関心の持てない本を選ぶとイヤになりますから、読みたくない本を手に取ることはお勧めしません。

少なくとも、読みやすいものを読みつけて、少し難しいものにチャレンジしてもいいと思うようになるまでは、ムリをすべきではありません。

タレント本は読みやすい

また、いわゆるタレント本は、ゴーストライターが書いていることが多く、したがって文章が上手で読みやすいため、そうした意味でも相談者の方が選んだ本は正解だったと言えます。ぜひ次の本もタレント本を候補に入れてみてください。

多くの場合、ゴーストライターは、本を書くことについては素人であるタレントさんが思いつくままに話したことをまとめるのではなく、目次の構成を考えてからタレントさんに会います。

タレントさんには、目次に沿ってインタビューをしていき、本文を仕上げていきます。そんなイメージで書いていきますから、全体像も捉えやすく、読みやすいものに仕上がることが多いのです。

私が子どもの頃、図書券をくれた叔父が「マンガは買ったらダメだよ」と言ったことがあります。遊びではなく、勉強するために使いなさいという意味だったと思います。

私たちも親戚の子どもにネット書店のギフトカードをプレゼントして、その子どもがセクシー女優の自叙伝を買ったら、苦笑いするしかないでしょう。その職業にまったく偏見を持っていない私でもそうなると思います。

しかしながら、上記のステージ3に該当する本を選ぶときは、親戚のおじさんに「こんな本を買ったよ」と自慢できない本でもOKです。

読むことに慣れるときには、(先にも述べた通り、)本当に読みたいものを選ぶことが必要だからです。

本棚から本を取る女性
写真=iStock.com/Punchim
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熱中して本を読んだ経験

大人になったときに読書力の備わっている人は、(当たり前のようですが、)成長する段階で、熱中して本を読んだ経験を持つ人が多いと思います。

私自身は、特別に読書が好きな子どもではありませんでしたが、中学1年のときに有名人の自叙伝を熱中して読みつけたことがあります。

あまりに感動して、わんわん泣きながら何度もページをめくったのは、矢沢永吉さんの『成りあがり』です。この本を矢沢永吉さんにインタビューして書き上げたのは、若い頃の糸井重里さんで、ご本人にとっても、これがはじめての書籍の執筆だったことを何十年も経ってから知りました(そういえば糸井重里さんによる、やたらと印象的な「あとがき」があったのを思い出します)。

当時は漫才ブームで、ビートたけし、明石家さんま、島田紳助といった人たちがスターダムにのし上がった頃でした。

ビートたけしさんの毒舌ネタの本、明石家さんまさんの自叙伝『ビッグな気分 いくつもの夜を超えて』、島田紳助さんの自叙伝『紳助の青春の叫び PART5』は、どれも繰り返し読んだものです。

褒められない本が成長の糧になる

ロック・ミュージシャンやお笑い芸人が、今日ほど尊敬を集める存在でなかった頃のことですから、どれもが大人からもらった図書券で買ったら、褒められることのない本ばかりだったと思います。

それでも、こうした本を好きになって読み込んだことが、その後文章を読んだり書いたりするための力になったのは疑いのないことなのです。