フッ素加工と鉄のフライパンは何が違うのか
私が常々不満なのは、スーパーの調理道具売り場に並ぶフライパンのほぼすべてがフッ素加工フライパンなこと。また、時短や手軽さ、初心者向きのレシピを提案する料理家たちの多くが、フッ素加工フライパンを前提としていることだ。
私も15年ぐらい、フッ素加工フライパンを使っていた。しかし、だいたい3年でフッ素加工がはがれるので、買い替えなければならない。2010年のある日、「オムレツの味が全然違う」とベテラン料理家が鉄製の魅力を語るのを聞き、近所で一番大きい荒物屋(金物屋)で1種類だけ売っていた鉄のフライパンを買った。考えてみれば実家には鉄製しかなく、私はいつもそれで料理していたのだ。
スーパーにフッ素加工フライパンしかないのは、鉄のフライパンは食材がくっつきやすく、扱いが難しいと感じて手を出さない人が多いからだろう。しかし、鉄製は買い替える必要がほとんどない。それは環境にも財布にもやさしいことでもある。そこで改めてフッ素加工と鉄、それぞれの魅力と欠点をきちんと知りたいと考え、かっぱ橋道具街で100年続く調理道具専門店、飯田屋の飯田結太社長に、素材別フライパンのガイドをお願いした。
コーティングと鉄、売れ行きは同じくらい
かっぱ橋道具街は、プロ用の厨房機器関連を扱う専門商店街だ。しかし10年ほど前から、料理好きや外国人観光客が訪れるようになり、観光地化している。飯田社長は、「専門家の説明を聞いて選びたい、と料理初心者の方がいらっしゃるケースも多いです」と話す。
そんな環境にある飯田屋では、フッ素などコーティングを施したフライパンと鉄などコーティングなしのフライパンが、同じぐらい売れていく。それぞれについて、飯田社長の話を基に、順に解説していこう。
コーティングしたフライパンには、フッ素加工とセラミック加工の2通りがあり、少し前まで98パーセントがフッ素加工だったが、近年は7割ぐらいに減り、セラミック加工の割合が増えている。それは、フッ素と炭素が結びついた有機フッ素化合物(PFAS:ピーファス)が、環境や人の健康に悪影響を及ぼす可能性が指摘されるようになったからだ。PFASは数千種類とも1万種類以上あるとも言われるが、EUでは規制案も打ち出されている。
日本はフライパンで使用するPFASについては有害性が認められていないことから、禁止されていない。しかし、不安に思う人たちの中でコーティングしたフライパンが欲しい人が、セラミックに流れているのだ。飯田社長は「まだ研究結果が定まっていないので、はっきりしたことはわからないんです」と説明する。セラミック加工を選ぶ客には、フッ素加工の臭いが苦手、という人もいる。
テフロンを長持ちさせるには「中火まで」で使うこと
フッ素加工フライパンでポピュラーなのは、テフロンだ。摩擦が起きにくく耐熱性や耐腐食性にも優れるなど、扱いやすい性質を持つ。フライパンの等級も明確で、「商品についた表示で星の数が多いものほど耐久性がよくなります」と飯田社長。テフロン加工以外のフッ素加工は、皿部分が分厚いものほど耐久性が高い。
フッ素加工フライパンの魅力は、中の金属がアルミの場合が多く軽いこと。3年程度で買い替えが必要になる。しかし、同店の顧客には5年以上持たせている人もいる。長持ちさせるには、「今のコンロは火力が強い傾向があるので、中火までで使うのをおすすめします。『油を使わなくてもOK』と謳う製品もありますが、劣化が速くなるので油は引いたほうがよいです」、と飯田社長は解説する。
最大の魅力はくっつきにくさ。素材を入れてから加熱する調理法、コールドスタートも可能。くっつくのが怖い、油跳ねが怖い、という人こそ、「料理しやすい、洗いやすい、失敗しにくいフッ素加工フライパンをおすすめします」と飯田社長は話す。
ただし、乱暴に扱うと加工がはがれやすくなる。洗う際は、冷ましてからスポンジを使い、こびりついた汚れは中性洗剤で洗い落とそう。
鉄のフライパンは80年使う人もいる
セラミック加工は、より滑りが良いがフッ素加工より寿命が短い。飯田社長は「しかし研究がどんどん進むはずなので、今後は改善されていくと思います」と言う。
金属製については、売れるほとんどが鉄製だ。その他、アルミ、ステンレス、チタン、鋳物、銅がある。鉄製の魅力は、「熱伝導性が良くないので、温度がゆっくり上昇する点が魅力です。それは、熱を安定して食材に伝え、蓄熱性も高いことでもあり、ハンバーグやステーキを焼くのに向いています」。
一生ものという言い方もする。「穴が空くまで使えます。家庭で鉄のフライパンに穴を開けるのは相当大変ですよ。お客様の中に、50年ぐらい使っている、おばあちゃんの代から80年使っているという方もいます。50年、60年使うと、金属劣化を起こして底がうねりますが、ガスコンロでなら使い続けることができますよ」と話す飯田社長。
「くっつき防止」には予熱をしっかりすること
くっつきやすさは使い方次第。「鉄に限らず金属のフライパンは、予熱をしっかりしてください。食材とフライパンがくっつくのは、吸着水と呼ばれる水分子が原因です。水分子は空気中に漂っていて、200℃程度にならないと蒸発しません。フライパンを熱すると、吸着水がフワフワと立ち上り始めます。そのときに油を引き、皿全体に広げてから食材を入れると、くっつきにくくなります」(飯田社長)。
鉄製のフライパンは、買ってきた際に下準備が必要だ。まず、中火で十分に熱すると、青黒く変色し酸化被膜を作る。その後、油を入れてくず野菜を炒めると油が馴染みやすくなる。以降は、料理に使える。
ついた汚れを取るのは、亀の子たわしがおすすめ。下準備をした鉄のフライパンは、油でコーティングされるため、落ちにくい汚れは中性洗剤で洗ってもよい。金だわしも使えるが、表面を傷つけやすい。洗ったらコンロで火にかけ、水分を飛ばす必要がある。水分が残っていると錆びるからだ。また、トマトや酢など酸性の食材・調味料に反応し、表面が溶けて白っぽくなるので注意が必要。
高熱で使えるので、水分がしっかり飛んでパリッと仕上がる。余熱で火を通し過ぎないように、完成した料理はすぐに皿へ移そう。
鉄の弱点をカバーする「窒化鉄」のフライパン
最近は、鉄の弱点をカバーする窒化鉄のフライパンもある。フライパンを製造する際は鉄を二酸化炭素と一緒に焼いて成形するが、窒化鉄は窒素を加えて表面にまとわせる。その結果、最初の下準備の手間が省けるので人気が高い。
鋳物フライパンにも窒化鋳物があって人気だ。表面がザラザラするので油なじみが速くくっつきにくくなる。鋳物製は鉄よりさらに蓄熱性が高く、肉を焼くのに向いている。柄の部分まで一体成型されているので、つなぎ目が劣化する心配もない。鉄製はフッ素加工のものより重い傾向があるが、鋳物はさらに重いものもある。
熱が急速に伝わるアルミ製は、加熱すると一気に温度が上がり、火を消すと一気に下がる。フッ素加工フライパンは、中がアルミ製のものが多い。アルミ製のフライパンは、中まで火が通らず生焼けになる可能性があるので、鶏肉などはじっくり焼こう。コーティングがないアルミフライパンは、プロの料理人が好む。パスタを作る際に軽くて揺すりやすく、ソースと絡めやすいので便利だからだが、一般の人もパスタ用に買うことがあるそうだ。底が白っぽいのでソースの色がわかりやすい点も、プロに好評である。
手にとって持ちやすさや重さを確かめてほしい
どのタイプでも、厚みがあるほど耐久性が高いがその分重みも増す。また、柄の長さでも手に感じる重さが変わり、短い方が重さを感じにくい。収納の際に場所を取らない、柄が引っかかってひっくり返すリスクも少なくなる。最近は、鍋替わりに使う人が増えたこともあり、深めで底が広いフライパンが人気だ。家庭用で人気のサイズは直径24cm、26cm、28cmである。
飯田社長は、「これからフライパンを買う方は、ぜひ実店舗で手に取って持ちやすさや重さを確かめてください。インターネット通販の場合、正確にサイズと重さが記してありますが、手に持った感覚までは説明がありません。手に一番なじんだものを選ぶと、相棒のように仲良くなれる道具になるかもしれません」と話す。金属製のフライパンは、荒物屋(金物屋)やニトリ、かっぱ橋道具街のようなプロ向けの専門店街やこだわりの道具店で扱っていることが多い。インターネットでお近くの専門店を確認して行ってみよう。
素材によって、こんなにもフライパンの長所短所は違う。道具の使いやすさは、料理の得意不得意にもつながる。ぜひ、これらの特性を理解したうえで、自分が欲しいフライパンを見つけて欲しい。料理が楽しいか苦痛かも、実は道具の力が大きいのだから。