※本稿は、上野陽子『心に刺さる、印象に強く残る 超・引用力』(青春出版社)の一部を再編集したものです。
トランプ氏がつけた「Sleepy Joe」
11月の米国大統領選に向けてご老骨に鞭打ち二人が戦う中で、バイデン大統領はウクライナのゼレスキー大統領を迎えて「プーチン大統領です!」と紹介。たとえジョークでもブラックすぎる失敗を多々繰り返し、結果的にハリス副大統領に候補者の座を譲ることに。そんな寝ぼけたバイデン氏にトランプ氏がつけたあだ名は「Sleepy Joe」(おねむのジョー)。
決してどちらの味方ということもなく、むしろ時に人をばかにしたトランプ氏の言い回しは気になるものの、相手を揶揄する表現は言い得て妙だなぁなどと感心もさせられます。
弁舌は全般にわたって歯切れよく、「そうだ!」「思っていたことだ!」と同調したくなるように、気持ちを掻き立ててくるのも特徴です。
9歳の子供でもわかる語彙
トランプ大統領の語彙は9歳の子供でも十分に理解できるものだとされ、他の政治家に比べると、4単語以上のフレーズは半分以下というデータもみられます。なんといってもMake America Great Again!(アメリカを再び偉大に!)に代表されるわかりやすさ。しかも、短いフレーズを繰り返すので、嫌でも覚えてしまいます。
以前プレゼンの名手スティーブ・ジョブズの語彙を解析ソフトで調べたところ、難解語は少なく、語彙密度も低い。小学生から中学生レベルで十分に理解できるものでした。ヒトラーのスピーチライターは「その場にいる中で、子供や一番教養のない人に言葉をあわせろ」としたといいます。
つまり、このわかりやすい語彙と構造のクリアさこそが、「そうだ! それだ!」と心に響かせるための根幹なわけです。
説得力のある話し手の共通点をまとめると、以下の通り。
考えさせないわかりやすさ
感性に訴えかけること
では、日常に生かすべく具体的にみていきましょう。
「レモン=すっぱい!」五感を刺激する言葉
トランプ氏が政治の膿を出そう! というときに使った言葉は
「Drain the Swamp」(沼を排除せよ)
「政治のどろどろとした悪い面を改善しよう」ではなく、たった3語で「沼から水を抜く」と。選挙の文脈から政治の膿を出して健全化することが浮かび、ぬめぬめとした不快さを取り除くすっきりした印象を与えます。
話を聞いていてイメージが湧いたり、味が想像できたりすることがあります。それは、「自分が知っている何か」に置き換えたり、名言などで言い換えたり、ストーリーの流れで頭に浮かべたりすることでより鮮明になるものです。
「言い換える」「たとえる」とは、聞き手がわからない・わかりにくいものを、イメージがつかめるように、「別のわかりやすい何かでイメージさせる」こと。
そのひとつの方法が、トランプが腐敗した政治という沼からどろどろの膿を抜いてさっぱりさせる印象になるのでしょう。
これが、五感で覚えているような言葉を加えるということです。
日常でわかりやすくたとえるなら、レモンと聞くだけで口の中が本当に酸っぱくなるように、五感を刺激するイメージの引用は、印象が強く残り効果的。
「柚のような香り」「バナナのような食感」と言うだけで、肌感覚的にそのイメージがつかめ、感情に訴えかけます。
比喩を使った名言
名言などを引用するときにも同様に、自分が伝えたいことがさらに聞き手の心を動かすように言い換え、たとえてくれるような言葉を使うことで、こうした効果が得られます。
たとえば、「きっと状況はよくなる」と伝えるなら、こんな比喩を使った名言を付け加えてみることも考えられそうです。
つらい状況を、冷たい雨や暗い夜にたとえてありますが、自然を使った隠喩的な名言であるぶん心に染みる引用になるかもしれません。
ハイウェイに並ぶ棺桶
今度は、イメージが浮かぶような具体的な引用例を見てみましょう。ここでは、もうひとりの引用名人、デール・カーネギーが著書『心を動かす話し方』の中で学生の言葉を紹介していた例をお見せしましょう。
「ハイウェイでおこる自動車事故の恐ろしい死者数を、こんな地獄絵にしてみせてくれました。
あなたはいまニューヨークからロサンゼルスに向かって大陸を横断しています。その道筋のハイウェイの標識の代わりに、棺桶がたっているものと考えてみてください。その棺桶には、昨年の自動車事故の犠牲者が、ひとりずつ入っています。あなたの車は、5秒ごとにひとつずつこの陰気な標識のそばをかすめて行きます。というのは、それを1マイル(1.6km)に12個の割合で置くと、大陸の端から端まで、ズラリと縦に並べることができるからです!」
この話を聞いたカーネギー氏は、車に乗るたびにその絵が浮かんでしまった……ということでした。
とてもインパクトの強い引用で、実際に目にしていなくとも、大陸に一直線に並ぶ棺の姿が目に浮かびます。その光景が目の裏に焼き付いて、棺桶の中のひとりにならないように交通安全に努めたくなるというもの。交通安全を訴えるという目的には、かなり効果を発揮しそうです。
こんなふうに、実際は目にしていないのに鮮明にイメージが浮かびそうな表現があったなら、すかさず引用してみましょう。言葉にして鮮烈なインパクトを残すことができるようになります。
引用を明らかにしてストーリーに乗せる
「どうせいつ死ぬか知れぬ命だ。なんでも命あるうちにしておく事だ。死んでからああ残念だと墓場の影から悔やんでもおっつかない」
潔いこの言葉、発しているのは猫。
ご存じ、夏目漱石の『吾輩は猫である』の終わり近くの一節で、猫が人間を真似て思い切ってビールを飲む場面の心情です。
こうした場面は、引用元を明らかにしてストーリー仕立てで伝えると物語性が出るため、場面も目に浮かんで効果的です。ただ、そもそもこれが猫の心情という特殊な状況なら、まずは引用から入って種明かしをするのもおもしろいかと思います。
なんでも思い切って挑戦すべきだ、あるいはよく耳にする「人生最後の日のように生きる」をちょっと皮肉にした場面。その結果、うかつに甕に落ちて死んでしまう不条理なオチも描かれています……と、その先まで伝えられたらより深みが増します。
ライオンのような勇猛さとキツネのような狡猾さ
もうひとつ例を見てみましょう。たとえば16世紀ルネサンス時代から近代の政治思想や国家論にまで大きな影響を与え、今でもその思想の人気が高いマキャベリ。著書『君主論』の中で著した、「君主はライオンのような勇猛さとキツネのような狡猾さが必要である」という名言で有名です。これは、長い文章をひと言にまとめたもので、本来そのままの言葉があるわけではありません。
『君主論』に描かれた本来の話の流れを簡単にまとめたストーリーとして紹介してみると、よりおもしろ味が増しそうです。あるいは、政治思想家で作家のマキャベリ自体がどんな人だったかをストーリー仕立てにしてみるのもいいかと思います。
名言主が偉人や著名人、何かを成し遂げたような特徴的な人のときには、その人生や言葉の背景の話はとても興味深く、さらに言葉に重みが加わります。
今度は、人の印象に残る“絵”として、相手に伝える方法をみていきます。
「東京ドーム3つ分の広さです」
以前のトランプ氏の政策に「Build the Wall」(壁を建てろ)では、「外国からの移民を入れさせないようにいしよう!」よりも、クリアに侵入を防ぐ絵が浮かびます。
大きくはだかる壁は、人をアメリカに寄せ付けないイメージに十分です。高い壁はどのくらいの高さかわからなくても、侵入できないくらいの国防の壁。しっかり国民を守るかの印象を抱けそうです。
さて、大きさのイメージといえば、日本人はよく、広さやサイズ感をわかってもらうために「東京ドーム3つ分の広さです」のように伝えます。
実際には東京ドームのサイズを知らないし、行ったこともなく、「東京ドームの広さなんてよくわからない」というのが本音かもしれません。それでも、なんとなくの大きさが思い浮かび「そんなに広いのか」という印象を受けることでしょう。野球やコンサートで観客いっぱいの様子を目にしているわけですから。
壮大な話も身の回りのことに置き換えてイメージする
こうしてイメージが浮かぶ言葉を引用することで、およそ自分の中にある何かを持ち出して理解できるようになります。すると、伝えたいことが聞き手の中で明確になり、さらに絵として脳裏に浮かぶのでより興味を持ってくれるようになります。
ほかにも東京都の何倍、琵琶湖くらい、地域の公園のサイズなど、その話をする場面に合わせてわかりやすい“絵”を言葉にしてみましょう。どれも実際の数字や具体的な大きさを知らなくても、かなりイメージがつけやすくなります。
どんなに壮大な話でも、身の回りの手の届く範囲で置き換えができる事象に落とし込んでみることです。身の回りのことなら「あれか」とイメージして、聞き手がより話を身近に受け取り、理解も深まります。
<ポイントまとめ>鮮明なイメージにする引用レシピ
■イメージを想起させる
五感を刺激する言葉で、イメージを想起させる
■鮮明なイメージが浮かぶ言葉を選ぶ
鮮明なイメージが浮かぶ言葉で、鮮烈なインパクトに
■ストーリーに乗せる
ストーリーに乗せると、聞き手を話に引き込める
■絵に浮かびやすい言葉を選ぶ
絵として頭に浮かぶと、理解度が高まる