高い目標をクリアできるチームは何が違うのか。昨年の甲子園で慶應義塾高校に107年ぶりの優勝をもたらしたメンタルコーチの吉岡眞司さんは「大きな目標を実現できるチームはいつも雰囲気がいい。個々人が前向きで主体的に行動する『明るいチーム』に共通して飛び交う言葉がある」という――。

※本稿は、吉岡眞司『強いチームはなぜ「明るい」のか』(幻冬舎新書)の一部を再編集したものです。

ハイタッチをする仕事のチーム
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「明るいチーム」は成果を挙げる

どんな状況でも心の状態を良いバランスに保ち、目標を見失わずに行動することができる、そんな個人が集まったのが「明るいチーム」です。

本書で言う「明るいチーム」に見られる特徴をご紹介します。

● 個々のメンバーが、チームにおける自分の役割・立場を自覚し、指示を待つことなく自ら考え、主体的に行動している。
● メンバー同士がお互いに尊重し合い、仲間を思いやる心や感謝の気持ちを持っている。
● 「ありがとう!」「いいね!」などのポジティブな言葉が飛び交っている。
● メンバー各々がいい表情をしている。
● 大きな目標を掲げている。それが、側から見ると「そんなの無理と思えるようなレベルのものであっても、メンバー全員が「絶対に実現できる」と信じている。
● その目標の実現に向けて、一人ひとりがコツコツと努力している。心身を追い込むような練習も、チームで励まし合いながらいい表情をしながら乗り越えている。
● 仲間がミスをしてもなじったり怒ったりすることなく、その仲間を励まし、勇気づける言葉をかけている。また、一人のミスをほかのメンバーでカバーしようと行動している。

こういったチームの状態を、総じて「明るい(=雰囲気がいい)」と表現しています。

第105回全国高校野球選手権大会の決勝で仙台育英を破って107年ぶり2度目の優勝を果たし、喜ぶ慶応ナイン=2023年8月23日、甲子園球場
写真=共同通信社
第105回全国高校野球選手権大会の決勝で仙台育英を破って107年ぶり2度目の優勝を果たし、喜ぶ慶応ナイン=2023年8月23日、甲子園球場

私がメンタルサポートを担当する塾高・慶大の野球部、箕面自由学園高等学校チアリーダー部など、大きな目標を掲げ、成果を挙げているチームには共通してこの明るさが見られます。そして、この明るさこそが成果を挙げるチームに不可欠だと、私自身の経験からも確信を持って言えます。

そんな「明るいチーム」をつくるためにはどうすればよいのでしょうか? ここから詳しくご紹介していきます。

チームの雰囲気を明るくする万能ワード

「ありがとう」は、ポジティブな感情とイメージを脳に想起させる代表的なプラスの言葉です。「ありがとう」の言葉を口にするときに、マイナスの感情を抱く人はまずいません。

そこで、守備を終えてベンチに戻ってきた選手を、「しっかり守ってくれてありがとう!」の意で「ありがとう!」と言って出迎える。声をかけられた選手も、「声援を送ってくれてありがとう!」「細かく指示を出してくれてありがとう!」の意で、「ありがとう!」と応じる。明るいチームではメンバー同士がお互いを尊重し合い、感謝の気持ちを持っているので、自然と「ありがとう」の言葉が交わされます。そして、チーム内がどんどん明るい雰囲気で満たされていきます。

また、私たちの脳には「『誰が言ったのか』は関知しない」という特徴があります。「ありがとう」という言葉が脳に伝達されると、あたかも自分が「ありがとう」と言った、あるいは自分が「ありがとう」と言われたものと受け取ります。

心の状態は脳の状態が反映されますから、「ありがとう」という言葉で脳内がポジティブな感情やイメージで満たされると、自ずと心の状態もポジティブになるというわけです。誰かが発した「ありがとう」の一言が、チーム内の何人もの人に前向きな心の状態をもたらし、雰囲気がどんどんよくなっていくのです。

試合で応援をする野球チーム
写真=iStock.com/PeopleImages
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表情もまた、チームの雰囲気を高める大事な要素です。それが、「いい顔」です。

「いい顔」とはやや抽象的な表現ですが、代表的な「いい顔」は笑顔です。笑顔を浮かべているときは自然とポジティブな感情が生まれます。

笑顔だけではありません。何かに集中しているときの冷静な表情や、堂々とした強気の表情もまた、チーム間での雰囲気を明るく、前向きにしてくれる「いい顔」の一つです。

メンバーが「いい顔」をしているのを見ると、自然とこちらも「よし、頑張ろう」と目標に向かってチャレンジする意欲が高まり、「いい顔」になれるわけです。「いい顔」もまた、チーム内にポジティブな感情の連鎖をもたらしてくれるすぐれものなのです。

感情を伝播させる「ミラーニューロン」

「ありがとう」や「いい顔」といったポジティブな言葉や表情がチーム内にもたらす効果は、脳科学的にも説明できます。そのカギを握るのは、「ミラーニューロン」という脳の神経細胞の存在です。

ミラーニューロンとは、他人の行動やしぐさを見て、自分も同じ行動やしぐさをしているかのように反応する脳の神経細胞です。

映画鑑賞中に、悲しい情景がスクリーンに映し出されると、自然と涙が出る。スポーツを観戦中に、劇的なゴールシーンが生まれると、思わずガッツポーズが出る。このような他人に感情移入する心の動きは、ミラーニューロンの働きによるものと言われています。「ミラー(鏡)」という言葉が表すとおり、まるで鏡に映したように、相手の行動や感情が自分の脳内で再現されるのです。

このミラーニューロンの働きがあるから、「ありがとう」と言われた人がうれしそうな表情を見せたら、その表情を見た周りの人もうれしい気持ちになる。そして、プラスの雰囲気がチーム内に広まっていくのです。

同様に、マイナスのイメージを連想させる言葉や表情もまた、ミラーニューロンの働きによってチーム内に悪い雰囲気をつくり出してしまいます。

たとえば、職場で上司が社員を叱責しているとします。叱られた社員は、自席に戻って一人落ち込んでしまう。こういった一連のやり取りもまた、それを見た人に叱られた社員と同じような心情を呼び起こしてしまい、暗い雰囲気が感染症のように一気にまん延してしまうのです。

この暗い雰囲気の広がりを喰い止めるためにも、叱責されて落ち込んでいる社員には何とか早く立ち直ってもらいたい、でも直接声をかけづらい……そんなときには、間接的に「ありがとう」という言葉をその社員の耳に届けてあげることが効果的です。

そうすると、その社員の脳の中で、過去に自分が「ありがとう」と口にしたとき、あるいは言われたときのポジティブな感情とイメージが呼び起こされるため、落ち込んでいた気持ちが和らぐというわけです。

このように、直接的に働きかけなくても、ミラーニューロンの働きを活かし、間接的にプラスの言葉や表情を伝えることで、マイナスの雰囲気を和らげ、プラスに変えることができます。それだけ、言葉・表情・動作が感情におよぼす影響は大きいのです。

会社組織にも「明るさ」が必要な理由

「スポーツチームにおいて『明るさ』が大事なのはわかりますが、会社組織でも『明るさ』は必要なのでしょうか? 毎月給料をもらっている以上、会社では黙々と仕事をするのが当たり前ではないですか?」

一定以上の年代の読者の中には、もしかしたらこのような疑問を抱く方もいるのではないでしょうか。

私がメンタルサポートで関わったIさんもその一人でした。

会社で部長職を務める40代のIさん。担当する部の業績がなかなか上がらずに悩んでいました。

「個々の社員がしっかり役割を自覚して働いてくれれば、目標数値は達成できるはずなのですが、なかなかこちらの思うように働いてくれなくて。いったいどうすればいいのか……」

若手社員の頃に高い業績を挙げて管理職に昇進した人の中には、「自分ができたのだから部下にできないことはない」「このくらい頑張って当然だろう」という自分のものさしで部下の仕事ぶりを評価してしまう人がいるものです。Iさんにもそのようなスタンスがうかがえました。

「ところでIさんは普段、部下の方々とコミュニケーションはとっていますか?」
「はい、とるように心がけているつもりです」
「たとえば、どんなふうに?」
「『あの件は、どうなった?』と問いかけると、『はい、このように対応しました』と返答があったりします」
「そのとき、Iさんは部下にどんな言葉をかけるのですか?」
「いや……、『うん』と頷きます」

私自身も会社員時代に経験がありますが、Iさんのように40代、50代で管理職を務めているような人が若手の頃というのは、トップダウン型のマネジメントが主流でした。バブルの頃は特に忙しかったこともあり、職場での会話もいわゆる「報連相(報告・連絡・相談)」を最小限で済ますことが“当たり前”でした。そのためIさんも、それが職場におけるコミュニケーションの定石だと認識していたのです。

仮に、Iさんが部下に対して、

「そうか、しっかり対応してくれてありがとう」
「スケジュールどおりに進んでいて、いい感じじゃないか」

といった言葉がけを付け加えていたら、その部下本人だけでなく、周りで仕事している社員にも「よし、頑張ろう」という前向きな気持ちが伝播でんぱしたことでしょう。

Iさんには、会話のラリーを心がけ、言葉数を増やしてみる提案をしました。

何も難しい話ではないように思えますが、そもそもIさん自身、若手社員の頃に上司や先輩からそのような言葉をかけてもらった経験がありません。

職場でニコッと笑えたら成功したようなもの

「そう言われても、どんな言葉を返したらいいか……」
「言葉が見つからないのであれば、表情でもいいんです。少しニコッとしてみるだけでも相手が受け取るイメージは大きく変わりますよ」
「普段ニコッとするなんて、職場でやったためしがないから、それも難しいなぁ……」
「Iさんは、上司からどんな言葉をかけてもらうとうれしい、気分がいいですか?」
「う~ん、『ありがとう』とか『よくやってるね』とかでしょうか……」
「それなら、まずはそれから始めてみるのはいかがですか?」

このようなセッションは数カ月におよびましたが、Iさん自身、「与えられた仕事はやって当たり前」という価値観が長年染みついていたこともあり、自身の行動や立ち振る舞いをなかなか変えられずにいました。

でも、ある日のこと。職場がバタバタと忙しい中、電話を受け取ってくれた社員に対して、ニコッとした笑顔と、「ありがとう」という言葉を口にしてみたそうです。すると、「今まで職場でそんな言葉を返したり、表情を見せたりしたことがなかったので、社員にはキョトンとされてしまいました」とIさんは照れくさそうに打ち明けてくれました。

ただ、思い切って行動に移すと、Iさんの中で殻が破れたのか、「ありがとう」と口にすることや笑顔が多く出るようになり、気づいたら業績も自然に上がっていたそうです。

会社のミーティングで拍手をする人たち
写真=iStock.com/Martin Barraud
※写真はイメージです

このIさんにかぎらず、「ありがとう」といった言葉や「笑顔」などの良い表情をアウトプットすることに慣れていない人が、職場やチームの中でいきなり実践するのは難しいことだと思います。

吉岡眞司『強いチームはなぜ「明るい」のか』(幻冬舎新書)
吉岡眞司『強いチームはなぜ「明るい」のか』(幻冬舎新書)

しかも、プラスの言葉を口にするメリットについては、さまざまなところで言われていて目新しくもないので、特に大学生や社会人にもなると、「そんなことは知っているよ」と斜にかまえ、馬耳東風に聞き流す人が多くいます。

たとえ知っていることであったとしても、これまでの価値観や先入観を一旦は横に置いて、まずは素直に取り組んでみる。これに尽きます。特に、管理職やリーダーの行動が変わると、チームにもたらすインパクトは大きなものがありますから。

この記事を読んでいる方の中にも、チームリーダーやチームの主軸を担う立場の方がいるでしょう。そういった人は、チームの雰囲気を一気に明るくできるパワーを持っています。ぜひ、プラスの言葉や表情、態度を意図的にアウトプットし、率先して「明るいチーム」づくりを行ってみることをお勧めします。