今年の新入社員は「新NISAタイプ」
新入社員が入社して1カ月が経過した。新入社員研修を終えて、5月から配属先でのOJT(職場内教育)が始まる。最近は新入社員の早期離職だけではなく、退職代行会社を使って退職届を出す新入社員もいることがメディアで話題となっているが、企業側も離職しないように相当気を遣っているようだ。
しかし、今年の新入社員は一筋縄でいかない特徴を持っている。産労総合研究所が発表した2024年度の新入社員のタイプは「セレクト上手な新NISAタイプ」と命名している。その特徴として「デジタルに慣れ親しんでいる一方で、対面コミュニケーションの経験に乏しく、『仲間』以外の世代との距離感に戸惑う面もある。また、タイパを重視し、唯一の正解を求める傾向が年々増している」と分析している。
タイムパフォーマンス(時間対効果)に敏感な一方で、正解探しの傾向が強いというのは、正解がないビジネスの世界に生きる企業としてはちょっと引いてしまう印象を受ける。長所として「目標とする未来が定まれば、彼らは自分なりに情報を集め、『セレクト』して歩き始める」と分析しているが、今の会社に合わないと判断すればさっさと見切りをつけて転職してしまいそうな危惧も覚える。
指示してくれないと動けない
対面コミュニケーションに乏しく、仲間以外の世代との距離感に戸惑うというのも気になる。大学でキャリア教育の講師も務める文化放送キャリアパートナーズ就職情報研究所の平野恵子所長はこう語る。
「大学に入学した当初からコロナが蔓延し、キャンパスにも入れず、講義もオンライン。当然、サークル活動やアルバイト経験も少ない。大学入学2年目までの講義は申告した上で席に座り、感染者が発生したら周りの学生も休ませるという大学の厳しい管理下で大学生活を送った。そのため人の言うことはよく聞く謙虚さや素直さがあり、指示されることに慣れている。というより指示されるのが当たり前で、逆に指示してくれないと動けないのは当然という感覚を持っている」
高校でも管理され、本来は自由な大学生活を謳歌できると思ったが、それができなかった世代でもある。
隣の席の人が困っていてもどう声をかけていいかわからない
新入社員研修をはじめ企業研修を手がけるALL DIFFERENTの根本博之CLM(最高育成責任者)も今年の新入社員研修を通じて「非常に素直で前向き、かつ指示したことを丁寧に進めようとする傾向がある」との印象を持ったという。一方で新入社員研修中に、隣の人が何か困った様子でも声をかけようとしない場面を見かけたという。
根本氏は「どのように立ち振る舞えばよいのかわからないので様子を見ていたようだ。挨拶するにもどれぐらいの声の大きさでやればいいのか、人とすれ違ったとき、本当に声を出して挨拶してよいのかもわからない。こうやればいいよと指示すると、とたんにやり出す。裏を返すと、失敗したくないという思いもある。一昔前から『正解探し』の傾向があると言われていたが、それがより強固になった印象を受ける」と語る。
職場での新たな人間関係の構築でも不安な要素を持つ。根本氏は「人の様子を察して声をかけるとか、何かやることありますか、といった“察する力”が足りないように思う。コロナ禍の4年間、大学でも家でも目の前のパソコンに向き合い、周囲に気を配ることもなく、正解を探す日常を送ってきたので。自然と鍛える場がなくなってしまったからではないか」と語る。
「わざわざ出社する必要なくない?」
こうした特性を持つ今年の新入社員への接し方や指導法を一歩でも間違えると離職の引き金になる可能性もある。前出の平野所長は「転職はアグレッシブな行為であるが、そこまでアグレッシブな新人は多くないと思う。ただし、嫌なこと、自分には無理と思ったらファーストキャリアだし、辞めてもいいやという感覚はほぼ全員が持っているのではないか」と指摘する。
その上で「例えば学生時代に在宅でのオンライン生活を長く強いられたため、惰性的に対面で何かをやらせるのはリスキーだ。『これってわざわざ出社して対面でやる必要なくない?』とか、『タイパ悪くない?』といった上司の世代とは違う価値観を持っている。働き方のスタイルにギャップを感じたら転職を考えはじめる可能性はある」と語る。
「朝起きるのがつらいので会社を辞めます」
前出の根本CLMは離職を防止するには入社後の「社会人の壁」を注意深く観察し、フォローする必要があると指摘する。入社後に最初にぶつかる社会人の壁は朝起きて出社するという「生活リズム」である。実際に「朝起きるのがつらいので会社を辞めます」という新人もいたという。
また「挨拶の仕方や敬語などの言葉遣い、仕事の報・連・相といった社会人に求められる基本的なビジネスマナーを習得することに壁を感じ、そこで躓く人もいる。次に組織人の壁がある。組織に所属するので会社のルールや組織に貢献するマインドが大事になるが、最近の新入社員は自分の成長を重視したいという人と、世の中の誰かのために貢献したいという人に二極化する傾向がある。自分の成長を重視する人には組織人なんだから、というのが通じずに『私は組織とか会社に向いていません』と言う人が出てきて、辞めてしまうこともある」(根本氏)
OJTでどう対応したらいいか
では会社や上司はこれから始まるOJTにどう対応すればよいのか。前出の平野所長は「OJTの前に、まず話をしてくれる関係を築くこと。本人の考え方を聞いたり、個別にコミュニケーションをしっかり取る必要がある。そうしないとよかれと思っていることが真逆に捉えられることもある。彼らがちゃんと話をしてくれる状態にまで持っていかないと育成もスタートしない」と語る。
リクルートマネジメントソリューションズのサービス統括部HRDサービス推進部トレーニングプログラム開発グループの桑原正義主任研究員はOJTのポイントについてこう指摘する。
「なぜこの仕事をやることが大事なのかという意味を伝え、納得感をしっかりと本人に持たせる。OJT担当には目的を共有すること、もう1つは本人の個性を知ることをまずやってほしい。本人の持ち味を知らずして成長にはつなげられない。本人が大事にしていることを聞き出し、仕事に関して『あなたはこういうことを大事にしているよね、将来はこうありたいと言っているよね、今の仕事は大変だけど、この仕事を通じてスキルアップにつながるかもしれないよ』と、本人にとってなるほどと思えるようなつなぎ方をすれば、決してやりたいことだけではなく、組織としてやってほしいこともやってもらえるようになると思う」
そこまでしないといけないのか、というほどの「マイクロOJT」を
前出の根本CLMは「マイクロOJT」を推奨する。「それこそ箸の上げ下げのレベルからしっかりと指導してあげるのがマイクロOJT。例えば議事録の書き方であれば、この項目はこの順番で書きなさいと細かく教えてあげる。上司の側は自分たちはそういうふうに教わっていなかったので、どうしてそこまでやらないといけないのかという声が管理職の研修では必ず出てくる。しかし、そうしなければ今の新人は何がわかっていて、何がわからないのかがわからず、育つ人は育ち、育たない人は育たないという状況になってしまう」
何より問われるのは上司や先輩社員の新人との対話力、つまり漠然とした不安を抱える新人の思いを引き出せる能力だ。対話力はフィードバックの胆ともいえるが、研修担当の講師によると、完璧にこなせる管理職は2割程度しかいないという。つまり8割の管理職は対話力の学び直しが必要ということになる。企業としてはコーチングを含めた対話力の教育が求められている。