※本稿は、神垣しおり『逃げられる人になりなさい』(飛鳥新社)の一部を再編集したものです。
人づきあいで大事な2つのこと
人づきあいに苦手意識があったからこそ、コミュニケーションのとり方には試行錯誤を重ねてきました。
どちらもいまだに模索中で、答えがみつかったわけではありません。
しかし、どんな場面でも相手に敬意をもつこと。そして、普段からさりげない心遣いや会話の工夫を意識すること。この2つが大事だと感じています。
とくに、校長という立場になってからは、相手と打ち解けられる工夫を心がけています。経験上、生徒であれ職員であれ、校長と話すときは少なからず、気後れしたり身構えたりするのではないかと思うからです。
お互いを尊重し合うために適度な距離感を保ちつつも、あたたかな交流ができたらと思う日々。さりげない言葉遣いやまなざしの向け方ひとつにも、相手を包み込み、敬意や思いやりを込められたらと願っています。
ここからしばらく、私が心がけているコミュニケーションの工夫についてお話しします。
“間”を取るように意識する
お互いに好感をもち、心を開いて会話できるように、相手のタイミングをみて“間”を取るように意識しています。
話し方のペースは人それぞれで、マシンガンのように高速で言葉が出てくる方もいれば、一言ずつゆっくり考えながら話す方もいらっしゃいます。
どんな語り口の方とお話しするときも反射的に答えるのではなく、相手の反応をみながら、間合いを取って丁寧に会話をつなげます。そうすることで、お互いを理解する余裕が生まれるように思うからです。
とくに、勢いよくたたみかけるように話す方には、相手のペースについ引きずられ、「売り言葉に買い言葉」になってしまいやすいです。そんなときこそ、一呼吸おいて返事をすることを心がけています。
相手のテンポに合わせる
間を取るといっても、常にゆっくり話すというわけではありません。会話のスピードは、相手のテンポに合わせます。
早口の方には、こちらもポンポンとリズミカルに会話を進め、スローペースの方にはゆっくり話します。会話が進むよう、適度に相槌を打つことも心がけています。
また、フランクに話すタイプの人とは、同じように距離感を縮めて接すると会話がどんどん深まります。逆に、少し遠慮がちに話す方なら無理に踏み込まず、相手が心地よく話せる距離感を意識します。
相手と、どんな声のトーンや会話のペースが合うのかを無意識で探るのは、ひとつの習慣となりました。
相手の立場に立って考える
聖書に「人にしてもらいたいと思うことを、人にもしなさい」という言葉があります。これも普段から心に留めている言葉です。
たとえば、「この言葉をかければ、少しは安心してもらえるかな」「本当はこう伝えたいけれど、今は負担に感じるかもしれないから、違う言葉にしよう」。そんな問いかけを自分にしながら会話していくのです。
ただし、同じ言葉でも相手と自分とでは受け止め方が違うのがむずかしいところ。失敗したなと反省することも多々あります。それでも、自分の主張を押しつけるのではなく、相手の立場に立って考えるのは、コミュニケーションの基本だと感じています。
相手の目を見て微笑む
会話と同じくらい大切だと感じるのが、アイコンタクト。相手の目をみて話すことです。「目は口ほどにものをいう」ということわざもあるように、お互いの目をとおして通じ合うものは、言葉以上のものがあると数々の経験から感じてきました。
とくに、感謝の言葉は必ず相手の目をみて、微笑とともに伝えたいと思っています。
また、悩んでいる方を励ましたいときや相手の心を解きほぐしたいときにも、「心配ですね」「解決策を一緒に考えていきましょう」と、目線を送りながら声をかけます。
さらに、大切な連絡事項や、ぜひ心に留めておいてほしい言葉も、相手をきちんとみて伝えるようにしています。
挨拶に思いを込める
話術に自信がない分、せめて挨拶は全身全霊で行うようにしています。
たとえば、学校の集会や職員朝礼では、全員を見渡してその日の様子を推しはかり、心と心が通い合うよう、思いを込めて「おはようございます」の第一声を発します。
うつむきがちだったり調子が悪そうだったりする様子が目に入ったら、「しんどいときに来てくれたのだな、どうぞ元気になりますように」と心の中で祈ります。
そして最後に、「今日も1日よろしくお願いします」と、ふたたび全身全霊の思いを込めて締めくくるのです。
短い挨拶であっても、そこに込めた思いは必ず相手に伝わる。
そう信じて、日々くり返しています。
方言が和やかな空気を生む
基本的に、パブリックな場では丁寧な言葉遣いを意識し、とくに、語尾をきちんというようにしています。しかし節度を保ちつつも大切にしたいと考えているのが、方言を使うことです。
休憩時間に生徒や職員と何気ない言葉を交わすときは、少しフランクに「○○しんさい(しなさい)」「●●じゃね(だね)」など、広島の言葉を使うのです。
慣れ親しんだ言葉が少し入るだけで、そこに和やかな空気が生まれます。そして、お互いの関係がより温もりのあるものに変わる気がします。
生まれ育った土地の文化や伝統を大事にしたい。生徒たちにもそのような気持ちをもってほしい。そんな思いも込めた習慣です。
コミュニケーションに失敗はつきもの
オンラインのコミュニケーション、中でもLINEを使いはじめた頃は、数々の失敗をしました。誤解が生まれたり、やりとりが延々と続いたりして、問題がややこしくなることがあったのです。オンラインだからこそ、相手への気遣いや丁寧な言葉遣いはリアルな場面より重要になると痛感しました。
とくにトラブルが起きたとき、オンラインだけで解決しようとすると、かなりの確率でこじれます。ですから、問題が起きたら直接会うか、せめて電話で話すようにしています。すると、お互いの誤解が解けてすぐに解決に至ることがほとんどです。
オンラインに頼りすぎず、リアルなコミュニケーションとのハイブリッドで使うことが、ひとつのポイントだと感じます。
どんなに気をつけていても、複数の人間が動くときには、主張のぶつかり合いや感情のもつれが生まれます。それは職場であれ、趣味の集まりや家庭であれ同じです。
その一方で、コミュニケーションに自信があるという人は少ないのではないでしょうか。人づきあいが上手にみえる人でも、その人なりの苦労や悩みがあるものです。
人とのつながり方を学ぶには、リアルな場で経験を重ねること。そして同時に、失敗することも必要です。人間関係づくりは最初からうまくいくものではないということを、心にとめておくとよいでしょう。
ただし、いつも当事者同士だけでうまくいくかというと、そうでもないこともあります。ですから時には、信頼できる第三者や専門家にお願いする必要もあるかもしれません。
まずはトラブルを未然に防げるよう日頃の工夫が大切です。不要なあつれきや衝突を避けるために、気をつけているポイントをご紹介します。
すぐに「でも……」と言わない
意見が違う場合、「でも……」といいたくなるものですが、すぐに反論すると相手も臨戦態勢に入ります。
私も昔は、異なる意見や新しい提案をついストレートに伝えていました。すると相手は、自分自身を否定されたような気がして、心を閉ざしてしまいます。
ですから今は、違う意見をいいたいときや相手に同意できないときは、「○○さんの意見は、△△なのですね」「なるほど、あなたは□□と思うのですね」と、まずは相手の主張をくり返します。
また、相手と違う意見を伝えるときには「あなたの思いを否定しているわけではないのですよ。そこはわかっていただけますか」と、やんわり尋ね、相手の反応を確かめながら話すようにしています。
そうすると相手は、自分の主張を聞いてもらえたと思い、こちらの意見を聞く態勢が生まれることが多いように感じています。
冷静に不毛な話し合いを回避する
打ち合わせや会議などで、お互いが感情的になり、話が紛糾してしまうことがあります。そのような場合は、「今日はここまでにして、また次回話しましょう」「場を改めて、各自でよく考えてみませんか」と提案するようにしています。
時間を置くことで冷静になり、新たな道や提案がみえてくることがあるのです。
これは、プライベートな場面や一対一で話しているときでも同じです。時間を上手に活用することで、不毛な話し合いが回避できます。
基本的に、どちらでもいい事柄については、相手の都合や意見に合わせることも意識しています。
もちろん、譲れない事柄については誠意をもって思いを伝えます。しかし、行事や会議などの日程、プロジェクトの細かな段取りなど、自分にとって優先順位の低いことは相手の希望に合わせれば、場もほぐれて物事がスムーズに運びます。
実際、緊張感がほぐれて、そのあと、主張を受け入れてもらいやすい雰囲気ができたことも何度かありました。
「NO」はきちんと伝えることが大切
これは、校長を引き受けた際の自戒も込めて書きますが、頼みごとをされたときやお誘いを受けたとき、返事がNOの場合はきちんと伝えることが大切です。
「断ると嫌われるんじゃないか」と意に添わない誘いを受けると、その結果は自分に返ってきます。また、断りたいのに返事をしないと、相手に迷惑をかけてしまいます。
さらに、判断がむずかしいときに「まあ、いいか」と承諾すると、あとから引くに引けなくなり後悔することにもなりかねません。
「もう少しくわしく聞かせていただけますか」「判断材料をいただきたいのですが」などと伝えて情報をもらい、じっくり考えて自分の心に添った返事を返すよう心がけましょう。
しかし、相手との関係次第では断りにくい場合もありますよね。そんなときは、少なくとも即答しないことです。
「すぐに結論を出せないので、少しお時間をいただけますか」「少々むずかしいと思いますが、考えてみます。いつまでにお返事すればいいでしょうか」などと伝え、そのあと、自分で咀嚼してやはりNOの場合はその旨を伝えます。
すると、相手も心の準備ができているので、その場で断るよりも受け止めていただきやすいでしょう。
ただ、断る場合は感謝の気持ちも一緒に伝えることが大切です。
「やはりむずかしいと思う。でも、声をかけてくださってありがとう」「今回はご希望に添えません。しかし、お話をいただいてうれしかったです。お礼申し上げます」と伝えると相手との関係も保たれ、次の機会につながる可能性も残せるでしょう。
「そうですね」に隠されたワナ
誤解を招かないために、会話の途中で安易に「そうですね」といわないよう気をつけましょう。
相槌を打つこと自体は重要ですが、自分が納得していないのに「そうですね」というと、同意したと思われてしまいます。自分とは意見が違うときは無言でいるか、「○○さんは、そう思うのですね」と返すといいでしょう。
うまくいかないときに自分を責める必要はない
人間関係で数々の失敗をしてきたからこそ思うのは、一度うまくいかなかったからといってあきらめてはいけないということです。
たとえば、よかれと思って発した言葉が、逆に相手を追い詰めてしまった。誠意を尽くしたつもりなのに誤解を招いてしまったといったことは、どうしても起こります。
そんなときに、自分を責めたり相手や状況を非難したり、もうダメだと決めつけたりしていても解決には向かいません。
失敗は、誰にでも起こります。また、たまたま相手の虫の居所が悪かったり、話をするタイミングが悪かったりしただけということもあります。時間を置いてタイミングを見計らい、「実は、あのときね」と話を切り出すと、意外に誤解が解けることもあるのです。
重なりあうところは必ずある
お互いが自分の意見や主張だけをとおそうとすると、必ず衝突してしまいます。
しかし意見が食い違っていても、それぞれの主張の共通点は多少なりともあるものです。それをみつければ、意外な「落とし所」がみえてきます。方法論が違うだけで、同じ目的に向かって進んでいるのですから。
自分と他者の意見が重なるところに、「第三の道」をみつけましょう。
たとえば、あなたは、休日は部屋の中で静かに過ごしたいのに、パートナーはアウトドア派だったとします。いつも週末の過ごし方で揉めるのですが、「2人で楽しく過ごしたい」という思いは一緒です。そうであれば、森のコテージを借りてあなたは屋内で読書などをして、パートナーは近くの自然を満喫し、夜はともに過ごすという選択もあるのです。
それをみつけるためには、「この人の考え方は、いつも○○だ」と決めつけず、「その人には、その人なりの事情がある」と考えてみるといった姿勢が役立ちます。
とはいえ私自身、家庭でもこれがなかなかうまくいかず模索の日々は続きます。公私ともにコミュニケーションはむずかしいものですが、だからこそ、うまく伝わったときのうれしさはまた格別です。それが、人間関係の醍醐味なのかもしれません。