最も体力があるはずの中高生男子が、体調不良で不登校になってしまうのはなぜか。小児科医の今西康次さんは「たとえご飯をおなかいっぱい食べていても、必要な栄養素が摂れていないこともある。そんな質的栄養失調から起立性調節障害になり、それが原因で不登校になってしまうことも。ある17歳の男子の治療では、食事療法と栄養素の摂取でかなり体調が良くなり、学校にも通えるようになった」という――。

※本稿は、今西康次『朝、起きられない病』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

図書館で勉強する男子学生
写真=iStock.com/paylessimages
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ある日突然、朝起きられず学校に行けなくなってしまう

起立性調節障害の患者は、それまでごく普通に生活し、学校生活を楽しく送っていたのに、あるときから突然、朝起きられない、頭が痛い、おなかが痛い、頑張りたくても頑張れないといった状態になってしまい、何が何だか分からない状態で苦しんでいます。「なぜ自分はこんな状態になったのか」、そう強く思っていることでしょう。

起立性調節障害の原因を指し示すヒントは、患者の栄養状態を調べることで見えてきます。

実際に、症状がある児童生徒を診療すると、総じて栄養上のトラブルを抱えています。

調子が悪いから食欲がないのか、食の問題があったから栄養上のトラブルを招いたのか……「卵が先か鶏が先か」の議論と似ていますが、起立性調節障害の好発年齢が小学校高学年〜中高生であることを考えると、様々な食生活の変化や体の成長期であるという背景が見えてきます。必要な栄養をとることができなくて、徐々に栄養トラブルに陥っていく……と考えるのが自然でしょう。

二次性徴期に「質的栄養失調」になってしまうリスク

起立性調節障害を発症するピークの時期である二次性徴期は、心と体が大きく変化し、特に生殖能力を持つようになるというのが一番の特徴です。外性器の変化のみならず、様々なホルモンの変化があります。

男子の二次性徴の特徴は、精巣からテストステロンなどの男性ホルモンが分泌されるようになることです。それによって精巣が成長したり、陰毛が生えてきます。女子の二次性徴の特徴は、卵巣からエストロゲンなどの女性ホルモンが分泌されるようになり、乳房が膨らんだり、陰毛や腋毛わきげが生えたり、体格的にも女性としての特徴を持つようになることです。

精神的にも大きく変化して自我を確立していく大切な時期でもあり、同時に反抗期もやってきます。

このように、心身共に変化の激しい二次性徴期は、いくつかの要因から栄養失調になりやすい時期でもあります。そして、その栄養失調は、量に問題があるというよりも、食べている栄養の質に問題があることがほとんどです。

体が大きく変わる思春期の子に必要な栄養素とは?

「おなかいっぱい」食べれば必ずしも必要な栄養素がすべて充足するわけではありません。量は足りていても、必要な栄養素が満たされていない状態が少なくないのです。これを、「質的栄養失調」と呼んでいます。質的栄養失調は、体の機能を損なうために、様々な体調不良を引き起こしてしまいます。

二次性徴期はこの質的栄養失調を特に引き起こしやすい時期であるため、起立性調節障害との関連が強いと私は考えています。

二次性徴期は、その急激な成長を支えるために、必要となる栄養が一生の中で最大となります。国が作成した食事摂取基準から、主だった栄養素の推奨量を年代別に図表1にまとめてみました。

【図表1】二次性徴期における主な栄養素の推奨量(男女、年代別)
出典=『朝、起きられない病』(光文社新書)

男児は15〜17歳が「必要な栄養素の推奨量」がピークに

主だった栄養素を年代別に見てみると、男児では15〜17歳、女児では12〜14歳あたりに、必要な栄養素の推奨量がピークを迎えます。この時期は、二次性徴に伴う臓器の発達・変化による必要量の増加と、体が大きくなることによる必要量の増分のために、一生の中で一番多くの栄養を必要とするようになり、その量は成人をしのぎます。さらに、部活動などでスポーツを活発に行なう時期でもあることから、必要な栄養はさらに増えることもあります。

図表1は身体活動レベルが「高い」場合。身体活動レベルが「ふつう」の場合、1日に必要なカロリー数は一般的な成人男性で2650キロカロリー(kcal)、成人女性で2000キロカロリーですが、男子は15〜17歳で2800キロカロリー、女子は12〜14歳で2400キロカロリーです(厚生労働省「日本人の食事摂取基準」2020年版より)。

しかも、筋肉が増えたり骨が伸びたりする時期なので、筋肉や骨の材料であるタンパク質やミネラルも成人より多く必要となります。すなわち、肉や魚、卵といった動物性食品を、一生の中で一番多く食べないといけない時期なのです。

そのため、十分に栄養を満たす食事をとるには相応の配慮が欠かせないのです。

胃腸の弱さから質的栄養失調、そして不登校になった例

Fくん(17歳・男子生徒)の不登校は、小学校6年生のときから始まりました。

登校中に気分不良が起こり、学校には何とか行くものの、気分が悪くなって帰ってくることが多かったそうです。翌日もたいていはそのまま気分不良で登校できず、だんだん不登校になっていったとのことでした。

通院先の小児科では起立性調節障害と診断され、「あまり無理をしないように」との指示があったそうです。中学校はそのまま公立中学校に進学しましたが、やはり不登校状態が続き、途中からフリースクールへ転校しました。フリースクールの中学生の部は水曜日だけが登校日でしたが、この週に1回の登校が、彼には精一杯だったようです。

午前中は本を読んだりして自宅でだらだら過ごし、午後は主にゲームをしていたそうです。夕飯は家族と一緒に食べ、夜の11時から12時ぐらいに就寝する生活が続いていました。そして困ったことに、本人はその生活に全く不満を感じていませんでした。

当院には中学2年生の7月、不登校の相談目的で来院されました。食が細く、4歳下の弟さんと同じ体重ということで、心配した親御さんが栄養状態の評価を希望していました。

体重が増えず、血液検査でタンパク質と鉄が不足と判明

早速、血液検査を行なったところ、BUN(尿素窒素)は7とタンパク質不足がかなり悪く、フェリチン(鉄の貯蔵および血清鉄濃度の維持を行うタンパク)は29と、鉄貯蔵も不足していました(図表2)。また、血清鉄209と異常に高い反面、UIBC(不飽和鉄結合能)は基準値以下の138と、非常にバランスの悪い状態であることも分かりました。このように、うまく説明がつかないような数値というのは、身体からの悲鳴のように私は感じます。

【図表2】Fくん(17歳男子)の血液検査の経過
出典=『朝、起きられない病』(光文社新書)

私は「まずはタンパク質と鉄の状態を改善させることが先決」と伝え、食事指導とビタミンBと鉄剤の内服を開始。その後は2週間ごとにフォローを行ないました。

初診から1カ月半が経過した頃のタイミングで、立ちくらみは改善し寝起きがよくなってきたとのことでした。1日中自宅でだらだらしていたのが、「この間は海へ行って貝拾いをしたり、海水浴をしたりしたんです」と、これまでにないような元気な行動を見せるようになったことをお母さんが話してくれました。

フリースクールはこれまで通り週に1度だけでしたが、登校した日はほぼ一日、学校で生活できるようにもなったようです。買い物や外食の機会も少しだけ増えてきました。

食事療法とビタミンBと鉄剤で週2日登校できるように

治療開始して3カ月が経った中2の10月の血液検査では、BUNは7と初診時と変わらず少ないものの、ビタミンBやフェリチンの数値は改善傾向を示していました。また、血清鉄やUIBCのバランスも改善に向かっていることが確認できました。

実際に、初診から4カ月経ったあたりから、フリースクールに週2回、通学できるようになりました。フリースクールへ行かない日も、釣りへ出かけたりと、外出する頻度が増えてきたのは、よい兆しでした。

治療開始7カ月後、中2の2月の採血では、BUNが11、フェリチンが92と、タンパク質と鉄の数字がようやく改善してきました。しかし、その一方でT-CHO(トータルコレステロール)が116と、油の摂取量は不足しています。

この頃から新型コロナウイルス感染症が流行し、フリースクールは休校に。Fくんには当時、下痢や軟便が見られるようになってきたのですが、当初より併用していた整腸剤の「ミヤBM」を「ビオスリー」に変更して、経過を見ることにしました。

鉄不足が解消し、治療開始から15カ月でかなり元気になった

途中、心理士面談などを交えながらフォローを続けました。

治療開始から10カ月目、中3の5月の採血では、BUN13、フェリチン77と、まずまずの良好状態になり、血清鉄やUIBCの数字もバランスのよい数字になってきました。ただし、やはり油の摂取不足がまだ継続していたので、良質な油の摂取について説明しました。

新型コロナの流行が続き、フリースクールではスクーリング(登校して授業を受けること)はないままでしたが、オンライン授業が始まり、他の生徒との関わりも持てるようになってきている様子でした。食事も3食きちんと食べられるようになってきました。

1年間の治療を経てせっかくの改善傾向が見えた頃に、新型コロナ流行によるスクーリング休講があったことで、外出する機会が減少してしまい、そのために食欲の低下も見られましたが、検査結果や表情は、1年前に比べて明らかに元気な様子に変わっていました。

治療開始から13カ月が経った中3の8月、元気はありながらも頻繁に下痢を起こすようになっていました。その影響が出たのか、タンパク質の状態がやや低下し、炭水化物が増えてきているようでした。

そんな状態の変遷はありましたが、治療開始から15カ月経った中3の10月には、少し日焼けしてたくましくなったFくんの様子がありました。夏以降、積極的に外出することが増えたとのこと。中3の12月にはフェリチンが139まで上昇しました。

中学不登校からフリースクールを経て通信制高校に進めた

Fくんはそのまま通信制の高校に進み、スクーリングが週3まで増えていきました。新しい環境の中で緊張することが多かったようで、下痢は続いているとのことでした。

今西康次『朝、起きられない病』(光文社新書)
今西康次『朝、起きられない病』(光文社新書)

高2の3月に半年ぶりにやってきたFくんは、元気に過ごしてはいるけれども、「友達と話している最中におなかが痛くなるのがつらい」と訴えてきました。そこで、過敏性腸炎の治療薬「イリボー」を処方。この薬は効果があったようで、「トイレにかけこむほどの腹痛はなくなった」と報告してくれました。イリボーのほか鉄剤も、内服をやめてしまうと下がる傾向にあるため、少量で継続してもらっています。

現在高校3年生のFくんは、健康的に日焼けして、非常に精悍せいかんで活気に満ちあふれています。高校卒業後の進路についても前向きに考えているようなので、彼なりのいい人生設計ができるといいなと思っています。