文部科学省の調査によると、2022年度の不登校の小学生は10万5112人、中学生は19万3936人で計29万9048人。児童生徒の3.2%に当たり、過去最多となった。小児科医として子どもたちの不調を栄養摂取面から調べている今西康次さんは「不登校のひとつの原因となるのが、10代前半の子どもによく見られる起立性調節障害。まだ広く認知されておらず、親や学校の理解を得にくいことも問題だ」という――。

※本稿は、今西康次『朝、起きられない病』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

眠っている子供とベッドサイドの目覚まし時計
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全国の中高生で起立性調節障害があるのは約70万人

2016年に日本小児科学会がまとめた資料によれば、軽症例も含めると、中高生の約10%に起立性調節障害が見られているとされています。全国の中高生の各学年に約12万人、中高生全体では約70万人いると推定されています。

軽症例では日常生活にあまり支障はないものの、「欠席を繰り返して不登校状態に陥る重症例は約1%」といわれています。実際に、起立性調節障害による不登校は、全国で約7万人と推定されています。

1999年の調査では、10代前半の子どもの約8%と見られていた起立性調節障害は、年々増加しており、現在では10%程度といわれています。

増加の原因ははっきり分かっておらず、さらに困ったことに、小児期に発症した起立性調節障害の約40%は、成人以降にも症状が続くという報告もあります。

岡山県教育委員会の「起立性調節障害対応ガイドライン」によると、小学生で約5%、中学生で約10%、重症例は小中学生全体の約1%。女子は男子より2割ほど多く、小学校高学年から増え始め、中学生で急増する傾向があります。初潮や身長の伸びのスパートなど二次性徴の頃に発症することが多いようです。近年、起立性調節障害と診断される子どもは増えており、現代の夜型社会、運動不足、複雑化した社会における心理社会的ストレスが背景にあるとしています。

自律神経の働きが狂うと起立性調節障害になってしまう

起立性調節障害は自律神経機能の働きの調子が悪いため、起床後に立ち上がった際、体全体や脳への血流が低下することから不調が起こるといわれています。

自律神経には、「交感神経」と「副交感神経」があり、心身の調子はこの2つの神経の絶妙なバランスの上に成り立っています。交感神経は心拍数や血圧を上げたり、瞳孔を開いて注視したりと、活発な行動をするための神経です。もう一方の副交感神経は、リラックスし、体の調子を整えたりする働きがあります。

立ち上がるときに血圧が上がらないので、めまいが起きる

起立性調節障害があるケースでは、この2つの神経のバランスが崩れているために、血圧や脈拍を上げたり下げたりする調整がうまくいきません。本来ならば、立ち上がるときには脳への血流を維持するために一時的に血管が収縮して血圧を維持、あるいはやや高めに保とうと働くのですが、起立性調節障害があると十分な血管収縮が得られないため、血圧は上がらず、脳への血流が一時的に不十分になります。

そのため、立ちくらみやめまい、動悸どうき、起立不耐症、朝起き不良、頭痛、腹痛、全身倦怠けんたい感、気分不良、乗り物酔い、気を失うなどの症状が発生します。時には、気を失って倒れるケースもあります。

その他、無気力感、思考力の低下、記憶力の低下、成績の低下、イライラ、慢性疲労、寝つきが悪いといった症状が出ることもあります。

自律神経の調子がなぜ悪くなるのかについては、はっきりと分かっていません。原因が明確ではないために、治療法もスッキリと示すことができないというのが、起立性調節障害の特徴でもあります。

先に述べた通り、症状は起床時に強く現れるため、登校できなくなったり、登校できてもつらくて授業を受けることができずに保健室で休むような状態が起こりやすくなります。「朝に調子が悪い」というのは、不登校の初期症状と似ているため、本人は頑張って学校に行って授業を受けたいと思っているにもかかわらず、周りからは怠けやさぼりと誤解されてしまい、つらい思いをすることも多いようです。

【図表1】「起立性調節障害」自覚症状のチェックシート

思春期になりがちな病気だと理解してもらえない

また、起立性調節障害という病気そのものがあまり一般的には知られていないため、本人の困り感を学校の先生やクラスメートに理解してもらえないこともあり、二重につらい思いをすることになります。

起立性調節障害は思春期に発症しやすく、特に二次性徴が始まる時期に発症しやすい病気です。女子では、生理が始まる頃に起こりやすいといえます。

また、偏頭痛や過敏性腸症候群などの病気、自閉スペクトラム症などの発達障害との合併が多いという報告もあります。

起立性調節障害の早期発見や治療に結び付けるための資料として、2019年に岡山県教育委員会が作成した「起立性調節障害対応ガイドライン」がとても分かりやすく参考になります。このガイドラインはネット上に公開されており、誰でも自由に見ることができます。

起立性調節障害が朝に多く発生する理由とは

起立性調節障害では朝の寝起きが悪いのですが、その理由は次の3つからなると説明されています。

①朝に交感神経の活動が悪いために血圧が上がりにくく、脳血流が少なくなってしまう。
②午後から交感神経の働きが活発になり始め、そのピークが夜にくるため、就寝時間になっても目がさえてしまい、寝つきが悪くなる。
③寝つきが悪いため夜更かししてしまい、その結果、さらに朝の寝起きが悪くなる。

この①から③がどんどん悪循環となって、朝起きられなくなってしまうようです。

そう聞くと「夜更かしすることが原因で朝起きられなくなるんじゃないの」と考えがちですが、そもそもは朝の交感神経の働きが悪いところに原因があるのです。そのため、夜更かしに対して積極的にアプローチしても、あまりよい効果はなく、かえってうまくいかないことで家族がイライラしてしまうことにつながります。

朝は優しく粘り強く起こす、朝日を入れて目覚めを促す、少しでも早く消灯して眠りにつく努力をする、こうした対応がよいとされています。

教室
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叱るのはNG、症状がひどいときは気を失うこともある

朝起きるのがとても苦手で、起こしてもらっているのに「その記憶がない」ということもあります。布団から出てもぼーっとして、着替えなど次の動作ができません。朝の食欲不振、全身倦怠感、頭痛や立っているときの気分不良、立ちくらみなどのほか、ひどいときは気を失うこともあります。

これもすでに述べましたが、午前中、特に朝に調子が悪く、午後になると徐々に体調がよくなり、夜は元気になって目がさえて眠れないといった、症状の日内変動があります。

季節による症状の変動もあり、一般的に春や秋など季節の変わり目に症状が悪化しやすいことも分かっています。「五月病」という言葉があるように、この病気も春から夏にかけて悪化傾向があり、特に夏休み明けの時期に症状が強くなるほか、天候や気圧の変化が影響することもあります。

交感神経の働きが低下しているのが原因で、本人が怠けようと思っているわけではありませんから、朝の寝起きの悪さに対して、親が大きな声で怒鳴ってもよい結果にはなりません。繰り返し声をかけることはするが、決して怒らないこと、部屋を明るくして布団をはがすなどの対応がよいとされています。

起立性調節障害の精神症状でイライラして荒れることも

起立性調節障害は、精神的な不調も招くことがあります。まとめると、次のような症状がよく見られます。

・自信をなくす
・教室に入りづらくなる
・イライラ
・不安感が強くなる

起立性調節障害は、主に朝の不調といった身体症状に始まりますが、そのために遅刻したり、授業中に調子が悪くなって保健室利用が増えたりすることで、勉強の遅れが生じることがあります。加えて夜には元気になる、といった日内変動や季節変動があることから、担任や友達から体調不良への理解を得られなくなっていき、教室での居心地が悪くなることもあります。それに勉強の遅れが加わって、強い焦燥感を抱くようにもなります。

保育園、幼稚園、小学校の低学年・中学年あたりまでは元気で明るかった子が、あるときから突然、起立性調節障害になることが少なくないため、本人にも調子が悪くなった理由が分かりません。健康に対する不安のみならず、学校生活に対する不安、勉強の遅れに対する不安、進学の不安、友達関係の不安など、様々な不安が二重、三重にのしかかってきます。

この不安が、不眠や食欲不振といった、身体的な悪影響にもつながってしまい、まさに悪循環に陥ることになります。

家族、担任、友達からの無理解や誤解は、やがて不登校や引きこもりといった二次障害につながり、状態を複雑化していきます。二次障害を引き起こさないようにするためにも、正しい病気の理解と周囲への啓蒙けいもうは、非常に重要であると私は考えています。

10~14歳、二次性徴期の子どもに起こりやすいわけ

起立性調節障害は、小学校高学年あたりから高校生にかけての年齢で起こりやすいトラブルです。この年齢を表す言葉に「二次性徴期」と「思春期」があります。

二次性徴期とは、ホルモンの分泌によって制御される、身体的な成熟が起こる時期を指します。通常、思春期の前半である10歳から14歳の間に始まりますが、男子よりも女子の方に早く現れるのが一般的です。この時期には、体の成長や骨の発育のほか、性器や乳房の成長、体毛の発生、声の変化など、性的な特徴も現れます。

一方、思春期とは、心理的、社会的、および感情的な変化が起こる成長段階のことを指しており、一般的に10代から20代前半までの期間がそれにあたります。思春期には、自己同一性の形成、独立性の追求、社会的役割の探索、性的な意識の覚醒などが含まれます。

思春期は個人の心理的および社会的な発達が進む時期であり、多くの人にとって自己同一性の確立や将来への目標設定などが重要なテーマとなります。

成長ホルモンと性ホルモンの分泌が影響している

思春期になると、脳内にある視床下部から「GnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)」を出すように、下垂体に命令が出されます。すると、下垂体から「ゴナドトロピン(性腺刺激ホルモン)」が分泌され、それが男性は精巣、女性は卵巣に作用し、精巣から男性ホルモン、卵巣から女性ホルモンが出されます。ホルモンは血液によって体の各部分に運ばれ、男性として、女性としての二次性徴が現れるようになります。

こうした性的な成熟と同時に、身体的な成長も急速に起こります。

身長が特に伸びる時期である「成長スパート」も、こうした身体的な急成長の一つです。

身長が伸びると体の体積も増加し、これに合わせて心臓も大きくなりますが、この時、血管の成長が心臓の成長に追いつかない時期があります。そのために、血圧のコントロールが適切に行なわれなくなることがあると考えられています。

また、二次性徴期には先述の通り、性ホルモンの分泌が増しますが、性ホルモンは血管の調節にも関与していることが知られています。そのため、ホルモンの変動によって血管の伸縮機能や循環血液量に影響が出ることもあります。

こうした要因が影響することで、二次性徴の時期には血圧に何らかの変化が起こり、起立性調節障害の発症に影響しているとも考えられます。

症状のピークは朝、不登校に陥るケースも少なくない

先にも述べたように、起立性調節障害が原因で不登校になるケースは少なくありません。朝の寝起きが悪いために登校できない。遅刻をして教室に入って行くのが嫌だ。怠け者だと誤解されそう。人目が気になる。調子が悪いことで親に甘えることができる(疾病利得しっぺいりとく)……など、様々な要因が指摘されています。そして、これもすでに述べた通り、周囲の無理解がそれを加速させてしまうこともあります。

今西康次『朝、起きられない病』(光文社新書)
今西康次『朝、起きられない病』(光文社新書)

健康な人であっても、朝は苦手なものです。そのため、起立性調節障害の人が朝に起きられないでいると、「頑張りが足りない」とか「怠けている」と責められてしまうのです。この誤解は、本人にとっては非常につらいものですから、病状の悪化に拍車をかけることさえあります。

そういったことから、起立性調節障害の治療のポイントの一つに、「担任の先生やクラスメートの理解を得る」というのがあるのです。病気の実体を正しく知ってもらい、決してさぼっているのではない、怠けているのではないということを先生や友達に理解してもらうというのは、症状の悪化を防ぐためにも大切なことです。

起立性調節障害がある場合、朝の調子が悪いときに無理やり登校させるのは望ましいことではないと、私は考えています。まずは体力の回復を待ち、周囲の理解を得ながら、通学に負担のない体調に整えることが最優先でしょう。