※本稿は、牛窪恵『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
増加する「恋人ナシ」
令和の若者が「今後も、恋愛しないのか」について考えてみましょう。
私が拙著『恋愛しない若者たち』を上梓したのは、2015年の秋でした。この前年、内閣府が発表した調査結果、すなわち20~30代で、未婚かつ恋人ナシの男女の約4割が「恋人が欲しくない」と答えた、との事実が社会に衝撃を与えていました。
近年もこうした状況は大きく変わっていません。
’21年時点で、未婚の男女(18~34歳)における「恋人ナシ」は、男性の7割強(72.2%)、女性の6割強(64.2%)にのぼります。一方で、同じ調査でバブル予兆期・最盛期(’82~’92年平均)における同年代の「恋人ナシ」割合を見ると、男性で4割強(44.2%)、女性で4割弱(36.2%)に留まっています。
近年、いかに「恋人ナシ」の若者が増えたのかは、この調査結果を見るだけでもお分かりいただけるでしょう(「第16回出生動向基本調査」)。
恋愛をしない理由5つ
では彼らは、なぜ「恋愛しない」のか。私は、拙著(『恋愛しない~』)において、その原因と考えられる項目を5つ挙げました。
1 「超情報化社会」による恋愛嫌悪と性のコンビニ化
2 「男女平等社会」と「男女不平等恋愛」のジレンマ
3 「超親ラブ族」の出現と恋愛意欲の封じ込め
4 「恋愛リスク」の露呈とコミュニティ関係の維持
5 長引く不況が招いた、恋愛の「希望格差社会」
このうち「2」については、今後改善が期待できるのではないかと思います。
’15年段階で、20代男女の多くが問題視していたのは、「学校や職場では『男女平等』を声高に言われるのに、いざ恋愛となると『男のくせに』や『女らしく』と言われて、納得できない」といった点でした。いわゆる「性別役割分業」志向のジレンマでしょう。ただその後は、SNSにおける「#MeToo」運動の影響などもあり、ジェンダーフリーの意識が少しずつ広がりを見せています。
日本社会はいまだ「ジェンダーギャップ指数が、146カ国中125位(*1)」といった問題を抱えていますが、政治分野でギャップ解消が遅れる一方、「SDGs(Sustainable Development Goals/持続可能な開発目標)」の17項目のうちの「5(ジェンダー平等)」などが教育現場にも浸透しつつあり、若者の間では、LGBT(性的マイノリティ)を含めた多様性への理解も進んでいるようです。
*5 Global Gender Gap Report 2023, WORLD ECONOMIC FORUM.
「告白はできれば女性からして欲しい」
’21年、ウェブメディア大手「ハフポスト日本版」などが、同年の衆議院選挙を前に、「政治が積極的に取り組んでほしい社会課題」を尋ねた調査でも、30歳未満(約3700人)の回答では、「ジェンダー平等(選択的夫婦別姓など)」が1位でした。
もっとも恋愛シーンでは、いまだに「告白やプロポーズは男性から」といった意識が根強いようではありますが、それでも10年ほど前から、若い男性たちが「告白は、できれば女性からして欲しい」などと声を上げ始め、近年では「告白経験アリ」の女性(20~39歳)が4割強(42.5%)にのぼるなど、少しずつですが、「男女不平等恋愛」が改善され始めた様子が見てとれます(’22年「Oggi.jp」小学館、10月10日掲載)。
リアルの恋愛は「コスパが悪い」
半面、若者たちが恋愛しない理由の「1 超情報化社会」と「4 恋愛リスクの露呈」については、今後ますます厳しい時代に入るのではないかと考えます。
まず「1 超情報化社会」ですが、’10年以降、SNSやスマホの普及により、膨大な情報量が流通するようになったことは言うまでもないでしょう。さらに、日本でも’23年を皮切りに騒がれ始めた「ChatGPT」など、AIを用いたチャットボットの登場は、1年で従来の数千万倍以上もの情報を流通させる可能性もあります。
和光大学 現代人間学部の高坂康雅教授は、「何でもネットで情報を得られる社会に育った若者は、それですべてが分かった気になる『既視感』が強い」と話します。
確かに’10年ごろから、若い男女への取材で「リアルの恋愛って、コスパ悪そう」といった発言が増えたのですが、声の主に恋愛経験があるかといえば、そうとは限らないことも分かりました。彼らは少なからず、ネット(SNS)で得た情報、たとえば「付き合った途端、彼女に高額なプレゼントを要求された」といった体験談をしょっちゅう目にし、「恋愛は、無駄な時間やお金を浪費する」「割に合わない」のだと、既視感を強めていることが多かったのです。
その後、YouTubeなどの動画が子どもや若者にも普及した’18年ごろからは、「性行為(セックス)」についても、「女性器って、キモそう(気持ち悪そう)」や「セックスって、汚い感じ」などの声がよく上がるようになりました。性行為のイメージを聞いた日本財団の調査でも、ネガティブな要素を指摘する男女(17~19歳)は、性経験がない人ほど多く、「汚い」や「気持ち悪い」の回答が、いずれも1割以上にのぼっており、「セックスの既視感」も強まっているようです(’21年 同「18歳意識調査 性行為」)。
自慰行為と比べてリアルな恋愛はコスパが悪い
令和のいまは、「袋とじ」の成人向け雑誌を見ようと必死になった昭和とは違います。スマホとWi-Fi環境さえあれば、いつでもどこでも、コンビニ感覚で、アダルトコンテンツを覗き見られる時代です。それが性的欲求を増幅させる可能性もありますが、逆に嫌悪感を抱かせるケースもあるでしょう。
便利な動画を使い、数分間の「自慰行為(マスターベーション)」で“小腹”を満たせるとなれば(多少語弊はありますが)、わざわざお金や時間を要してまで“主食”の「恋愛(性交渉)」を摂取しようとは、考えにくいのかもしれません。利便性が高い「ひとりエッチ(自慰行為)」に比べ、リアルの恋愛は「コスパが悪い」のです。
SNSで公開処刑の恐れ
一方の「4 恋愛リスクの露呈」も、実は「1 超情報化社会」と無縁ではありません。情報化が進んだことで、若者たちは恋愛リスクを身近に感じるようになりました。
「もし彼(彼女)が、別れ話を切り出した途端、いきなり豹変したらどうしよう」
’13年に起きた「三鷹ストーカー殺人事件」では、当時18歳の女子高生が元恋人にめった刺しにされたうえ、交際中に撮られた裸の画像などをネット上にバラまかれるという、「リベンジ(復讐)ポルノ」のキーワードも、世に衝撃を与えました。
Z世代にとっては、ほぼ同年代が被害者となった事件で、多くの人々の間で「怖い」「他人ごとじゃない」といった怯えが生じたようです。
日本で、セクハラやストーカー、デートDV(交際相手からのDV)といった、恋愛を巡る様々な事件やリスクが浮き彫りになり始めたのは、その10年ほど前からです。その後、スマホやSNSが普及すると、「リベンジポルノ」や「コクハラ(告白ハラスメント=脈のない状態で異性に告白すること)」などの言葉も生まれました。
とくにLINEでは、仲間うちで誰かが「今日、好きでもない○○君(さん)にコクられた」と呟けば、「うっそー」「キモーい」「あり得ない」などと、○○君(さん)は袋叩きに遭い、場合によると皆にシェアされる「公開処刑」のリスクもあります。
サークルや職場で恋愛を避ける驚きの理由
また、誰かがSNSで「先週、A男とB子が手繋いでたよ」といった目撃情報を呟けば、本人たちが交際を秘密にしていても、アッという間に仲間うちで広がってしまいます。あるいは、C子もA男を好きなのに、それを知らずにB子が「A男とデートした」などと呟けば、周りから「アイツ、空気読めない」など、嫌がられたりもするのです。
だからこそ、彼らはいわゆる「コンプライアンス」を気にするうえ、大学のサークルや職場といったコミュニティ内で“和を乱す”恐れがある恋愛を避ける傾向にあります。’22年実施の調査でも、職場恋愛について「(どちらかといえば)したくない」と否定的な20代が、7割弱(65.3%)にのぼりました(Job総研「仕事と恋愛に関する意識調査」)。
フェイストゥフェイスの「リアル恋愛」のリスクが露呈する一方で、リスクが低く、コスパもタイパ(タイム・パフォーマンス/時間対効果)も良い、とされるのが「バーチャル恋愛」、すなわち、近年のデジタル技術によって高度化した「恋愛代替」とも言える存在です。
’18年、当時35歳の男性(近藤顕彦さん)が「初音ミクさん(バーチャルシンガー)」と、約200万円かけて結婚式を挙げたことは、ご存じかもしれません。彼はミクさんへの強い愛を誓っており、その後も、ミクさんの姿を立体ホログラムで筒の中に投影し、AI機能を使って「おはよう」「いってきます」などと簡単な会話を交わしていたそうです(’22年 毎日新聞、1月1日掲載)。
「萌え」と「推し」の決定的な違い
’20年2月以降は、コロナ禍での「ステイホーム」の影響もあって「デジタル化」が一気に進み、著名なアーティストによるオンラインライブや、AIを使ったバーチャルアイドルなどが、次々と登場しました。
こうしたなか、リアル、バーチャルを問わず、特定の「推し(誰かに推薦したいような対象)」を応援する若者も増えています。Z世代ら(女子大生や女子高生)に「『推し』がいますか?」と聞いた調査でも、「いる」の回答は98.4%と、ほぼ全員に及んだほどです(’21年「Trend Catch Project」RooMooN調べ)。
「エンタメ社会学者」の肩書を持ち、早稲田大学ビジネススクールやシンガポール南洋理工大学でも教鞭を執る中山淳雄氏によれば、「推し」から得られる喜びは、以前隆盛を極めた「萌え」よりさらに大きいと考えられる、とのこと。
いわく、「萌え」の時代(’10年ごろまで)は、キャラクターやタレントなどの対象に「内的な(恋愛とも性愛ともつかない)」感情を抱いたのに対し、推しの時代(’11年ごろ~)は、人々が「(対象に)何かを与えたい」「共に何かをしていきたい」という感情を抱くようになったといいます。
「推し」はリスクが低い
まさにこれが、近年のマーケティングで重視される「共創(Co-Creation)」の概念です。
とくに、ゆとり世代やZ世代の若者は、多くが中高生時代にボランティア教育などを受け、「誰かの役に立ちたい」や「皆で力を合わせ、なにかを良い方向に導きたい」とする貢献欲求が強い世代です。いまはSNS上で「推し仲間」も募れるため、皆で盛り上がって共に応援したい、との願いを即実現できる環境も整っています。
この「皆で一緒に」こそが、従来の恋愛と「共創」の大きな違いだと中山氏。
最終的に、対象との1対1を目指して争う恋愛とは違い、共創感情を伴う「推し」は“競争”になりにくいといいます。
「推しには、仲間と共に魅力的リソースをシェアする連帯感を味わいながら、共に高め合える喜びがある。そのうえ、対象が『仮想キャラ』など人間以外であれば、その対象に第三者と恋愛・結婚されてしまうなど、裏切られるリスクも低いのです」
リアルな恋愛と同様の喜びが得られる
もっとも、「『恋愛代替』とはいえ、生身の恋愛と『推し』は違う」と考える人も多いと思いますが、脳科学的にみると、両者から得られる喜びはかなり似通っているようなのです。
生理学者で京都大学の久保田競名誉教授も、「好きなアーティストのライブに行く」などを例に挙げ、「人は(推しも含めて)誰か好きな対象を追いかけている間、ドーパミンの作用によって、やる気や前向きな気持ちになれる」といいます(’20年「日経ARIA」日経BP、2月25日掲載)。その感覚は、恋愛初期と似ているようなのです。
本書の第3章でふれますが、ドーパミンはなにかの物事にハマッたり、状況をより良くしようとする原動力にもなる、神経伝達物質です。中毒性が強い「報酬系ホルモン」でもあります。
久保田教授によれば、「推しのライブに行こう」と目標を定め、狙い通りチケットを予約できたり、そこで感動できたりすると、目標達成効果で、報酬系のドーパミンが放出されます。すると「よし、次も!」とやる気が出て、新たな目標に繋がるサイクルが出来上がります。そのうえドーパミンは、分泌回数が多いほど放出されやすくなる、とのこと。
ゆえに、推しにハマればハマるほど(中毒症状によって)抜け出しにくくなるでしょう。