結婚をしない若者が増えている。経済格差がその原因として挙がることが多い。マーケティングライターの牛窪恵さんは「今や男性だけでなく女性も経済力が求められ、非正規で居続けることで、結婚への意欲や行動が減退したり、男性から選ばれにくくなっている可能性は否定できない」という――。

※本稿は、牛窪恵『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

後ろ姿の女性
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女性も「低年収だから結婚できない」

いまや、結婚後もなんらかの仕事を続ける女性が、約8割存在します。また近年は第一子出産後も、既婚女性の4割強しか仕事を辞めません(「第16回出生動向基本調査」)。

そんななか、男性の5割弱が未来の妻に「経済力」を求めるようになりました。ゆえに令和のいまは、男性に限らず女性自身も、未婚段階から「年収200万円にも満たない自分は、きっとこの先も結婚できない」や「非正規(雇用)だから、どうせ異性との出会いもない」など、結婚に後ろ向きなケースが目立つのです。

一因は、これまで「ヨーロッパの7割程度」と言われてきた、賃金水準の低さでしょう。厚労省の審議会は2023年度、最低賃金を全国で初めて「1000円以上(1002円)」としたほか、同年の春闘前には「インフレ率を超える賃上げの実現を」と訴えました。春闘の平均賃上げ率が30年ぶりの高水準(3.58%)を記録したのは、特筆に値すると思います。

半面、’23年もウクライナ問題などの影響から光熱費や生活用品の値上げが相次ぎ、いわゆる「実質賃金」はしばらくマイナス成長が続きました。物価が顕著に上がってしまえば、手にする収入が多少増えても生活は楽にならない、ここが難しいところです。

女性を含めた実質賃金の上昇が不可欠

実は「婚姻率」の減少が、実質賃金指数の減少と強い相関関係にある、とみる識者もいます(’23年 荒川和久「Yahoo!ニュース」3月8日掲載)。その意味でも、女性も含めた若い世代の実質賃金を、継続的に上昇させていく努力は不可欠です。

ただ、それだけでは足りません。そもそも非正規と正規の間には、大きな年収格差があるほか、非正規では賃上げの恩恵を受けられない男女も大勢います。

「非正規春闘2023実行委員会」(個人加盟の労働組合が結成した団体)による’23年の調査でも、春の段階で、約8割が「賃上げされず予定もない」と答え、約9割が、物価上昇に伴う生活苦を訴えました(同「共同通信」4月3日配信)。

つまり賃上げは当然ながら、フリーランスも含めた非正規を「永遠の非正規」にしない視点こそが、女性にも結婚への希望を失わせないうえで、重要であるはずです。

★提言1:最低賃金だけでなく「実質賃金」の下降抑制にも配慮を
★提言2:男女共に、非正規を「永遠の非正規」にしない施策を

「非正規だと、結婚相手に迷惑がかかる」

働き方や女性の意識変化に詳しい、ジャーナリストの浜田敬子氏は、「カップルいずれかが非正規の場合、『結婚後に(生活費や時間の融通で)相手に迷惑をかけたくないから』と、結婚を躊躇している可能性がある」と指摘します。背後には、非正規の異性との結婚を望まない親からのプレッシャーもあるようだ、とも言います。

実際、女性でもその傾向がうかがえます。’22年の連合(日本労働組合総連合会)による調査では、同じ非正規(20~59歳)でも、初職が正規だった女性では、既婚率が6割強(63.6%)にのぼりますが、初めから非正規の女性では、既婚率が3割強(34.1%)と約3割も開きがありました(図表1)。つまり、女性も「非正規」で居続けることで、結婚への意欲や行動が減退したり、男性から選ばれにくくなっている可能性は否定できないでしょう。

【図表1】初職の正規・非正規による女性の結婚(初婚)・出産の状況
出所=『恋愛結婚の終焉

不本意非正規雇用は非正規のうち約1割

日本において非正規雇用者が急増した時期は、’99年の「労働者派遣法」の改正以降です。就業者全体に占める非正規割合は、’95年の21%が、’05年に33%と3人に1人となり、非正規人口も、’05年から’22年までに約1.3倍(1634万人→2101万人/約4割増)にまで増加しました(総務省「労働力調査」)。

非正規と書かれた新聞の見出し
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一部では「女性の働き方が、アルバイト・パートから正規へとシフトしている」との声もあります。確かに女性の間では、企業の「(正社員の)人手不足」などを背景に、コロナ前後(’19年→’22年)で正規が80万人増えていますが、いまもやむなく非正規を選択している人(不本意非正規雇用者)が、男性で103万人、女性でも107万人(非正規全体のうち約1割)存在するのも事実です。

浜田氏が指摘する通り、こうした状況が結婚意欲を削いでいるかもしれません。やはりリスキリングや、政府がここ数年力を入れる「求職者支援制度」「キャリアアップ助成金」の制度拡充などにより、非正規を「永遠の非正規」にしない取り組みは重要でしょう。

職業訓練の受講者数は減り続けている

半面、「非正規でも給付金(月10万円)を受け取りながら、職業訓練が受けられる」として期待された「求職者支援制度」は、近年、職業訓練の受講者数が年々減り続け、’19年度にピーク時(’12年度)の5分の1まで減ってしまいました(厚労省調べ)。所持金や訓練出席日数などの諸条件が厳しすぎることなどが原因ではないか、と言われています。

一方、たとえばデンマークでは、EUが打ち出したコロナ後の復興ビジョン(グリーンリカバリー)を鑑み、「気候変動対策」の職業訓練を選ぶと、訓練期間中の給付がアップするといった制度が作られました。またアメリカでは、州ごとに医療やITなどの成長が見込める産業を選定し、コロナで失業した人に、そこで働くために最先端の技能を学べる訓練を提供する取り組みが始まっているといいます(’21年「クローズアップ現代」NHK総合、1月27日放映)。

日本も厳しい条件のもと、ただ一律に職業訓練を促すのではなく、今後の成長産業を見据えたうえで、よりフレキシブルな制度設計をし直す必要があるのではないでしょうか。

★提言3:職業訓練では、諸条件の緩和や成長産業を見据えた新たな制度設計を

「キャリアアップの時間が取れない」

こうした職業訓練やリスキリングに取り組む際は、「時間」も大きなネックです。

私が教鞭を執る立教大学大学院では例年、「『通学時間が取れるなら仕事しろ』と上司に怒られるから言えない」と、会社に内緒で通い続ける学生が何人もいます。日本の場合、MBAホルダーが企業で評価されるケースは稀で、時間の確保も楽ではない状況です。

「非正規→正規」の職業支援も同じでしょう。いまや派遣社員やパート・アルバイトなど、正社員以外でも、フルタイム(1日8時間・週40時間以上)で働く人が約3割いて(’19年 厚生労働省調べ)、彼らは「正規を目指して学び直そうにも、時間が取れない」と頭を抱えます。仕事上で弱い、あるいは不安定な立場にある人ほど、時間を融通しにくいのが現実です。

プレゼンテーション
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今回取材した、Z世代のホテルマン(25)も、「1年間だけ休日(日、月)を変えてもらえれば、中国語学校に通えて、正社員になれるかもしれないのに」とため息をつきます。恋人はいるものの「非正規だと、彼女の親に(結婚を)反対される」というのです。

一般的に、Z世代の多くはスキルアップや「自分アップデート」に余念がないのが特徴だとされます。「近い将来、ジョブ型雇用が一般的になるだろう」や「○○のスキルを身につけないと、転職時に拾ってもらえない」など、新卒段階から危機感が強いのです。ゆえに、学び直しに理解のない職場は今後、彼らから「旧態依然とした職場で、魅力がない」と見られてしまうでしょう。逆に言えば、時間の融通も含め、学び直しに協力的な企業は、Z世代に選ばれる可能性も高いのですが……最近は、こんな声も聞こえてきます。

「結婚した上司を見ると、あまりにテンパってて、結婚はメリットないと思っちゃう」

そう、結婚・出産して働く先輩たちは、未婚の若者に「時間がなく、テンパっている」ように見られているのです。ゆえに、彼らは「自分にはムリ」や「結婚や出産は、仕事上メリットがない」と感じてしまいます。昭和のように、結婚すると「一人前」と見られ、仕事の信頼度が増す時代ではないので、なおさらでしょう。

安易に時短勤務を選ぶと「時短トラップ」に

現状では、家事・育児、あるいは学び直しに時間を割きたい男女が、あえて非正規や時短勤務を選ぶ傾向もありますが、浜田氏によると、安易に時短勤務を選ぶことで、その後「時短トラップ」と呼ばれるリスクに繋がる可能性もある、と危惧します。

つまり、若者が時短勤務を取得した先輩を見て、「自分も時短にしてもらわないと、(仕事と)家事・育児や学び直しなどとの両立ができない」と思い込み、会社にその旨を願い出ると、会社の中で「期待されない社員」と見られ、責任ある仕事を任せてもらえなくなる。すると、就労時間の減少に伴って収入が減るだけでなく、昇進も遅れ、若者のやりがい喪失にも繋がり、仕事への希望や意欲を失う……といった悪循環です。

浜田氏は「フルタイムの正社員は、残業し放題」だと考えるような、旧態依然とした会社ほど、こうした時短トラップが起こりやすい、といいます。

時間節約の概念
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「一方で、たとえば味の素のように、定時を午後4時半までと早める、あるいはNTTのように、コアタイムをなくして『スーパーフレックス制』を導入したり、柔軟にリモートワークを選択できたりするようにすれば、従業員も自分の生活に合わせて家事や育児、あるいは学びの時間を設定できるはず」だ、とのこと。自宅で夜(深夜)、残った仕事を片付けるなど、労働時間を減らさずに働けるケースも多いでしょう。

★提言4:時短に限らず「フレックス勤務」を拡充し、若者の就労意欲減退を防げ

「結婚・出産すると、仕事上で“大損”する」

また、出産後の女性では、いわゆる「チャイルドペナルティ」問題も指摘されています。正規でも第一子の出産前後で「離職」する割合が、いまも2割に及びますが(’22年 リクルートワークス研究所調べ)、その多くは非正規でしか復職できず、所得が激減してしまうのです。

財務省 財務総合政策研究所の古村典洋氏による研究では、そうした所得減が、デンマークで3割程度に留まるのに対し、日本では約7割にものぼる、とのこと(’22年 同「Works」リクルートワークス研究所、12月発行号)。出産自体が、格差拡大に繋がる可能性も否めません。

賢いZ世代の若者たちは当然、こうした先輩の状況を見ています。もちろん、結婚や子育てにお金がかかることも把握していますが、先輩たちが結婚・出産によって、貴重な「時間」を奪われ、ひいては仕事への希望も奪われてしまう状況を、「先輩のようになりたくない」など、「逆ロールモデル」として職場で間近に見ているのです。

だからこそ、上の世代も真剣に、働き方の柔軟性を模索すべきではないでしょうか。

重視される就労形態の柔軟性

以前から、フレキシブルな働き方を推奨する国や地域として、北欧がよく例に挙がります。

牛窪恵『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)
牛窪恵『恋愛結婚の終焉』(光文社新書)

彼らは公務員比率が高いほか、労働組合が強い、「ジョブ型雇用」が基本であるなど、従業員個々の柔軟性を取り入れやすい土壌や歴史があるため、日本が国としてそれらを一律に取り入れるのは難しいかもしれません。

ですが今回、Z世代への取材を通じ、若者が結婚・出産を含めた未来に希望が持てなくなっている背後には、「仕事の劣化」が強く関係しているのだと痛感しました。

これまで日本では、時短やフレックス勤務といったフレキシブルな働き方は、ほとんどがシニアや女性、とくに結婚・出産後において多く起こる問題として語られてきました。ですが今後は、2025年問題(親の介護)などのほか、多様な生き方、働き方を好むミドルや若い未婚男女の間でも、就労形態の柔軟な変更を求める人が確実に増えるでしょう。

いまこそ若者たちに、仕事の場でも「自分の人生を後押ししてくれる」「柔軟な働き方を認めてくれる」などと感じてもらう必要があるのではないでしょうか。就労上の格差や仕事の劣化を最小限に留めてこそ、彼らも未来への希望や心のゆとりが生まれ、本書で「共創結婚」と呼ぶような結婚・出産にも、少しは前向きになれるはずです。

★提言5:介護や学び直しも視野に入れ、男女とも柔軟な働き方を活用できる社会に
★提言6:結婚に希望を抱かせるような、就労のフレキシビリティを