※本稿は、石井暁『自衛隊の闇組織 秘密情報部隊「別班」の正体』(講談社現代新書)の一部を再編集したものです。
「実際の別班メンバーに会ってみたい」という願い
自衛隊の現役幹部やOBに取材を継続していくと、別班というジグソーパズルのいろいろな形をしたピースが集まり、少しずつ絵が見え始めてきたという感じだった。しかし、集めたピースは、別班を知る関係者の証言と、かなり年配の別班OBらの証言に過ぎない。
「現役の別班員の声が聞きたい。その姿を見てみたい」
こうした欲求は、日増しに高まっていった。しかし、別班という組織の本拠地がどこにあるのかさえわからない。もちろん、別班本部の連絡先や別班員の携帯電話番号など、入手できるわけがない。
仲のいい防衛庁(防衛省)・自衛隊の情報畑の現役、OB幹部に仲介を懇願しても、「それは無理だ」「何を言っているんだ」と呆れられるだけだった。現役、OBたちの中には、個人的に現役別班員を知っている人もいたと思うが、なにせ非公然の秘密情報組織だ。記者に紹介するなんて、あまりにも危険な行為であるのは明白だった。自分の身の安全も考慮しなければならないのは当然だ。
陸上自衛隊幹部の別班経験者に偶然めぐり会った
そうしたところ、陸上自衛隊の現役幹部(以下、Aとする)に話を聞けたのは、まさに偶然の賜物だった。別班の取材を始めた時期の前後、防衛省とは無縁の社会部OBの先輩に「陸上自衛隊幹部なんだけど、面白い奴がいる」と紹介してもらった。今振り返ると、考えられないほどすばらしいタイミングだった。
当時Aは、情報関係の部隊に所属しており、数カ月に一度ほど、都内の飲食店の個室に待ち合わせ二人きりで会っては、情報交換をするようになっていった。
彼との情報交換は非常に有益だったが、「まだ別班の件は話すのは危険だ。情報関係者に漏れる可能性がある」と考えた私は、あえて話題に上げなかった。しかし、取材開始から1年ほど経過した頃、Aから不意に「今、一番関心があることは何か」と問われたため、イチかバチかで話してみようと決意した。現役の別班員に取材するという計画が、行き詰まっていたからだろう。
「ご存じだと思うが、陸上自衛隊に非公然の秘密情報部隊『別班』という部隊がある。その部隊が海外に拠点を設けて、情報収集活動をしていると聞いたが」
思い切って切り出すと、Aは複雑な表情を浮かべた。そしてこう話し始めた。
「実はかつて別班にいたことがある。ある事情で(別班を)辞めざるを得なくなったが……」
まさかの展開、だった。
自衛隊員という身分を明かしてしまうという禁忌を犯した
しかし、Aの話を鵜呑みにすることはできない。単なる経歴詐称かもしれないし、非公然秘密組織の別班が仕掛けた、取材をミスリードするための罠の可能性もあるからだ。後日、Aが所属している部隊の関係者からも話を聞く。陸上幕僚監部人事部の関係者に人事記録を調べてもらう……。詳述できないが、さまざまな角度からA周辺を取材したところ、元別班員だと確信するに至った。
そして、Aが別班を辞めざるを得なくなったのは、ふたつの理由があるという説明だった。ひとつは東京から、海外の情報源(協力者)を遠隔操作していて失敗してしまったこと。詳しく聞くことはできなかったが、この海外の情報源がスパイであることを突き止められてしまっただろうことは、想像に難くない。かの国の治安・情報機関や軍に追われたのか、それとも、敵対勢力に摑まれてしまったのか。いずれにしても、悲劇的な最期を迎えたに違いない。
そして、もうひとつは、別班の同僚を守るために、Aが自らの身分を明かしてしまったことだという。何から同僚を守ろうとしたのか、私にはわからない。だが、絶対に破ってはいけない掟――陸上自衛隊員であること、そして別班の班員だということを明かしてはならない――を破ってしまった。この件について、これ以上話してはくれなかったが、非公然秘密情報組織である別班の想像を超えた厳しさを、垣間見た瞬間だった。
小平学校の心理戦防護課程を経て別班に入った経緯
陸上自衛隊小平学校の心理戦防護課程での訓練を修了する直前、Aは同課程を担当する第5教官室の教官に、「ある人が君に会いたがっている」と告げられたという。
教官から指示された都内の公園へ行くと、見知らぬ男が近づいてきて「君はこれから何がやりたいんだ」といきなり話しかけてきた。
「あなたはどなたですか」と問うと、その男は「君はこちらの質問に答えればいい。私に質問することは許されない」と冷徹に言い放った。そして、いくつかの質問に答えると、男は何も言わずに公園を去っていった。
その翌日、第5教官室に呼び出されたAは、教官から「君は今後、別班に配属されると決定した」と告げられた。心理戦防護課程から別班に配属されるのは、同課程修了者のうち首席だけだが、その時にどう感じたか、今となっては記憶していないという。あるいは、記憶から意識的に消去したのかもしれない。
それまでの友人関係を精算し、年賀状も出せない境遇に
別班員になると、母校の同期会や同窓会への出席を禁じられるなど、外部との接触を完全に断つことを要求されたため、Aも仕方なく実行した。
親しい友人と呑みにも行けなくなった。年賀状さえ出してはいけない、近所付き合いもダメだと指導された。信じ難い世界に最初は大いにとまどったという。別班在籍時にも陸上自衛官としての身分証明書は受け取っていたが、上官から「自宅に保管しておけ。絶対に持ち歩いてはいけない」と厳しく指導されていた。
しかし、自衛隊情報保全隊や陸上自衛隊中央情報隊、陸上幕僚監部運用支援・情報部(旧調査部)など情報畑の親しい人間には、「Aは別班入りしたようだ」とそれとなくバレていたようだ。外部との接触を完全に断つことによって、逆に注目が集まるからだという。情報畑の人間は仲間同士でも、決して大声では話さないが、目配せしながら「ヤツ、別班らしい」と囁き合うのだという。
「少なくとも月に数十万使え」と言われる豊富な“軍資金”
別班の資金は極めて潤沢だった。Aによれば、別班本部が管理している、情報提供に対する報償費などの活動資金が枯渇してくると、そのたびに陸上幕僚監部運用支援・情報部は、防衛省情報本部に何とか都合をつけてもらっていたので、正規の予算とは関係なかったという。
赤旗取材班に届いた内部告発の手紙(「外国の情報は旅行者や外国からの来日者に近づいて金で買収します。日本からの旅行者には事前に金を渡して写真やききたい事を頼みます。(中略)一部は500部隊からも貰います」との記述)が思い起こされる話だ。資金源が米陸軍第500情報部隊から防衛省情報本部に変化しただけで、別班の資金は一貫して豊富だったのだろう。
Aは別班に入隊した直後、やっと一人の協力者を獲得し、月に2~3度接待して経費を請求したところ、「少なくとも月に数十万円単位で使え」と上官に注意され驚いたという。領収書は一切不要で年間数百万円。
「カネを請求する時は、多めに吹っ掛けて請求していた」
資金があまると、自分たちの飲み食いや風俗遊びに使ったという。内部で豪華な宴会を開くこともたびたびあり、金銭感覚は完全に麻痺していた。
「カネを使わないと、仕事をしていないと上官に思われてしまうから」
別班員たちは好むと好まざるとにかかわらず、まさに湯水のように、私たちの払う税金を使っていたのだろう。
陸自本隊からは“影の軍隊”として胡散臭いと思われている
元別班員のAに何回も会って話を聞いていくうちに、別班の実態が少しずつ見え始めてきた。
Aによると、自衛隊情報保全隊(陸海空の旧調査隊を統合再編して設立)や陸上自衛隊中央情報隊(基礎情報隊=旧・中央資料隊、地理情報隊=旧・中央地理隊、情報処理隊、現地情報隊など)、情報本部、陸海空幕僚監部の情報部など、「防衛省・自衛隊の情報の世界」では、別班は「本物のプロフェッショナル集団」として一目置かれていた。しかし、陸上自衛隊でその存在を知っている幹部らにとっては「(別班の話題が出ると)顔をしかめるような存在だった」という。要するに「影の軍隊」は「胡散臭い存在」と見られていたのだ。
非公然の秘密情報部隊なので、当然と言えば当然だが、「班員たちはものすごいプレッシャーを受けており、班員の半数ぐらいは精神的に、あるいは社会的に別班の活動に適応できず壊れてしまった」という。Aは「誰にも言えない違法な仕事をさせられているのだから、無理もないと思う」と同情を示した。何もわからずに別班に配属され、仕事の内容にショックを受けて「こんな非合法なことはできない」と言って別班を辞める隊員もいたという。
違法性のある仕事を続けている別班員の3タイプ
同僚たちをずっと客観的に観察してきたAは、別班員を次の3種類に分類していた。
②組織を維持するため、旧陸軍中野学校の伝統を継承して、後輩に引き継いでいけばいいと思っているタイプ
③自分としてはやりたい仕事ではないが、組織に命令されて仕方なくやっているタイプ
3種類のタイプとも、これまで私が付き合ってきた普通の自衛官とは明らかに違っていた。非公然秘密情報組織という形態が自衛官個人の人格を歪めてしまっているのか。何しろ別班員は、家族にさえ内容を話せないような非公然、非合法な任務を命令ひとつで遂行しなければならない日々を過ごしているのだ。そのプレッシャーたるや想像を絶するものなのだろう。どうかして自分自身を納得させなければ、前述したケースのようにリタイアへ追い込まれても不思議ではない。
継続取材で別班員がいかに心を壊されてきたかが見えてきた
別班の取材は現在も続けている。2013年11月28日に別班の記事が、新聞各紙に掲載されて以降、新たに別班OB数人と知り合うことができた。彼らとは、いまも時々会食し、話を聞いている。
ここでは、OBたちの話の中で、これまで詳しく記述しなかった重要な点を述べておく。
それは、陸上自衛隊小平学校(現・情報学校)の心理戦防護課程(CPI、現DPO)の教育が、いかに“洗脳”というにふさわしい、非人間的な教育かということだ。そして、別班での非合法な仕事がどんなに過酷で、人格を破壊するものかという点だ。元別班員と会ってまず気になるのが、彼らの“普通ではない”眼だ。相手の心の中を透視でもするかのような眼――元別班員たちは例外なく、私たちとは明らかに異なる“冷徹な”眼をしていた。
「何かあればトカゲのしっぽ切り。なぜ仕事しているのか」
以下、複数の証言者の発言を順不同で列挙して終わりたい。
■心理戦防護課程以降、妻子に対しても、心の中で壁をつくってしまう
■心理戦防護課程の教育を受けた結果 ①洗脳される ②何も感じなくなる ③壊れる の3タイプの人がいる
■別班員は自分の本性を出さない。一種の精神的な病気だ
■別班生活は、精神的にやられるか、どっぷりはまるかのどちらかだ
■防衛省が「別班が現在も過去も存在しない」と言ったときはショックだった
■国は別班の存在を認めて、海外でも活動できるような体制をつくるべきだ。今、別班がやっている活動は茶番だ
■何かあればトカゲのしっぽ切りだろう。私たちは何で別班の仕事をしてきたか分からない
■自分に何かあったとき、家族はどうなるのか常に心配だった
■別班という組織の全貌を明るみに出して、潰してほしい。そして、国が正式に認めた正しい組織をつくってほしい