※本稿は、邱紅梅『生理痛は病気です』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
もっと早く来てくれていたら……
日本の女性たちを見ていると、「元気になりたい」「生理痛をなくしたい」といった欲求が比較的低いと感じます。美容のためにはある程度の投資をしていますが、「社会的成功のために自分の体を元気いっぱいに整えるべきだ」と貪欲に求めている人は少数派。物静かで常時控えめで、行動に移すことがあまり得意ではない方が多い印象です。
先日、知人を通して紹介された日本女性も、私の連絡先を知人から聞いて1年が経ってから、ようやく予約を入れてきてくれました。「前から勧められていたけれど、なかなか来る機会がなくて……」と、不調を抱えたまま我慢し続けていたようです。
その女性は45歳で、不妊治療を希望されている方でした。不妊治療をするにあたって、44歳で始めるのと、45歳で始めるのとでは、その可能性は大きく変わってきます。そのため、行動を起こすことができない女性たちに対して、「もっと早く来てくれていたら……!」と残念に思うことがしばしばあるのです。
「気虚」で心身が疲れ切っている日本女性たち
日本女性はもともと、気性が穏やかで欲張りではないということもありますが、この日本と中国の女性たちの違いを漢方的に見ると、日本女性には「気虚」、中国女性には「実証」という漢方的な体質を持つ人が多いことが関係していると、私は考えています。
「気虚」とはその字の通り、「気(エネルギー)」が「虚(からっぽ)」な体質を指します。のちほど詳しく解説しますが、気虚は女性の生理にも大いに影響を与える漢方的な体質です。
それに対して「実証」は、丈夫で体力があり、疲れにくいのが特徴です。
気虚によるエネルギー不足が生じると、思いついても行動に移す元気が湧いてきません。体質で行動が変わるため、当然ながら、結果も大きく変わります。生理痛や生理不順があったとしても、それを治す気力もなく、鎮痛剤を飲んでその場をなんとかしのぐ……という繰り返しになります。
日本女性は忍耐強いとよくいわれますが、私は気虚によって、困難を解決・打破するパワーがないために、現状維持をするしかない状況にあるのではないかと考えています。毎日の仕事や家事、育児を、日々こなすことで精いっぱいになってしまい、その他のことに手を付ける元気が残らないのです。何か必要に思っていても、問題解決をしなければならないと感じていても、それに手を付ける行動力や意志力が枯渇した状態になってしまっているのです。
この気虚もまた、生理痛を放置することで、年々悪化していきます。生理痛に無頓着な人は、生理不順にも、更年期にも無頓着となる傾向があります。
つまり、女性の場合は、生理痛から始まり、生涯にわたって不調を抱えたまま生きていくことになってしまっているのです。
40歳を過ぎたプレ更年期に一気に問題が噴出する
エネルギー不足の気虚女性たちは、20~30代の若い間は、実生活のなかで生理の不調に悩みつつも、「疲れやすい」程度でしのげるかもしれません。ところが、40歳を過ぎたあたりで「プレ更年期」を迎えると、一気に問題が噴出するケースが非常に多いのが、気虚女性の特徴です。日本の気虚女性たちは、見た目はさほど衰えていなくても、更年期の前後に精神的なパワーの衰えが一気に加速する傾向が見られます。
そのため、40歳を過ぎたあたりから、落ち込みや不安、無気力に陥ったり、感情のコントロールが利かなくなるといった、メンタルの不調を抱える人が急に増えてくるのです。
先日相談を受けた独身女性もまた、その1人でした。大手企業に勤めていた彼女は、45歳になるまで仕事一筋で頑張ってきましたが、40歳を過ぎたころから気持ちの落ち込みがひどくなり、心療内科で「うつ病」と診断されました。
肩を落とした彼女から「仕事を辞めたい」と打ち明けられた女性上司が、「とても優秀な人なので辞められたら困る! 先生、元気にしてあげてください」と、以前から付き合いのあった私のところへ連れてきたのです。
話をうかがったところ、生理の周期はまだ正常でしたが、漢方的には精神的な老化が始まっている状態にあるとわかりました。舌を診せてもらったところ、やはり気虚の現れである歯形がくっきりとついており、腫れぼったくなってぽってりとしています。疲れやすく、気持ちが落ち込みやすい人の特徴がそのまま、舌にも現れていました。
心の老化が先にやってきた
漢方では、生理は「体」と「精神」の2段構えになっていると考えます。生理は心身両面に対して相互に影響するものである、ということです。「生理不順」や「生理痛」といった形で体に不調が現れることもあれば、「PMS(月経前症候群)」「PMDD(月経前不快気分障害)」といった形で心に不調が出るケースもあります。
ご相談者の女性の場合、プレ更年期を迎えて心の老化が先にやってきたために、情緒不安定に陥ったというわけです。そのため、心療内科で受けた薬物治療も、うまく効果が現れなかったのだと予想されました。
私はひとまず、休職期間の残り3カ月の間に、漢方的な治療を試してみることを提案しました。「3カ月後の体の調子を見て、また仕事のことを考えましょう。これまで頑張ってきたのにあっさり辞めてはもったいないですから。体がよくなれば、きっとまた輝けますよ」とお伝えしたのです。そして、足りなくなった気を補ったり、老化を緩やかにしたりする漢方薬を選択すると同時に、気虚のための養生方法をお伝えしました。
生来、真面目な気性のその女性は、薬を欠かさず飲むことはもちろん、生活改善も確実に実行したようで、3カ月後には女性上司から、「彼女、問題なく復職できました! ありがとうございました!」と、うれしい連絡が入りました。
女性のうつ病リスクは男性の1.6倍
この女性の場合は、本格的な更年期を迎える前にケアをすることで、比較的速やかに改善することができました。とはいえ、近々、本格的な更年期を迎えることになるので、緩やかに閉経へと着地できるように、サポートを続けることになっています。
この女性のように、40代に入ってからメンタル不調を起こす女性は少なくありません。実際に、令和2年に厚生労働省が発表した「患者調査」によると、うつ病・躁うつ病の患者数は、男性66万7000人に対して、女性は105万4000人と、男性のおよそ1.6倍。そして、うつ病を発症するのが最も多い年代は、女性の場合は40代であることがわかっています。
私はこの背景には、長年放置してきた漢方的な「気虚」体質があると考えています。無理が利かなくなってきた年代を迎えて、こうしたメンタル不調が表面に現れてきたということです。
管理職層の知識と理解の違いで結果が真逆になる
女性たちが社会で働くうえで、「生理かキャリアか」の2択にしないためには、社会の理解が必要であると、前回述べました。
その好例が、先のうつ病と診断された女性を私のところへ連れてきた、女性上司です。これまで頑張ってきたスタッフの女性が、疲れ切った様子で「辞めたい」と告げてきたとき、すぐに私のところにその彼女を連れてきてくれました。
その女性上司は、自分自身も40代で子宮筋腫となり、私に相談しながら、心身の苦しみを乗り越えた方でした。その経験から、部下の体と心に何が起こったのか、そして、どうすればそれを改善させられるのかについての知識を持っていました。そのため、部下の女性はキャリアを失うこともなく、再び働き続けることができたのです。
会社としても、20代で手厚く教育し、30代で自主的に活躍できるようになり、40代で経験と能力が成熟する時期になった人材をみすみす失うことになれば、大きな痛手だったはずです。
「生理痛に無頓着」な人は「更年期にも無頓着」
私が日本に来て多くの女性たちの相談を受けるようになって、一番に驚いたことが、「生理痛を放置していること」です。
そして、2番目にショックだったのが、「更年期にも無頓着」ということです。
生理痛があってもそのまま我慢しているのと同じように、更年期の不調に対しても、事前に特別な対策をすることなく、メンタルや体の不調に耐えながら、これまでと変わらない負担の仕事や家事・育児を続けている……同じアジアの民でも、なんと違うものかと驚いたものでした。
とはいえ、生理痛が少ない中国女性の場合、更年期も同じように精神的な不調に陥る人はごく少数です。とにかく気虚が少ないためでしょう。私の同級生のなかでも、更年期に精神的に参ってしまった、という人は皆無でした。
中医学を専門とする先生は長生きの傾向
ではなぜ、中国女性の老化が緩やかなのか?
それについてのヒントとなる研究を1つ、ご紹介しましょう。私の大学時代の同級生が行なっている研究です。
その同級生は、私の母校である北京中医薬大学の教師を対象に、西洋医学の先生、中医学の先生、両方を教えている先生の3グループに分け、それぞれの病気の有無、大学を退職した年齢、健康寿命、死亡年齢、死因を調査・分析しています。
ちなみに日本とは違い、中国の大学では有能な先生には定年がありません。心身ともに問題がなければ、いくつになっても勤務することが可能です。中医学に特に貢献のあった人には「国医大師」という称号が与えられ、80代でも現役で臨床や研究を行ない、教壇に立っている教授もたくさんいます。
まだ研究は調査途中ですが、途中経過でわかったことを同窓会の折に教えてくれました。その同級生いわく、「中医学を専門とする先生たちのグループが、抜きんでて元気で長生きだった」とのことでした。他のグループと比べて健康寿命も長く、亡くなる前日まで仕事をしていた先生がほとんどであることもわかりました。
それに対して、西洋医学の先生たちは、中医学の先生たちよりも短命で健康寿命も短く、認知症の発症率も高かったといいます。
当然のことですが、中医学の先生たちは、全員、実生活のなかでの漢方的な養生の実践者です。そのなかに、すい臓がんを患った教授がいましたが、発症から15年以上生き続け、亡くなる前日まで学会で講義を行なっていたとのことでした。
漢方は、そもそも不老長寿を目指すもの。このエピソードからは、改めて、養生が持つ「元気で長生き」の効果を実感することができました。
閉経後は女性の人生の黄金期
性的な加齢を緩やかにするのも、漢方が目指す「元気で長生き」の一環です。更年期の前後を最大限穏やかにして、静かに着地させる。それは漢方的な養生を実践することで可能になることを、女性たちに広く知ってもらいたいのです。
私は女性が様々な経験を積み、精神的に最も充実するのは、60代、70代であると考えています。
それまでは、ホルモンの波に翻弄されながら、育児や仕事などに時間や気力や体力のほとんどを使ってきたことでしょう。しかしその後は、閉経を穏やかに迎えることで、ホルモンの波に振り回されるときは終わります。実生活でも、仕事や育児に一段落つき、ようやく様々なしがらみから解放された人生の黄金期がやってくる。そう思います。
そのときに、生理の荒波にもまれるままに過ごしていたツケで、心身がボロボロだったら、せっかくの黄金期が台無しになってしまいます。閉経後も肌、骨、筋肉ともにしっかりと保ち、気持ちも充実している最高の状態で、黄金期を満喫してほしいのです。
そうお伝えすると「おばあちゃんになってから黄金期なんて……」と自嘲気味に否定する女性がいますが、そんなことはありません。私のところに通ってくれている女性たちは、閉経を迎えると生まれ変わったように元気になり、趣味に、旅行にと、生き生きと飛び回っています。
自分のやりたいことがやれる黄金期を迎えるためにも、生理を荒波ではなく、穏やかな凪にできるように、漢方でコントロールしてほしいと思います。