※本稿は、邱紅梅『生理痛は病気です』(光文社新書)の一部を再編集したものです。
女性特有の不調は終わりがない
20代から30代前半に生理痛や生理不順を抱えた女性が、30代後半から40代になったときに、今度は不妊や子宮筋腫に悩まされることは珍しくありません。そして、50代になるころには、更年期に苦しむ女性が増えてきます。つまり、生理の不調はずっと女性についてまわり、終わりがないのです。
私はこれまで、企業で働く能力を持ちながらも、生理の状態が悪いことでキャリアをあきらめざるをえなかった女性たちを、たくさん見てきました。
婦人科系のトラブルの最初のサインは、生理痛であることがほとんどです。若いころの生理痛を放っておくことで、のちのちずっと長く女性特有の疾病に悩まされることになる。そのことに、本人も周りの人たちも気がついていないことがとても多いと、私は常々、感じています。
医師から「子宮を取るのも一案」と言われた40代女性
最近、私のところへ通っている、今年46歳になる女性もその1人です。
外資系企業に勤める彼女は、長くアメリカで勤務しており、5年前に帰国するまでの10年間、生理痛と過多月経を抑えるために、ずっとピルを服用していたとのことでした。過酷な勤務状態のなか、「生理のために休むことなど考えることもできなかった」と言います。
ところが、日本へ帰国してから受けた健康診断で、軽い血栓症が見つかり、ピルの服用にドクターストップがかかりました。低用量ピルの服用は、血栓症のリスクを高めてしまうためです。高齢になるほどそのリスクは高くなるため、やむなく鎮痛剤に切り替えることにしました。すると、やはり猛烈な痛みと大出血に襲われてしまったのです。
服用だけでは足りないと、即効性のある座薬タイプの鎮痛剤も併用しましたが、痛みは治まることなく、立ち上がることもできない。これはおかしいと婦人科で調べたところ、子宮内膜が子宮筋層内で増殖する「子宮腺筋症」があることがわかったのです。
鎮痛剤は効かない。とはいえ、ピルはもう飲めない……。婦人科医からは「結婚の予定がないなら、子宮を取る方法もあるよ」と言われ、いよいよ困り果てて、私のところへ相談にやってきたのが4年前のことです。
痛みをねじ伏せながら頑張り続ける
初めて会ったときの彼女は顔色も血行も悪く、イライラとした様子で、情緒も不安定なのが見て取れました。舌を診たところ、どす黒い血管がはっきりと見て取れ、重症の瘀血体質(※第1回参照)であることがわかりました。
「鎮痛剤やピル以外に、生理痛をよくするために何かしていましたか?」と聞くと、やはり何も対策することはなく、仕事中心の体に負担の強い生活を、何年も送ってきたと言います。
彼女はまさしく、働く女性の典型といえます。彼女は英語もフランス語も話せるほどのインテリで知的能力は高いのですが、その一方で、自分の体をケアする方向に自分の能力を使うという認識がまったくないのです。痛みをねじ伏せながら頑張り続けてしまい、あげく、自らの生理を犠牲にしてしまうのです。
鎮痛剤やピルでは体質改善にはならない
私は彼女に、漢方薬を選ぶと同時に、セルフケアについて詳しく説明しました。婦人科の血液検査で重度の鉄欠乏性貧血であることもわかっていたので、鉄剤の服用も続けてもらいました。そして、「鎮痛剤やピルは一時の避難所だから、それでよくなるわけではありません。薬で痛みをやわらげると同時に、痛みが出る体質を改善する努力をしていきましょう」ともお話ししました。
その後、漢方の治療と養生を続け、徐々に痛みと出血は緩和していきました。生理の初日には1日4回飲んでいた鎮痛剤も、今では1日1回で事足りるように。貧血も改善して、「先生、私、貧血じゃないと、こんなに頭がよくなるんですね……!」と話してくれました。また、いつもイライラと忙しく仕事をしていたのが、表情が明るく様変わりしたため、周囲の人の印象も「いつも機嫌がよい人」というふうに変わったようでした。
生理を犠牲にキャリアを積み、気づいたら不妊に
生理痛は、パフォーマンスの低下や婦人科リスクを高めるほか、不妊の入り口になることも少なくありません。私のところへ相談に来る女性たちの悩みは様々ですが、「妊娠したいのにできない」と悩んでいる方がおよそ半数か、それ以上を占めています。そのほとんどが、先ほどの彼女のような、生理痛に耐えながら、仕事を懸命に頑張ってきたキャリア女性たちです。
社会的地位も経済力もある現在を見れば、それまでにどれだけ自分の体に無理をさせてきたのか、容易にわかります。鎮痛剤やピルで生理痛をねじ伏せ、生理不順や無月経になっても、月経前症候群(PMS)になっても、会社では何も起きていない体裁を必死でつくろい、仕事を頑張ってきた女性たちです。
そしてようやく子どもを持つ余裕ができたときには、なかなか子どもができない年齢になっていたり、不妊の体であることに気づく……というわけです。
生理を大切にするためには、仕事をセーブするか、キャリアをあきらめるしかない。キャリアをあきらめずに仕事に打ち込むためには、自分の生理を犠牲にしなくてはいけない。私はこんな2択は、もう終わらせるべきだと、常々強く思っています。
「生理痛」で社会は年間5000億円を失う
生理か、キャリアか。この2択にしないためには、女性たちが自らの生理を痛みのない、健全なものにするケアを習慣にすることが、第一です。そのための具体的な方法については、本書(『生理痛は病気です』)の第2章以降で触れていきます。
第二に必要なのは、社会の理解です。それはどのような理解かというと、「女性の生理を健全にすると、社会が格段に豊かになる」ということを知り、女性たちの生理のために必要なサポートを、当たり前に用意・運用するということです。
社会が豊かになるというのはどういうことかというと、1つは文字通り、経済的に上向くということです。
バイエル薬品が15~49歳の女性を対象に行なった調査によると、月経に伴う症状による推定社会経済負担は、1年間で6828億円、そのうち、労働損失は4911億円にも上ることがわかりました(図表1)。
生理痛で女性は1日4時間失う
損なっているのは経済面だけではありません。第一三共ヘルスケアが行なった「日本人の『痛み』実態調査」(2011年)によると、「生理痛によって、1日当たり何時間失っていると思うか」という質問に対して、女性全体の平均では230分――つまり、約4時間を失っていると感じていることがわかりました。
さらに、「生理痛がほぼ毎月ある」人では平均311分、「生理痛がひどいと思う」人では平均345分と、生理痛の程度が強いほど、損失していると感じる時間が長くなる傾向が見られたのです。生理痛によって、女性は最大で1日6時間もの損失を被っているということです。
先にも述べた通り、日本の労働人口の4割が女性です。日本の経済の半分を支える女性たちの大半が、生理痛や大量出血を抱えているために、日本社会の生産性を大きく損失していることが、数字に如実に表れています。
逆にいえば、女性の生理を健全に保つための社会的なサポート体制を整えたり、企業内の環境整備と男女双方のリテラシー教育を行なうことは、年間7000億近いリターンが得られる投資になるとも考えられます。