約8割の女性が生理に伴う不調を感じている。漢方薬局で健康相談を受ける邱紅梅さんは「日本の女性は生理痛を軽視している人が多い。そのことでキャリアを断念したり、仕事に支障が出るなど多くのことを失っている」という――。

※本稿は、邱紅梅『生理痛は病気です』(光文社新書)の一部を再編集したものです。

相談に来る女性の大半は働く女性

中国では婦人科医として勤務していた私が、1992年に日本の漢方薬局で漢方専門医として健康相談を始めてから、30年以上の月日が経ちました。その間に、日本の社会のなかで、女性たちを取り巻く環境は目まぐるしく変わっていきました。

そしてさらに、平成から令和へと時代が変わるにつれて、私のところへ相談にやってくる方たちは、働きたい、もしくは働かざるをえない……という女性たちが大半を占めるようになりました。

ジェンダー意識の高まり、子どもたちの教育費の高騰など、いろいろな理由はありますが、一番は「経済力がないと自由になれない」という事実に、多くの女性が気づきを得たことが大きかったのではないかと、私は感じています。

ところが、世界経済フォーラムが2022年に公表したところによると、日本のジェンダーギャップ指数は、146カ国中116位と、先進国では最低レベル。アジアのなかでも、韓国や中国よりもずっと低位の最下位です。社会的にも、経済的にも、世界最低水準という状況のなかで、日本の女性たちは経済活動をしながら、懸命に生きていることが浮き彫りになった結果といえます。

デスクワークをしているビジネスウーマン
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しかし、女性たちが背負う重荷は、これだけではありません。表立って声高に言えない苦しみとして、多くの女性が生理痛、もしくはそれに付随する婦人科関連の身体的負担を抱えているのです。

現代女性の生理の回数は、戦前の4~9倍になっている

戦前の女性たちは、初潮をだいたい15歳で迎え、結婚も現代よりもずっと早かったために、20歳前後で初産を迎えて、平均して4~5人の子どもを出産していました。通常は妊娠から授乳を終えるまでの間、月経はストップするため、閉経までの間の生涯月経回数は、およそ50~100回ほどであったといわれています。

それに対して、現代の女性たちが初潮を迎えるのは、だいたい10~14歳の間。それから閉経を迎える50歳前後までの約40年間、月に1度の月経と付き合うことになります。

厚生労働省の調べによると、2021年の合計特殊出生率は1.3ですから、女性が生涯に産む子どもの数は1人、多くて2人ということになります。昔よりも初潮を早く迎え、子どもを産む回数が少ない現代女性の生涯月経回数は、およそ450回といわれています。

つまり、現代女性は昔と比べて、生理による負担を4~9倍も多く受けているということです。たとえ生理痛のない健全な生理であったとしても、毎月排卵を起こしたり、経血でたくさんの血液を失うだけでも、体は大きく消耗します。

女性に鉄欠乏性貧血が多いのは、そのためです。

また、妊娠、出産回数が少ない場合には、子宮がんや子宮内膜症、子宮筋腫、乳がんのリスクが上がることも指摘されており、実際に、近年の患者数は増加傾向にあります。

20~30代の8割に「月経に関する不調あり」

では実際に、生理痛がある、もしくは月経に関わる不調を持つ女性はどれぐらいいるのかについて、見てみましょう。

内閣府が行なった、月経に関わる不調を尋ねた調査によると、月経痛がある割合は、20代で64.2%、30代で51.8%であることがわかりました(図表1)。次いで「月経による体調不良、精神不安」「月経前の不調(月経前症候群(PMS)等)」「月経不順」などが挙げられるなど、20~30代の女性の7~8割が、月経に関する何らかの不調を抱えていることが明らかになりました。

【図表1】月経に関わる不調の状況
邱紅梅『生理痛は病気です』より

実際に、勤務先で女性特有の健康課題や症状で困った経験を持つ人は51.5%と半数以上いることも、経済産業省の調査(「『働く女性の健康推進』に関する実態調査」〔2018年〕)で明らかになっています。具体的な症状として最も多かったのが「月経関連の症状や疾病」で、20代で48.3%、30代で45.0%、40代で31.2%。次に多かったのは「PMS(月経前症候群)」で、20代で30.5%、30代で27.7%、40代で19.8%でした(図表2)。

【図表2】勤務先で困った経験(従業員女性)
邱紅梅『生理痛は病気です』より

ひと月の4分の1を、不調を抱えながら働いている

50代以上になると、今度は更年期障害が一気に増加してきます。このように、働く女性たちの多くが、ひと月の4分の1を生理痛やその他の不調を抱えながら働いている状況なのです。

その結果、何が起こるのかというと、当然ながら、仕事のパフォーマンスやモチベーションの低下につながります。同調査では、月経関連の症状や疾病のために「会社を休んで医師にかかる必要がある」人が5%、「会社を休んで休養を取る必要がある」人が13.7%、「会社を休む程ではないが、仕事の能率が落ちる」人が39.9%いました。

つまり、月経が来るたびに仕事ができなくなる、もしくは仕事の能率が落ちる女性が、約6割存在しているということです。

現在、国内企業の全雇用者のうち、40%以上を女性が占めていますから、この事実が日本の労働力に対してマイナスの影響を与えていることは間違いないでしょう。

生理痛の軽視で多くのものを失う女性たち

毎月必ずやってくる耐えがたい痛みのために、より負担の少ない仕事へ転職したり、責任のあるキャリアの道をあきらめたりする女性たちは、少なくありません。なかには、休職や離職を考える女性もいます。

実際に、同じ「『働く女性の健康推進』に関する実態調査」によると、「女性特有の健康課題・症状が原因で休職や退職を考えたことがある」という女性は、30.3%いました。その理由の内訳を見ると、30.9%は「妊娠・出産に関する症状・疾病」、26.1%が「メンタルヘルス」、15.8%が「月経関連の症状や疾病」、13.3%が「PMS(月経前症候群)」でした(図表3)。

【図表3】休職や退職を考えた際の健康課題の内容(従業員女性)
邱紅梅『生理痛は病気です』より

ジーンズが赤く染まるほどの過多月経

これを聞くと、生理の悩みがない女性や男性は、「生理ぐらいで大げさな!」と思うかもしれません。しかし、毎月、鎮痛剤を飲んでも治まらないような痛みに耐えながら業務についたり、やむなく会社を休んだりを繰り返すことから、精神的な負担も膨らんで、メンタルを病んでしまう人もいます。

毛布の下で眠っている若い女性
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私のところへ相談にいらしたある20代後半の女性は、毎月、吐き気を伴うほどの生理痛に悩まされていました。その女性は当時、長時間労働が常態化しているマスコミの企業に勤めており、「生理休暇を取るなんて、とてもできない空気」と、どんなにつらくても会社へ行く生活を続けていたのです。満員電車での通勤中に途中下車し、そのまま駅のベンチで動けなくなったことが何度もあると話していました。強い眠気も伴い、考えることができなくなって、仕事の能率がひどく低下することにも困っていました。

この女性は、経血量の多い「過多月経」にも悩まされていて、あるときは通勤中に、ジーンズの後ろ側が真っ赤になるほど出血してしまったこともあったといいます。仕事中も「漏れているかも……」と気になってしまい、業務で長時間トイレに行けないときはヒヤヒヤしていたそうです。

重い生理痛がある人がほぼ必ずもつ特徴

毎月の大量出血のために深刻な貧血も見られ、「当時はやたら氷を食べていた」と話していました。氷を食べたいという強い衝動があるこの状態は、「氷食症ひょうしょくしょう」と呼ばれる一種の異食症で、鉄欠乏性貧血のある女性に多く見られるものです。

邱紅梅『生理痛は病気です』(光文社新書)
邱紅梅『生理痛は病気です』(光文社新書)

彼女は生理痛や貧血でフラフラのまま、特に治療をすることもなく、負担の重い仕事を続けていました。そしてたまたま、担当した企画の取材で私のところへ訪れたのでした。

彼女の舌裏を診せてもらったところ、青紫に蛇行する血管がはっきりと見られました。これは、体が中医学でいう「瘀血おけつ」という状態にあることを示しており、重い生理痛がある女性たちには必ずといってよいほど見られる特徴です。血の巡りが悪いために、肩こりや頭痛があり、体温が維持できないことから、ひどい冷え性を持っていることもよくあります。その女性も、手足が氷のように冷たい状態でした。

自分の体が病的であることに自覚がなかった彼女は、驚きながらも、すぐに調剤した生薬を飲み、指導した生活改善を始めてくれました。その結果、数カ月でずいぶんと元気を取り戻しましたが、30歳を迎えたところで、「生理のたびに2、3日会社を休むことはとてもできない」とのことで退職し、フリーランスとしてマイペースに働くことを選びました。

その後、生理痛や過多月経もほぼ改善し、結婚して3人の娘さんを産みましたが、「あのときに退職していなかったら、体を壊していたと思う。こうして子どもを持つこともできなかったかもしれない」と話しています。