※本稿は、中嶋英雄『自分の見た目が許せない人への処方箋』(小学館)の一部を再編集したものです。
美容整形をきっかけに身体醜形症になってしまうタイプ
美容整形と身体醜形症は、とても微妙で複雑な関係にあります。
私はもともと形成外科として手術をしていた側ですから、美容整形そのものを否定するつもりはまったくありません。ただ、実際に美容整形外科を訪れる人の20パーセントほどが身体醜形症の傾向を持っているという報告も出ています。つまり整形手術を受ける以前に、すでに心の病気を抱えている人が多いということです。
美容整形のせいで身体醜形症になったのか、もともと身体醜形症だったから整形をしたのか、どちらが先であったかを解明することには、あまり意味がないのかもしれません。
はっきりしているのは、双方が相互に深く関係しているということ。そして、安易に美容整形の手術を受けてはいけないということです。
レジリエンス(精神的な回復力)が弱いままで美容整形手術を受けても、結果に満足できずに顔へのとらわれが悪化してしまうことが多いからです。
手術というものの事情をきちんと理解しているか否かも、術後の悩みや不安の原因になります。いったいどんな手術でどんな経過をたどるのか、それらをどう受けとめればいいのか。そうしたプロセスについて医師から説明をしっかり受けていなかった場合、よけいに不安がつのります。
病気の診断や治療を受けた際、それが本当に正しい選択だったかを不安に思うことは誰にでもあることです。どんな病気や手術であっても、あなたには患者としてセカンドオピニオンを受ける権利がありますし、美容医療は自由診療ですから、なおさらその治療が妥当であったかどうかを知りたいと思うのは当然です。
整形で浮き彫りになる幼い頃の「心の傷」
整形手術で失敗してしまったという不安でいっぱいになっている患者さんには、まず今後の経過の見方や考え方についてお話しし、気持ちを落ち着かせてもらいます。
ただ、整形後、あきらかに身体醜形症の症状が悪化してしまう方もいます。
気に入らない部分を治せばすむと思っていたその問題は、じつは心の痛みだったことに、整形してみてはじめて気づいたというような場合です。
その背景には、生育環境や思考パターンの問題がやはり見え隠れします。
とくに幼少期の母親との関係が、この身体醜形症に特有の心理を生み出してしまう原因になりやすいと感じます。
整形の結果に満足できず「今度はこっちを」と繰り返す
本来は自分の自信を取り戻すために受けたはずの整形手術で、客観的には良くなっているにもかかわらず、その結果に満足できず術前より悩みが強くなってしまうのは、とてもつらいことです。そのつらさは、「今度はこっちを治したい」と修正を繰り返し、つぎつぎに自分の顔にメスを入れたくなる衝動となってあらわれます。
また、おそらくこのタイプのあなたの審美眼はとても繊細で、人が気づかないような小さな差異にも気づくほうではないでしょうか。そのため一度の整形をきっかけに、逆にアンバランスが目について気になり出してしまうのです。
けれども、何度整形を繰り返したところで「今の自分」と折り合うことができなければ、苦しみは膨らむばかりです。まず先に心の傷を癒やし、それからもう一度、整形手術が本当に必要かどうかを考えてほしいと思います。
整形には必ず、あなたにちょうど良い引き際、折り合う地点というものがあるからです。
有名私大に入り二重まぶたにしたアヤさん24歳の場合
一重まぶたを二重にする手術を繰り返し受けているアヤさん。
手術のせいでよけいに醜くなったと感じて外出ができなくなり、大学も2年留年している状況です。メンタルをもっと強くして復学したいし、目ももっと綺麗にしたいと来院しました。
サラリーマンから起業した父と、現役看護師の母のもとに育ったアヤさん。重度の脳性麻痺である2歳上の姉と5歳下の弟がいます。
母は姉の世話と仕事でつねに忙しかったため、乳幼児期はおばあちゃん子でした。小学校、中学校までは皆勤賞で成績も良いほうでしたが、高校から女子大付属中高一貫校に入ると、中途入学の自分の居場所のなさを感じるようになりました。
やっとできた友だちが「可愛くなければ意味がない」という考えだったために、「顔を変えるのは無理でも、痩せれば可愛くなれる」と思って10キロダイエットしたのがこの頃。生理が止まったためいったんは体重を戻したものの、ストレスを感じると過食するクセがついてしまいました。
有名私立大学に入学しますが、周囲が派手で華やかで、一重まぶたの地味な自分の顔へのコンプレックスが強くなります。そこで美容外科に行き、さっそく埋没法(プチ整形)を受けて二重まぶたにしました。
目の切開で「前より醜くなった」と落ち込み身体醜形症に
結果にはそれなりに満足したものの(術前が50点とすると80点)、もとに戻ってしまうのが怖くて同じ医師のもとで切開法を受けます。すると、腫れが予想以上につづいたうえに二重の幅も広くなり、「前より醜くなった」と感じました。
セカンドオピニオンを求めたつぎの病院でもまた再手術を勧められ、二重の幅を狭くする手術を受けます。しかし実際に手術を受けてみると、今度は二重の幅が狭すぎてほとんど一重のように見え、またラインの食い込みも気になって悩むようになりました。
それが原因でダテ眼鏡がはずせなくなり、やがてはひとりで外出ができなくなってしまいました。整形が原因で、身体醜形症を発症してしまったのです。
自分の能力が認められないため劣等感で不安に襲われる
繊細度を測るHSPセルフチェックをしてもらうと、アヤさんは23問中21項目に該当し、非常にセンシティブな気質であることがわかりました。レジリエンス指数テストでは、「感情調整力」と「自己効力感」がとくに低く、自分の能力が認められないために人と劣等比較しては不安に襲われ、感情をコントロールできずにいることが症状の背景に見てとれました。
まずは、レジリエンスを強めるために、すぐに自己否定してしまうネガティブな思考の仕方をポジティブなものに変換する練習をしていくことにしました。
彼女のような繊細な人には、マインドフルネス呼吸法もそれ自体にレジリエンスを強くする効果があります。
悩みを克服しようと思うとき、私たちは無理にその悩みを排除しようとしがちですが、悩みは悩みとして抱えたままでも、じつは前に進むことができます。「自分は醜いかもしれない」という悩みは、そのまま持っていても別にかまわないのです。
「そうか、今の私は悩みを抱えているな」と、その悩みを客観視し、顔を気にしている自分がいると「知っておく」ことが大切です。
まず「自分は醜いかも」と悩んでいることを客観視する
決して「醜いままでいい」と言っているわけではありませんから誤解しないでください。悩みがあっても、綺麗になるための努力や工夫は好きなだけしていいのです。
カウンセリングをはじめてから2カ月後、アヤさんは自分の悩みを「単なる悩み」として受け入れはじめました。
レジリエンスがだいぶ回復してきたと感じた私は、アヤさんが気にしていた二重の再々手術を提案してみました。「腕のよい名医を紹介できるので、整形手術のカウンセリングを受けてみませんか?」と。
すると、アヤさんからはこんなメールが届きました。
「今は元気に大学に行けるようになったので、手術はしばらく見合わせたいです」