人から仕事を頼まれると、イヤと言えずに引き受けてしまう「断り下手」な人が、受けたくない仕事を断るにはどうしたらいいのか。産業医で精神科医の井上智介さんは「断るのが苦手な人は、頼まれてすぐに『やります』と即答してしまうことが多い。まずは『スケジュールを確認してからお返事します』と返事を保留したうえで回答するようにしたほうがいい」という――。
手帳に予定を書き込む女性の手元
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断れない人は、なぜ断れないのか

人から仕事を頼まれたとき、既にたくさんの仕事を抱えていて忙しく、本当は引き受けたくないのにどうしても断れない、など、断るのが苦手という人がいます。なぜ断れないのでしょうか。その理由は大きく3パターンあります。

人に嫌われるのがこわい

頼みごとを断って「手伝ってくれない冷たい人」と思われてしまうのがこわいという恐怖感や心配を抱えているために、断れないというパターンです。「嫌われるくらいなら、自分が大変になっても我慢すればいい」と、自分のキャパシティー以上の仕事を抱え込んでしまいます。

能力が低いと思われたくない

断ることで、「仕事ができない人」「能力が低い」「キャパシティーが小さい」と思われたくないがために、引き受けてしまうということもあります。

相手をがっかりさせたくない

せっかく頼んでくれたのに、その期待に添えなくて相手を困らせることになるのがいや、がっかりさせたくないという気持ちから、断れないというパターンです。断った場合に罪悪感を持つくらいなら、多少自分が大変でも引き受けた方が楽だと考えてしまうわけです。

断るのが苦手な人は、だいたいこれら3つのいずれかか、複数を組み合わせた理由によって、断れないのではないでしょうか。

これらに共通するのは、自分に対する自信のなさです。自分に自信がないからこそ、自分を信頼できる人に見せたいと強く思ってしまう。そのために断ることができないのです。

また、こうしたタイプの人は、人からものを頼まれやすい傾向があります。人はやはり、頼んでも断らなそうな人を選ぶので、「断るのが苦手な人」のところに集中しがちなのです。

ただ、仕事を頼んでくる人の中には、自分でやろうと思えばできるのに、単に楽をしたいがために、こうした「断るのが苦手な人」の弱みに付け込んでくる人もいます。断るのが苦手な人は、そうした人のターゲットにもなりやすいのです。

仕事とプライベートの境界線が薄い

ターゲットにされやすい人の特徴としてはもう一つ、「仕事とプライベートの境界線が薄い」ことがあります。

だらだら仕事をしていて、昼休憩を取らない。しょっちゅう残業をしている。休日出勤が多い。こうした、プライベートの時間と仕事の時間の境界線が薄い感じの人は、仕事を頼まれやすい傾向があるのです。残業をせず、常に定時に帰る人には、残業になりそうな仕事は頼みにくいですが、いつも残業している人なら、就業時間まで間がないタイミングで仕事を頼んでも、「どうせいつも残業をしているからいいんじゃないか」と思われてしまうのです。

ふだんから「プライベートはプライベート、仕事は仕事」ときっちり線引きしている姿勢を見せている人は、できない仕事ははっきり「できません」と断ることが多いので、仕事を押し付けてくるタイプの人のターゲットにはなりにくいでしょう。保育園のお迎えがありいつも決まった時間に仕事を切り上げる人なども同様です。

「どうも自分は、人から仕事を押し付けられることが多い」と感じている人は、まずは自分がプライベートの時間と仕事の時間の境界線をはっきりさせているか、見直してみるとよいと思います。

既に仕事をたくさん抱えていて大変なのに、頼まれると断れず、結局睡眠時間や余暇の時間を削って仕事をして、心身に不調が出てしまう。そうなると、仕事の集中力や思考力が落ちて、さらに生産性が落ちて仕事が終わらなくなるという悪循環に陥ってしまいます。どんどんストレスがたまり、もともとは自分の意思で受けた仕事なのに、頼んできた人に対してネガティブな感情が沸くようになり、人間関係にまでひびが入ってしまいます。

ToDoリストで忙しさをアピール

ですからまずは、先ほどもお伝えした通り、仕事とプライベートの境界線をはっきりさせるようにしましょう。「自分はプライベートも忙しく、仕事以外のことにも力を入れている。プライベートを削ってまで仕事をやるタイプの人間ではない」ということを周りに見せていきます。

また、さりげなく「忙しいアピール」をするのもいいでしょう。たとえば、今抱えている仕事のToDoリストを机の前に貼っておいてはいかがでしょうか。「忙しい」「忙しい」と口にするのは、それこそ仕事の能力がないのに忙しいアピールばかりしているように受け取られる可能性があるのでお勧めできませんが、ToDoリストなら大丈夫です。忙しさを見える化することになるので、説得力もあります。

そしてそのToDoリストには、その案件に関わる上司の名前を書いておくのもおすすめです。たとえば、「○○社へのプレゼン資料づくり:○月○日までに(上司の)○○課長に」と書いておくと、「私に仕事を頼むと、○○課長も巻き込むことになりますよ」とアナウンスすることにもなります。よい牽制になるでしょう。

ToDoリストを埋めていく人の手元
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その場で即答せず持ち帰る

それでも頼まれてしまったときは、どうやって断ればよいのでしょうか。

断るときの大原則は、「その場で即答しない」ことです。うそでもいいので「いったん予定を確認して、折り返します」と、ひと呼吸置くようにしましょう。

断るのが苦手な人は、たいてい即答しています。冒頭でお伝えした「嫌われたくない」「能力が低いと思われたくない」「がっかりさせたくない」といった理由から「やります、大丈夫です」と、すぐにOKする傾向があるのです。

これまで断り慣れていない人が、その場ですぐに断るのは難しいので、まずは即答を避けて、時間の猶予をつくります。

そして、次の3ステップに沿って回答を構成します。

ステップ1:今の状況(断る理由)を伝える

断るときは、やはり理由が必要です。理由を言わず「今はお引き受けできません」とだけ伝えて断ることができる人はそれでもいいですが、断るのが苦手な人にとってはかなりハードルが高いでしょう。理由を言った方が断りやすいはずです。

何がどう大変なのかを、ありのまま伝えましょう。たとえば「今はAさんの案件に追われていて時間が取れないので、お手伝いできません」「金曜日締め切りの仕事が重なっていて、これ以上仕事を引き受けてしまうと間に合わなくなりそうなので」などです。

理由が複雑で説明が面倒、複数の理由があって伝えにくい、頼まれた仕事がややこしそうで受けたくない、体が疲れているので引き受けたくない、などの場合は、あまり正直に伝える必要はないと思います。うそも方便で、相手に納得してもらえそうな理由を説明すればよいと思います。たとえば休日出勤を頼まれたら「週末は先約が入っていまして」と返すのも良いと思います。

ステップ2:「引き受けられず申し訳ない」という気持ちを伝える

相手との関係性を崩さないためにも、「本当は引き受けたいのですが」「ほかの仕事と同時進行できればよかったのですが」と、「引き受けたいのだができない」という残念な気持ちを伝えます。そのうえで、相手の期待にこたえられないことに対して「ご期待に沿えず申し訳ありません」と謝罪します。

ステップ3:代案を提案する

最後に、代案を提案しましょう。たとえば「今すぐは取り掛かれないのですが、来週でしたら可能です。いかがでしょうか」など、譲歩できる範囲で代案を提案します。それが難しい場合も、「今回は難しいですが、今度お手伝いできることがあったらぜひ声をかけてください」などと伝えます。

ここであまり、「仕事を引き受けたいアピール」をしてしまうと、自分の首を絞めることになるので気を付ける必要はありますが、最後にちょっとしたやる気を見せることで、相手の失望感を和らげることができますし、「冷たい人だ」と思われることも避けられます。対面で回答する自信がなければ、メールやチャットで送ってもいいと思います。

この3ステップによる構成で、あらかじめ断り方のテンプレートをいくつか用意しておくとよいでしょう。

「断る=絶対やらない」ではない

仕事を頼まれたときの返し方は、「断るか」「引き受けるか」の二択ではありません。「どちらかを選んで答えなくては」と思うと気が重くなり、「引き受けてしまった方が気が楽だ」となってしまうかもしれませんが、二択ではないと思えば断ることのハードルも下がるのではないでしょうか。

「断る=まったくやらない」ということではないのです。自分の中で譲歩できる範囲がいくらかあると思うので「1週間後ならできます」「最初だけやりますけれど、あとは他の方にお願いしたいです」など、譲歩できる範囲、自分ができる範囲を見極めたうえで回答すればよいのです。

ただ、それを相手に頼まれてすぐに、その場で判断して回答するのは難しいでしょう。だからこそ、いったん持ち帰って猶予を作り、考えたうえで回答するのです。頼んだ側も、「この人は真面目に考えてくれている」「前向きに取り組もうとしている」という印象を持ってくれるでしょう。