ネット検索は「クリック→脳の報酬」で依存が高まる
「Google効果」「デジタル性健忘」といった言葉をご存じですか。
これは気になることをスマホやタブレットなどのデジタルツールで調べても、脳が働いていないため記憶に残っていないという意味。このとき脳は覚えていないというより、そもそも覚える必要がないととらえているのです。つまり脳のもつ記憶という機能を、インターネットでアウトソーシングしている状態です。
デジタルツールは人間を楽にするための道具ですが、私たちの脳は負荷がかかって初めて活動し、発達していきます。ですから若いうちから、スマホで文字を打ったり、インターネット上の地図に案内させたりして、脳をサボらせていると非常に危険です。
特に最近話題の生成AIは、脳に何かしらの影響を及ぼすと考えられています。
そもそも人間の脳は、検索して情報を得ると、知的好奇心が満たされ、脳内では報酬とみなされて喜びを感じます。かつては図書館で借りた本を読んで、情報を得ることで報酬を受けとっていました。書棚から本を探して手に取り、ページをめくって読むという一連の行為に時間と労力をかける分、記憶にも残っていました。
ChatGPTに書かせたレポートをそのまま出す大学生も
しかし、問いかけたらすぐに情報を統合して返すChatGPTは、複数のサイトを検索する必要すらなく、最短ルートで情報が得られますが、記憶には残りません。「問いかけ→報酬」を短いサイクルで繰り返すことになり、どんどん依存が高まるのではないかというのが、ChatGPTについて懸念される脳への影響です。
懸念されるといえば、情報の真偽もそうです。ChatGPTが返してくる情報は、本当かどうかわからないので、うのみにすることは非常に危険です。
私もまさに大学教員として四苦八苦しています。一部の学生がAIに書かせたようなレポートを提出してくるのです。ただ明らかに存在しない参考文献が記されているので、そこである程度見破れますが、それ以前に、実在するかしないかも確認せずにありもしない文献を平気で出してくることそのものに怖さを感じます。
常識的に考えると、これがばれたらどうしよう、単位がはく奪されるのではないか、と不安になるだろうと思いますが、推測する能力が足りず、思考停止しているのです。現在、多くの大学がAI使用についての声明を出していますが、この問題は看過できないものだと思っています。決して学生だけの問題ではなく、私たち教員も学生に対して課題の意義や学習の本質について伝えるなど、授業を改善する努力を続けることが必要であると考えています。
ただ社会人の場合は、使い方次第でしょう。効果的に使えば労働力不足や業務効率が改善されて経済効果が出るといわれていますので、うまく使うことが肝心です。
今、世界的な問題になっていますから、これからガイドラインが整っていくと思います。
前頭前野の機能は30歳を過ぎると下り坂になるが…
先にもお伝えしたとおり、ネット検索で「クリック→報酬」を繰り返し、本来の脳の機能を使わない状態が続くと、ネットに依存してしまいます。そして認知機能を支える前頭前野を使わないことが習慣化。将来的に認知症のリスクが高まることは十分に考えられます。
そもそも前頭前野の機能は30歳を過ぎると、どんどん下り坂になっていきます。注意力が落ちるとか、集中力がもたないといったことには、老化の影響もありますが、スマホはそれをさらに加速させてしまう可能性がある。ですから、スマホの使い方をコントロールし、脳の働きをいかに維持していくか。30歳を過ぎたらこれが大切になります。
前回の記事で子どもには、スマホの使用は1日1時間未満を推奨しましたが、仕事の連絡などが多い大人がその時間を守るのは、非常に難しいところ。ですから余暇の時間は、せめてスマホを見るのではなく、本や新聞を読みましょう。
1日10分でも毎日コツコツと読書を続けることは、脳の機能を維持するのに役立ちます。内容は自分の興味のあることや目についたもの、何でもOKです。なかでも毎日、一定量の幅広い情報が届く新聞は、気になる部分だけを拾い読みしやすく、毎日の読書習慣をつけるにはもってこいです。
電子書籍は記憶に残りにくく、内容が理解しにくいという調査結果も出ているので、紙のほうがおすすめですが、出張や移動で何冊も持ち歩けないときには便利です。その場合は、専用の端末を使いましょう。スマホだと通知がくるたび、それが気になり内容に集中できなくなるからです。
ちなみに脳への負荷は、小説>漫画>動画。脳で想像することを、漫画は表情や台詞、情景などの絵が肩代わりしています。動画はさらに声や動きが加わり、もっと脳を使わずにすむ。ですから脳を鍛えるなら、いちばんは小説です。ただし漫画は読書へのモチベーションにつながりますので、たとえば歴史を漫画で学ぶことは、導入としてよいことだと思います。
オンラインでの会話より直接会って話す方が頭を使う
コロナ禍でリモートワークが主流になり、今は会議も打ち合わせも、対面かオンラインとのハイブリッドが増えています。どちらか選べるなら、負担の軽さから、おそらく大半の人がオンラインを選ぶのではないでしょうか。目的が情報をやり取りするだけということならオンラインでも構いませんが、なるべく対面で参加してほしいですね。
なぜなら、対面で互いに目を見ながら話すと、相手と自分の脳が同期されて感情が共有されるからです。パソコンのモニター越しだとそれがなく、単なる情報の交換にしかなりません。オンラインの会話は、一人でボーッとしながら何も考えていないときと同じ状態であることも、私たちの実験結果からわかっています。
ブレインストーミングは対面でやる効果が高い
対面の最たる効果がブレインストーミングです。オンライン会議で煮詰まっても、対面に置き換えると、パッと答えが出る。その効果をすでに実感している人も多いのではないでしょうか。
まさに今、コロナ禍が明けてリモートを対面に戻す企業が増えています。なにより米国のグーグルやアップルなど巨大IT企業が対面に戻している。これが一つの答えだと思います。
認知症リスクから考える脳の健康のための3つの習慣
ではデジタル漬けになっている私たちを救い出して、脳機能の衰えを防ぐには具体的にどうしたらよいのでしょうか。
デジタル性健忘とイコールではありませんが、認知症対策の考え方が参考になりそうです。認知症には、「15歳までの教育歴不足」「難聴」「頭部外傷」「高血圧」「飲酒」「肥満」「喫煙」「うつ病」「社会的孤立」「運動不足」「大気汚染」「糖尿病」といった、12のリスク要因があることがわかっています。
これらのリスク要因を予防できる方法が、次の3つです。
①運動
②コミュニケーション
③睡眠
①運動
オンライン習慣によって長時間、座ったり寝転んだりして過ごすと、認知症の12のリスク要因である「運動不足」だけでなく、「肥満」「うつ病」「糖尿病」も招きます。運動は、なるべく30、40代のうちから始めておきましょう。早くから鍛えておかないと、いざ50、60代になって運動しようと思ったとき、太っていたり、関節や筋肉、骨が弱くなったりして始めにくい恐れもあるからです。ぜひ若いときからコツコツとやってほしいですね。
若いうちから運動を始め、信頼できる友人も見つけておく
②コミュニケーション
「社会的孤立」も、認知症のリスク要因の一つです。これはまさに今、私も30代で直面していますが、友だちが次々に結婚して家庭を持ち、話す機会がどんどん減っている。ですから30、40代のうちから、定年後もつき合えるような一生の友だちや仲間をアクティブに外に求めていくことは大切になります。
③睡眠
12のリスク要因の「うつ病」を防ぐには、よい睡眠をとることが必須です。良質の睡眠はストレスを解消し、精神の安定につながります。
睡眠に大切な観点は「量」「質」「リズム」の3つです。量については、目安は日中に眠くならないかどうか。7~8時間が目安という研究結果が多いですが、人によって異なるので日中眠くならなければ、そこまで気にする必要はありません。
睡眠の質を上げ、生活リズムを崩さないことが基本に
質に関しては、寝る前のスマホに気をつけてほしいですね。スマホのブルーライトは、私たちの脳を覚醒させ、睡眠ホルモンといわれるメラトニンの分泌を抑えるため、寝る前にブルーライトを浴びると、私たちの脳は「起きる時間」と勘違いし、睡眠の質を下げてしまいます。子どもはもちろん、大人も寝る1時間前には、スマホの使用をやめたほうがよいでしょう。
毎日同じ時間に起きて、同じ時間に寝るリズムを作ること。特に気をつけたいのは、休日です。休日にいわゆる寝だめをして、起きる時間が遅くなることは避けたいものです。
これから寿命がどんどん延びていくなかで、大事になってくるのが健康寿命です。30歳を過ぎたら、脳が弱っていくのは変えられない。でも、なるべく機能を維持するには、よい習慣を毎日積み重ねていくしかありません。
認知症など、脳の衰えは自分だけでなく、周りの人の人生にも関わることです。楽をすることを第一に考えず、小さなことから脳を鍛える習慣をつけていきましょう。