※本稿は、OJTソリューションズ『トヨタリーダー1年目の教科書』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
挨拶は円滑なコミュニケーションを取るための第一歩
トレーナーの生駒正一は、トヨタ時代にポーランドの工場で現地のチームリーダーの自立化支援に携わっていました。
そこでは、生駒が現地のチームリーダーに仕事を教え、そのチームリーダーが自分たちのグループのメンバーに伝え教える形態をとっていました。
このプロジェクトにおいて、生駒が必ず定着させたいと考えていたのは、「コミュニケーションとチームワークを大切にすること」だと言います。
「コミュニケーションがまともにとれない状態では、相手のレベルや特性を踏まえて仕事を教えるステップに進めません。
また、チームワークがなければ、補いながら一丸となって成果を出すことも難しいです。仕事をしていく前提としてあるのが、コミュニケーションとチームワークなのです。
トヨタの班長は、5〜8人のメンバーをまとめます。課長になれば、約300人の部下を抱えることになりますが、リーダーとしてのポジションが変わっても、挨拶と声かけが大事なことは変わりません。なぜなら、自分の部下と気軽に言葉を交わせない関係では、お互いの考えも伝わらず、日々の問題解決や目標達成への協力が得られないからです」
コミュニケーションやチームワークづくりと聞くと、何やら難しそうですが、いずれも“挨拶”と“声かけ”によって実現できるものだったのです。
リーダーから挨拶するだけで、職場は変わる
そうは言っても、「挨拶したり声をかけるだけで、そんなに効果が出るのだろうか?」と考える人もいるでしょう。
生駒は、挨拶や声かけには、「話すためのきっかけづくり」という効果があり、良好なコミュニケーション構築の糸口になるのだと言います。
「私が新人の頃、周囲の先輩から『今度のボーナスがいくらなのか、課長に聞いてみるといいよ!』と担がれたことがありました。当時の課長職というのは、今よりも威厳があって、近寄りがたい存在でした。
私はまんまと先輩たちの口車に乗せられて、本当に聞いてしまったのですが……。課長も思わず笑ってしまい、ありがたいことに、場は和みました。ただ、そもそも、新人の私から課長に話しかけることができたのは、日常的に、課長から私に、挨拶や声かけをしてくれていたからなのです」
メンバーの変化をすかさずキャッチ
挨拶や声かけは、職場の風通しを良くするだけではありません。トレーナーの阿世知は、メンバーが、今、何を考えているかをキャッチする機会でもあると言います。
「トヨタで工長だった時代、20人ほどのメンバーを管理監督する立場でしたが、各人に一日何度か声をかけるようにしていました。すると、返ってくる短い言葉だけで、メンバーの今日の様子がわかるようになりました。たとえば、『この仕事の進捗はどう?』と聞けば、その受け答えによって、順調な様子や、不安や不満を抱いている様子に気づけます。
また、頻繁に一対一で声をかけているからこそ、うまくいっていないことについて気軽に話してもらえるので、何かあったときに早めに手を打つこともできるのです」
リモート環境下でのコミュニケーションに苦戦
トレーナーの大嶋弘も、トヨタ時代は五感をフルに使ってメンバーに接していました。しかし、コロナ禍でリモートワークが導入され、この手法が取りづらくなったと言います。
「オンライン会議で顔を見ることはできますが、雰囲気は感じにくいです。通信時にわずかなタイムラグがあるので、会話の間からつかんできた空気感も、長年培ってきた勘がききづらい状態です」
このエピソードから得られるのは、「トヨタで長らくリーダー経験を積んできたトレーナーであっても、オンラインだけでコミュニケーションを円滑に行うことは難しい」ということです。日常会話が激減している中、オンライン会議中に、いきなり「何か問題はない?」「何か意見はある?」と聞かれても、メンバーは言い出しにくいでしょう。そうならないためにも、いきなりオンラインに移行しても問題がないように、これまで以上に普段から、挨拶や声かけを行い、スムーズにコミュニケーションが成立する環境づくりに取り組むべきなのです。
リモートワークが増えれば、上からの管理が減って、プレッシャーから解放されるメンバーもいるかもしれません。けれどもそれは、仕事のサポートや“めんどう見”も手薄になるということです。場合によっては、孤独を感じるメンバー、精神的に打撃を受けるメンバーもいるかもしれません。
リーダーとメンバーが接する機会が減っている今こそ、日頃からリーダーは挨拶と声かけを積極的に行って、メンバーの変化を察知する機会を自らつくり出していかなければなりません。
メンバーの「日々の仕事」に主体性を持たせるには
チームの成果に貢献すると、メンバーは「働く喜び」を実感し、主体性を持つようになります。ほかにも、自分の担当業務が商品やサービスでどんな役割を果たしているのか、そして、これらの商品が世の中でどう役立っているのかをメンバーに理解させることが有効だと、トレーナーの阿世知寛は言います。
「リーダーの中には、メンバーは組織の駒として働いてくれれば十分と考える人がいます。また、メンバー自身も、作業の意味を知ろうとせずに、与えられた仕事をこなすだけの人がいます。しかし、それだと仕事は単なる作業に過ぎず、やる気が起こりません。
私の場合、トヨタ時代はエンジン部品を鋳造する木型製作を担当していました。それはたくさんある工程の一部に過ぎません。しかし、世界がまだ見たことがないであろう新車開発のための木型製作に携われたときには、とてもうれしくて興奮しました」
学ぶ機会を与えることも効果的
同様に、やる気につながるという意味では、学ぶ機会があると、仕事への意欲が刺激されるので効果的です。
トレーナーの田中時男は、展示会にメンバーを積極的に参加させていたと言います。
「たとえば切削加工の現場の場合、ドリルの技術は日進月歩で、現場の作業者自身も知識やスキルのアップデートが必要です。メンバーに新しい技術に興味を持ってもらうため、工業展などの展示会に参加させて最新情報に触れる機会をずいぶんとつくりました。
単に見学するだけでなく、出展者から試供品などを借りて、実際に試し加工をしてレポートにまとめ、導入した場合の条件を決めるなど、実務にリンクした勉強をしてもらいました。何らかのアウトプットがあるほうが、学びが深まるからです。
このような機会を設けておくと、他社商品を見たときにも『ここをうまく加工しているな』などと、関心を持って観察するようになり、仕事への興味が高まるのです」
仕事上での“気づき”を得るための土台づくり
トレーナーの山下輝幸は、初めに知識をつけておくことが仕事の中での気づきを生み、その気づきがさらなる勉強意欲をわかせると言います。
「トヨタでは、作業分析といって、作業中の動作をビデオに撮って、どれだけムダな動きをしているかなどをメンバー本人に見せ、その悪いところを認識させる手法があります。
しかし、その手法を知らない人に、いきなり映像を“動かぬ証拠”のように示してしまうと、大問題になってしまうでしょう。業務を改善するどころの話ではありません。
そのためOJTソリューションズの指導先では、まず座学の講義を行い、何がムダとなり、仕事の“あるべき姿”とはどういうものなのかを学んでもらうところから始めます。
そういう前提が整った状態で、撮影したビデオをみんなで見て、作業の中にムダな動きがないかを意見交換していき、ある程度、その映像の内容が理解できたところで、それぞれの担当現場における改善点をピックアップしてもらい、改善につなげます。
座学で事前に知識を得ておくことで、本人が、あるべき姿と現状とのギャップを自覚できます。つまり、「ギャップ=改善すべきところ」だと気づきます。
気づきがあると、『この場合はどうなのか?』などと疑問がわいてくるものです。もっと教えてほしいと質問に来る人もいます。そうなれば、しめたものです。そこですかさず『いいところに気づきましたね!』と認めて、ほめるのです。仕事に対する興味の高まりとほめられたうれしさがあると、勉強意欲は向上するものです」
本音を話しにくい関係性でメンバーのやる気を引き出した方法
主体性の度合いは、メンバーからの発言の多さからも、推し量ることができます。
仕事への関心が低ければ、黙って最低限の仕事をこなして、毎日終業時間を待つだけです。しかし、やる気があれば、自ずと発言は増えます。
山下は、「目的と手段」をはっきりさせることが、メンバーからの発言を引き出すと言います。
「トヨタ時代、ブラジルにTPS(トヨタ生産方式)の指導に行きました。そこで待っていたのは“怯え”と“拒絶”です。日本からトヨタのアドバイザーが来るというのは、向こうからしたら怖いわけです。怖いから、自分たちの悪いところは見せない。いつも虚勢を張り、工程の改善点などを指摘しても、言い訳ばかりで受け入れないのです」
そこで、山下は、「目的と手段」を念頭に、こう話したと言います。
「目的と手段」をはっきりさせる
「私はTPSの取り組み方について、みなさんにお伝えできます。でも、日本のやり方ではなく、ブラジルらしいやり方で、メイド・イン・ブラジルのTPSをみんなでつくり上げたいと考えています。そのためにどうすればいいかをみんなで考えていきましょう」
つまり、「メイド・イン・ブラジルのTPSをつくること」を目的として示し、「そのためにどうすればいいか」の手段については、現地の従業員の自由なアイデアに任せたのです。それは、“組織としての強さ”にもなると山下は言います。
「リーダーが目的を示せば、メンバーがどんどん手段を考えてくれるようになります。
目的達成のための手段がたくさん候補として用意されているから、ひとつ失敗してもすぐ次の手段で挑戦できます。足腰の強い職場づくりにもつながるのです」