夜になるのが恐怖だった
――最初に不調を感じたのはいつごろですか。どんな症状だったのでしょうか。
2022年6月上旬です。人間関係のいざこざをきっかけに、不調を感じ始めるようになりました。
いちばんわかりやすい症状として出ていたのが「睡眠障害」です。
私は精神科医としてよく、患者さんから「眠れないんです」という訴えを聞いていて、睡眠障害というのは要するに「うまく眠れない」状態だという認識を持っていました。自分がそうなってみてわかったのは、単に「うまく眠れない」だけでなく、夜になるのがものすごく怖くなるんです。夕方くらいから、「今日は眠れるだろうか」と不安になっていました。
日中は仕事をしたりして人と接していますが、夜になると街が寝静まってどんどん孤独を感じるようになります。すごく怖くなるし、闇に吸い込まれていくような感覚になるのです。
でも頭では、「明日は車を運転しないといけないから、今日は寝ておかないとヤバいな」とか、「ちゃんと寝ないと、明日の診察に差し支えるな」とか、あれこれ考えて焦るし、余計に不安になってきます。そんな精神状態なので、結局なかなか寝付けず、少し眠ってもぐっすり眠れない。それが何日も続いて、日中も頭がボーッとするようになり、仕事に影響が及ぶ心配が出てきました。
また、きっかけが対人関係のトラブルだったこともあり、人と会うことにも恐怖心をおぼえるようになって、動悸や冷や汗がひどくなってきました。心がずっと重苦しい状態になり、食欲もなくなりました。
これが3週間ぐらい続いたところで、「これはいよいよヤバいな」と思い、6月下旬ごろに精神科を受診しました。
――井上さんは以前「メンタルヘルスに不調を感じても、精神科を受診することを躊躇する人が多い」と話されていましたが、ご自身ではどうでしたか。
私も正直言って、やはり躊躇はありました。でも、メンタルヘルスについての知識がある分、自分で「これは受診すべきレベルだな」という判断がつきました。ただ、一緒に働いている人に心配をかけたくないという気持ちがあって、自分の勤務先とは全く関わりのない病院をさがして受診しました。
そこですぐに投薬治療が始まり、1週間に一度、通院するようになりました。
通院やブログが心のよりどころに
――通院するようになって、精神状態はどのように変わりましたか。
病院に行く前、6月末のいちばんつらいときには、こういうしんどさが永遠に続くように感じて、これから良くなるというイメージが全く湧きませんでした。このしんどさを終わらせるためには、死ぬことも選択肢の一つなんじゃないかという考えも、うっすら出てくるんです。症状がひどくなると、それがどんどん前に出てくる。
受診したことは、もちろん「少しでもよくなりたい」という気持ちもありましたが、それよりも「このしんどさを1人で抱えるのは終わりにしたい」という気持ちが強かったです。
実際、病院に行き始めてからは、「今晩は薬があるから眠れるはず」「今はしんどいけど、来週病院に行くから、その時に相談しよう」と、薬があることや相談できる場所があることが心のよりどころになって随分楽になりました。7月、8月ごろは、まだまだ日中かなりつらくなる時があったんですが、そのおかげでそこまで闇落ちしないでいられるようになりました。
ブログは支えに、しかし攻撃する書き込みも
――昨年7月には、ご自身がメンタル不調であることをブログで公表されました。
仕事の関係者や普段から応援してくれる人に、何も言わずに急に活動が滞っていることに罪悪感もあったのでブログで公表したのですが、結果として1人で抱えきれないものを吐き出すことができて、楽になりました。それに、ブログを読んでくださった方からたくさんの温かい言葉をいただいたのも、大きな支えになりました。そういうこともあって、「死んで今のつらさを終わらせる」という選択肢は、時間とともにどんどん後ろの方に下がっていきました。
病院も、ブログという自分の居場所も、ブログを見てくださった方からの温かい言葉も、大きな心のよりどころになり、本当にありがたかったです。
メンタルヘルスの不調にいちばんこたえるのは、孤独や孤立でしたね。でも、私の不調を知ったたくさんの方が「本当にいつでも大丈夫なので連絡ください」「24時間いつでも話を聞きますよ」と言ってくださって、その言葉に本当に救われました。
とはいっても、特に夜になると孤独や不安を感じてふさぎ込んだりするんですが、やはり「夜中に電話するのはさすがにな……」と躊躇します。でも、「いつでも話を聞きますよ」と言ってもらえていると、「いざというとき頼れる人がいる」と思うだけで救われますし、実際に話を聞いてもらったこともありました。孤立や孤独からの逃げ道をつくっていただいて、本当にありがたかったです。
一方で、SNSの怖さも改めて感じました。心無い書き込みをしてくる人もいました。僕の場合は、普段からSNSで絡まれることも多いので、公表する時には多少覚悟はしていましたが、やはりダメージは受けますね。ただ、それ以上に、本当に多くの方が心配してくださって、温かい言葉に助けてもらいました。
※編集部註:初出時、SNSの書き込みについて事実と異なる内容がありましたので修正しました。2023年1月27日10時30分追記
「見られている」「批判されている」と思ってしまう
――病気になってみて、気付いたことはありますか。
通院し始めた頃は、絶えず周りの人から見られているのではないか、陰口を言われているのではないかと思うようになっていました。もちろん実際は誰も見ていないし、指を差しているわけでもありません。それなのに、たとえば病院の待合室にいると、そこにいる人から「あいつはメディアで偉そうなことを言っているのに、自分が病気になっているじゃないか」と思われているんじゃないか、誰かに写真を撮られてネットで公開されるんじゃないか、などと考えてしまうのです。
こういった症状は、おそらく僕がこれまで接してきた患者さんにもあったのではないかと思います。しかし普段の診療では、「眠れない」「集中できなくて仕事に支障が出る」など、日常生活の中で困っている症状について話すことが多いので、こうした悩みというのは、あまり話題にならなかったように思います。でも、メンタルヘルスの不調を抱える人の中には、同じように「会社の人や友人に、病院に入るところを見られているんじゃないか。批判されたり、揶揄されるのではないか」という考えに左右される人はたくさんいるのではないかと感じました。
僕の場合はメンタルヘルスに関する知識があった分、俯瞰的に自分を見ることができ、こうした思い込みは症状の一つだと理解できましたが、そうでなければ、いつも周りから見られている、指差されていると信じてしまうかもしれません。
先ほど、精神科を受診することを躊躇する人は多いという話がありましたが、確かにメンタルヘルスの不調や精神疾患に対するスティグマ(負の烙印。周囲からネガティブなレッテルを貼られること)はありますが、実は自分自身の意識がそれを大きくしている部分があるようにも思いました。
「病人らしくふるまわないと」という思い込み
それから、通院や投薬などで少しずつ回復傾向になってきた頃に、周りから「病人は病人らしくしておけ」と思われているような気がして、あまり笑ったりしてはいけない、病人らしくふるまわないといけないのではないかと思うことがありました。これも「ずっと見られているのではないか」という思い込みと似ていますね。
これまで僕が診てきた患者さんにあてはめて考えると、メンタルヘルスの不調で休職していた人が復職した後も、同じように感じるのではないかと思いましたね。何か楽しいことがあったり、冗談を言われたりしたときに笑うと、「大したことがなかったんじゃないか」「病み上がりのお前が笑うなよ」とほかの人に思われるような気がしてしまうのではないか、と。実際、復職される患者さんに聞いてみたところ、「ものすごくある!」と同意されました。
こうしたことも、自分が病気になってみて初めてわかりました。大きな気付きになりました。
まさか自分が不調に陥るとは
――現在の体調はいかがですか。
一番悪い時期は脱しましたが、今も定期的に通院し、薬を飲んでいます。
こんな経験はもうしたくありませんが、単に「ひどい経験だった」で終わらせたくはありません。何か少しでも、学びになる経験だったと思えるよう、とらえ方を変えたいと思っていますし、今ようやく、そんなことを考えられる段階に入ってきた感じです。
振り返ってみると、まさか自分がメンタルヘルスの不調に陥るとは想像もしていませんでしたが、やはりあらためて、誰がなってもおかしくないと思いました。
人間関係に限らず、誰でもなんらかのストレスを受けることはあります。ですから、急に大きなストレスがかかったときに、ポキッと折れてしまわないよう、普段から心身のコンディションを整えておかなくてはならないと痛感しました。
今は、ずっと100%の力で走り続けるのではなく、手を抜くべきところは抜く、休むべきときは休む、など、生き急がないように自分への負荷を減らすことを考えるようになりました。
一人で抱え込まずSOSを
――改めて、メンタル不調に陥った人に伝えたいことは?
不調を感じたら、一人で抱え込まず、早めにSOSを出してほしいです。
私の場合は、もちろん薬の効果もありましたが、薬だけでは解決していなかったと思います。病院に行くことで、主治医の先生に心のつらさの話をして一人で抱えなくてもよくなったことが本当に大きかったです。
病院に行くことは、SOSを出すことの第一歩になりやすい。精神科医の受診でも、カウンセリングでもいいので、早めに専門家とつながってほしいと思います。