Q. なぜジョブ型が検討されている?
A. 人材不足を補う人材活用と多様化がまさに経営課題に
実は、「ジョブ型」は日本でつくられた言葉。欧米では、ジョブ型が当たり前の雇用形態なので、そうした言葉はないのです。戦後、日本は「職務給」として製造業や鉄鋼業がジョブ型に転換しようとした時期がありましたが、日本の働き方や労働組合の理念と合わず広まりませんでした。
ではなぜ今、ジョブ型が再び注目されているのか。それは時代の変化と日本が抱える社会問題からです。世界一といわれる少子高齢社会による労働人口の急激な減少。大量雇用され、高度経済成長を経験した世代は、今や賃金が上がり企業経営に重くのしかかっていますが、経済は低成長のままです。その一方で、経済活動のグローバル化やITによるビジネスの高速化・複雑化など、日本には時代に追いつかなければいけない課題が多くあるのです。
また、海外展開やダイバーシティを踏まえた採用を考えたとき、日本だけの制度をいつまでも使い続けるわけにはいきません。日本でもジョブ型を取り入れている先進企業は、日立や資生堂などやはりグローバル企業が多いです。
こうした問題は、今や企業に大きく影響し、多様な人材の確保や人材活用、人件費のコントロール、評価制度の見直しなどがまさに経営課題になっています。
企業がジョブ型を導入することによって、年功序列で「仕事をしないのに給料がいいからずっと居座る」という悪習を断ち切るとともに、専門性志向の高い人を集めようとしています。しかし、日本企業はこのようにジョブを明確にする一方で、新卒一括採用やいくつかのジョブ(職種や部署)を経験する「ジョブローテーション」も引き続き活用していくでしょう。そうしてジョブ型のエッセンスをいいとこどりし、「脱・年功」を実現しながら専門人材を集めようとしているのが今の日本の「ジョブ型」です。
Q. ジョブ型はこれまでの日本の雇用とどう違う?
A. ポジションが人ではなく職務にひもづくようになる
これまでの日本は、一般職や総合職など大きなくくりで採用し、その後は社内で必要とされている職種や部署に配置される「メンバーシップ型」雇用でした。人に仕事をつけることを軸にしています。「ジョブ型」は、職務と雇用をより具体的にひもづけます。職務に対して「ジョブディスクリプション(JD)」で職務内容を明確に定義します。
人事の中でもよく誤解されていますが、ジョブ型は、成果主義とは別のものです。その職務に就いている時点でその人の能力が一定あると評価されます。単純なジョブほど、評価で処遇を変えることはありませんし、複雑なジョブほど成果と処遇を強くひもづけます。そのため、ジョブ型は、大本の人事制度だけ変えればいいという問題ではなく、企業内の評価制度、昇給制度、組織編成、人材育成なども併せて変えていく必要があります。
複数の部署を経験させ、どんな部署でも仕事をこなせるゼネラリストを広く育ててきた日本の企業ですが、ジョブ型ではいわゆるスペシャリスト育成に力を入れます。採用も、専門スキルと経験を持った中途(キャリア)採用が増えていきます。
しかし、これはあくまで“日本版”ジョブ型雇用。これまでの新卒採用や定年までの雇用確保も残っていくと思われ、欧米のようなジョブ型の典型的な働き方とは一線を画したものとなるでしょう。
Q. ジョブ型は私たちの働き方にどう影響する?
A. 専門を磨くか経営へ上がるか、キャリアパスを描く必要あり
採用の時点で行うべき職務が明確にされ、あまり異動の対象にならない点で、実は中途(キャリア)採用は日本でもすでにジョブ型に近いものでした。しかし、転職後に「入ってみたら同じ業務でも長く会社にいる人のほうが給料や昇進に有利」というのは日本企業あるあるでした。一方、ジョブ型の人事を選ぶ企業では、これまでより明確に職務が定義され、専門的職種についての昇進テーブルが整備されていっています。
そのため、専門性を極めたい、特定の職種を極めたい人は、ジョブ型企業への転職でキャリアを生かすことができるでしょう。社内でさまざまな経験がしたければジョブローテーションや公募を上手に活用し、チャレンジできる企業も増えています。これまでゼネラリストのみが幹部層へと出世していく構造についていくことが難しかった女性たちにとってはチャンスともいえます。
ただし、日本企業のジョブ型の狙いは、「脱・年功」。年齢や年数に比例して賃金が上がりにくくなります。自分から成果のアピールをしたり、専門性を高めてやりたいジョブへ手を挙げていく姿勢も必要です。また、社内でやりたいジョブのポストが空いていないならば、他社の同様のジョブへの転職を検討する意欲や情報収集力も求められます。
あらためて自分自身がどんなキャリアパスを進みたいか具体的に描き、自ら努力し、動いていく人こそが、ジョブ型を生かして“稼げる”人になっていけるでしょう。
※2022年9月8日時点での情報です。
パーソル総合研究所 上席主任研究員
上智大学大学院総合人間科学研究科博士前期課程修了。労働・組織・雇用に関する多様なテーマについて調査・研究を行っている。専門分野は人的資源管理論・理論社会学。
ジョブ型実例①【資生堂】
キャリア自律を促し、世界での活躍を後押しする
2022年、創業150周年を迎えた老舗、資生堂がジョブ型人事制度を全社導入(美容職・生産技術職は除く)したのは2021年1月のこと(管理職向けには15年に導入済み)。
資生堂は、ジョブファミリー(JF)というグループ分けを中心とした独自のジョブ型を導入している。
まず各社員は約20領域あるJFのどれかに所属する。JFは、たとえば、セールス、IT、経営戦略、品質保証、HR(人事)、研究開発などであり、キャリアおよび専門性の軸となる。各社員は自分が所属するJFにおいて、職務内容と役割ベースで決められたジョブグレード(JG)によって格付けされる。JGは一般社員は4段階、管理職は6段階で、計10段階ある。
「格付けは、その人がどんな職務遂行能力を持っているかではなく、どんな職責と役割を担っているかで判断します」と話すのは、同社人財企画部長の田中順太郎さん。
格付けのものさしが「人」ではなく、「職務(ジョブ)」になっていることに留意してほしい。「できる人」ではなく、「大きな職務を担っている人」ほど、JGが上になるのだ。
そのうえで、各社員が担う職務内容や必要なスキルはジョブディスクリプション(JD)として明示されているが、それは組織の最小単位であるグループ(課)単位でのものとなっている。「当社の社員は日本だけで約2万3500人、全世界で約4万人います。うちは組織変更が多く、各自にJDを提供するとなると、書き換えだけで大きな手間になりますから、課単位での作成にとどめています」
もう1つ、そのグループごとに、ファンクショナル・コンピテンシー(FC)を定めた。職務遂行に必要となる専門能力やスキルを明文化したものだ。
異動が忌避されない工夫も
これらJF、JG、JD、FCが同社のジョブ型人事制度の重要パーツとなる。では、評価、採用、異動、キャリア開発の各場面でどのように機能するのか見ていこう。
まず評価。本人が所属するJGにふさわしい成果を発揮しているかどうかが4段階で示され、給料もそれに応じて決定される。グレードが上がる、つまり、より大きな職務を任せてもらうためには、FCも十分に発揮していなければならない。
採用に関しては、まず中途採用はJFごとに行われている。「そもそもジョブ型は中途採用に親和性の高い仕組みです。JDもしっかり整えられ、より多くの優秀な人材が集まりやすい仕組みになっていると思います」
問題は新卒で、日本の場合、配属先を決めない総合職という呼び名の採用が一般的だが、資生堂は部分的にジョブ型を導入した。「当社では総合職という名称は残しつつ、研究開発、財務・経理、生産、マーケティングといった分野では、JFをあらかじめ決める、いわば配属先確定採用を行っています」
社内の異動については、基本的に本人の意思が尊重される。社内公募制度が整えられているJF間で異動する場合、たいてい未経験の業務に就くため、JGが下がることになるが……。「もしそうなると、異動が忌避されてしまう。それは会社として困ります。明確に期間を定めているわけではありませんが、異動後も、一定期間はJGは変わらないというように運用しています」
欧米企業でのジョブ型人事制度では社内異動はほぼないが、日本企業は頻繁にある。先のJDにしろ、こうした異動後のJGの取り扱いにしろ、さらに専門能力を意味するFCという概念にしても、資生堂の仕組みは欧米型と日本型をうまく融合しようとしているのだ。
同じJF内のグループ異動もある。たとえば、人事の場合、採用、報酬管理、組織開発、そして各部門の人事戦略の策定と実行に携わる専門人事(HRBP)といったように異動し、さまざまな経験を積むことによって、一人前になっていく。その際、やるべき仕事と必要なスキルはJDという形で、明確に提示されている。
「ジョブ型導入の目的の1つが社員のキャリア自律を促すこと。各自が自分のキャリア開発プランを毎年作り、年初、中間、年末と年3回、上司と対話するようにしています。そこで重要になるのは、自分はこんな仕事がしたい、こんな形で組織に貢献したいというキャリア・アスピレーション(大志)です。上司もそれに応えて、それぞれの部下の成長を意識しながら、仕事の割り振りを考える必要があります」
育休など個別事由をハンディにしない
このジョブ型導入の目的がもう1つある。年功序列の排除である。以前の職務遂行能力を基盤とした制度では、あるグレードから次のグレードに上がるためには、一定以上の評価を数回連続して獲得しなければならなかった。「累計昇格ポイント制といって、いくら優秀な成績を上げても、昇格するのに7、8年かかりました。今回はそれをなくしました。仕組み上は毎年昇格することができますし、女性社員が産休や育休で休職しても、不利になりません。もちろん男性もです」
このJGは全世界の資生堂に適用されるが、JGを決めるものさしが3つ並立していたところ、22年1月に統一され、晴れて資生堂グローバルの仕組みとなった。自分の専門性を磨きながら、日本のみならず、世界で活躍したい、という人は挑んでみてはどうだろうか。
ジョブ型実例②【KDDI】
日本型人事の良さを残しながら、プロを創り、育てる
携帯3社の一角、KDDIも人事制度改革に乗り出した。2020年8月、部分的な運用が始まり、21年4月に総合職に導入された「KDDI版ジョブ型人事制度」である。
ジョブは日本語でいうと「職務」だが、「KDDI版ジョブ」とは資生堂と同様、それより広い「専門領域」を意味する。具体的には、現在は30の専門領域が定められており、営業でいえば、コンシューマ営業、法人営業、営業支援、エンジニアでは、衛星・海底ケーブル系ネットワークエンジニア、建設ネットワークエンジニアといった具合。マーケティング、人事、アカウンティング(経理)といった部署名がそのまま名称になっているものもある。専門領域とグレードごとに、職務や必要なスキルがジョブディスクリプション(JD)として明示されている。自らの専門領域を決めるのは本人だ。
今回の改革では「上から統制する」という意味合いの強い管理職という名称がなくなった。その代わり生まれたのが経営基幹職である(それ以外の正社員は基幹職となる)。
経営基幹職の要件は2つあって、1つは部下を持つリーダーであること。もう1つが自身のジョブにおいて、社内で卓越したエキスパートであること。
執行役員人事本部長の白岩徹さんが説明する。「これまでの管理職は、試験を受けて合格すると、その地位にとどまり続けることが可能でした。場合によっては、部下なし管理職という存在が許されていたのです。役職というより身分という意味合いが強かったといえるでしょう。それができなくなった。今年は経営基幹職だった社員が来年は基幹職になるという『入れ替わり』があるということです」
若手でも早い昇進が可能に
しかも、これまでは新入社員が管理職になるまでに最低8年が必要だった。上のグレードに昇進するには、その下のグレードごとに、滞留年数が決められていたからだ。「今回はそれをなくし、新人でも最短2年で経営基幹職への登用が可能になりました」
経営基幹職は、従来の管理職のような地位ではなく役職を意味し、しかも実力があれば、年齢や勤続年数を問わず就くことが可能。男性はもちろんだが、腕に覚えのある女性にとっても大きなやりがいにつながるはずだ。
「女性には出産や育児といったライフイベントがあり、休職や短時間勤務を余儀なくされる時期があります。以前の年功序列のシステム下においては、それが不利に働き、管理職となると、男性の割合が圧倒的でした。実際には、部下を持つリーダーになりたいという女性も、ある専門領域のエキスパートになりたいという女性もそれぞれいると思います。新しい制度では、その両方に活躍の場を用意しています」
成果、行動、人間力も評価項目に
DDI、KDD、IDOの3社が合併し、KDDIが誕生してから約20年が経過した今、なぜこうした人事改革に乗り出したのか。白岩さんによれば、事業の多様化と人材(人財)の流動化、若者のキャリア意識の伸長という複合的な要因が重なり合っているという。
「われわれは主力の携帯電話事業から、金融、エネルギー、電子商取引といった異分野に積極的に進出しています。そこで活躍しているのは、キャリア採用で入った自身の専門領域、すなわちジョブを持ったその道のプロたちです。10年前と比べ、その数は20倍に増え、毎年の新入社員の数をすでに上回っています。この人たちに存分に力を振るってもらうためには、従来型の年功制はふさわしくない。しかも、今の若者は新卒でもキャリア意識が鮮明です。自分のジョブを意識し、入社前から配属先が決まっているWILL採用が22年は新卒全体の半数を占めています」
今回の人事制度のコンセプトは「プロを創り、育てる制度」だというが、プロといっても、すご腕の一匹狼のような人材を求めているわけではない。それは、あわせて創設された新たな評価制度に表れている。仕事の「成果」とそれを高めるための「挑戦的な行動」は当然だが、安定的な成果を出すための土台となる「人間力」もあわせて評価される。具体的には上司・同僚・部下からの360度評価が大きな鍵を握る。
ジョブの転換ももちろん可能だが、未経験の場合、その仕事を本当にこなせるのか、不安に駆られるケースもあるはずだ。その場合に役立つ、社内副業制度という格好の仕組みが20年6月から始まっている。自ら志願する形で、グループ会社含め、担当外の社内の仕事に全就業時間の2割で関わることができる。直接的な賃金は支払われないが、その成果は評価の対象になる。「ジョブ型人事制度にあわせて創設されたものではありませんが、結果として、自分のジョブを見つけ、磨くための仕組みとして機能しています」
欧米のジョブ型では能力評価は行われない。あくまで職務記述書に書かれた仕事の遂行具合が評価対象となるが、資生堂もKDDIも、コンピテンシー(資生堂)や人間力(KDDI)といった能力面での評価が加わる。さらに欧米型では従事している事業が消滅したら職を失うが、資生堂、KDDIともに事業が消滅した場合でも解雇されない。両社のジョブ型は、年功制の排除はともかく、従来の日本型人事の大きな枠組みは変えず、社員に自身のキャリアに関する意識をより鮮明に持たせるようにしたものだといえる。