※本稿は、井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)の一部を再編集したものです。
病気になった理由を考えてしまう
理由を延々と考えてしまいます。
これまで一緒に過ごしてきた人が、精神疾患の診断を受けたとき、家族は、「どうして?」と思うものです。「自分のせいだろうか」と考えてしまいます。
正直に言えば、家族の関係性に問題があって、精神疾患に陥ってしまう患者さんも確かにいます。場合によっては治療の一環として、家族と引き離すことが最適解になることがないとは言えません。
ただ、我が子やパートナーが心を病んだとき、「自分のせいかもしれない」と考えて罪悪感を抱くのであれば、関係を修復できる可能性は高いというのが、私がこれまで精神科医をやってきて感じたことです。
だから、患者さんに対して不適切な関わり方をしてこなかったかどうか、一度振り返ってみることには意味があると思います。問題があっても、なくても、それを認識できるのはいいことです。
親子でも夫婦でもある「過干渉」
親子関係にも夫婦関係にもありがちなのは「過干渉」。
相手が望まないことを先回りしてあれこれやったり、「あれをするべき」「これをしたほうがいい」と何かと押し付けたりするのです。気の弱い人や断れない人は、かなりのストレスがかかるでしょう。
「自分のせいかも」と思わずにいられない人は、自分のこれまでの関わり方を振り返って、患者さんに対して過干渉になっていなかったか、確認してみてください。患者さんにも直接、ストレスを感じたことはなかったか、対話で確かめてみるのもいいことです。
原因を探るのはやめたほうがいい
もっとも基本的には、家族が病気になった原因を探ろうとしても、あまりいい結果にならないことが多いのです。
自分の行動の中に原因がないか振り返り、反省して、そこで終わるのなら構いません。しかし、大半の家族は、外に原因を探りたくなるものです。家庭の中ではなく、仕事や外での人間関係に理由があってほしいのです。そこには、患者さんを心配する気持ちがあるのは確かですが、もう一つ、大切な人が心を病んでしまったことに対する怒りの矛先を探しているのが本音ではないでしょうか。
気持ちはわかりますが、それはやめておきましょう。その怒りは持っていき場のないものとして心に溜まるからです。
自分にも温かい言葉をかけて
患者さん本人が、会社でのストレスや人間関係の軋轢について語りたがっているときは、しっかり耳を傾けてあげてください。上司にネチネチ言われていたのかもしれないし、同僚に仕事を押し付けられてオーバーワークだったかもしれません。溜まりに溜まったそのストレスが、話すことで少しずつ軽くなっていくものです。
このとき、患者さんから話を聞いたご家族は、
「悪化する前に、できることがあったんじゃないか」
「気づかなかった自分が、悪かったのではないか」
と、後悔し、罪悪感で押しつぶされそうになるかもしれません。
でも、考えてみてください。もし、あなたの友人の家族が心を病んでしまったとき、その友人に対して、
「あなたが気がつかなかったから病気になったんじゃないの?」
と言うでしょうか? 絶対に言いませんよね。
「あなたのせいじゃないし、きっといろんな要因が関わっているんじゃないかな」
という温かい言葉をかけるでしょう。同じ言葉を自分自身にもかけてあげてください。
子どもにはどう伝えるか
きちんと理解できるようになるまでは、隠しておいたほうがいいのでしょうか。
親御さんの病気についてお子さんにどう伝えるかは、とても難しい問題です。この質問をされたとき、私は「9歳の壁」のお話をします。
子どもの発達過程において、相手と自分自身を切り離し、客観的に物事を捉えることができるようになるのは、9歳からだといわれています。もちろん個人差はありますが、9歳以降であれば、病気の事実を無理に隠す必要はないでしょう。今起きていることをきちんと言葉を選んで説明すれば、わかってくれる可能性が高いと思います。
それに9歳にもなれば、詳しく説明されなくとも、家族が何らかの理由で苦しんでいることに気づくでしょう。精神疾患はケガと違い見た目はいつも通りですが、ずっと布団で寝ている様子だったり、反対に興奮して落ち着かない様子を目にすれば、何かが起こっているとわかります。だから、
「ちょっと疲れてるだけだよ」
などと曖昧にごまかすよりは、
「今、お父さんは病気にかかっていて、よくなるためにゆっくり休んでいるところなんだよ」
と、わかりやすい言葉で本当のことを説明してあげてください。
子どもは空気を読んでいる
説明した上で親として十分に気をつけてあげてほしいのは、お子さんは空気を読むということです。
精神疾患の親と生活しているお子さんは、小学生でも中学生でも、一体どこで教わったのか、不思議と事情を隠すものです。宿題をしていかなかったり、忘れ物が増えたりして先生に事情を聞かれたとき、患者さんのケアに手一杯で家族が子どもの世話にまで手が回っていないとか、そういう状況だから上の子が下の子の面倒を見ているとかの事情があっても、本当の理由を子どもは話しません。大人が作った偏見や差別に、子どもが巻き込まれてしまっているケースが少なくないのです。
だから親のほうから、
「誰かに助けてもらっていいんだよ」
「何か聞かれたら、事情を話して大丈夫だよ」
と、伝えてあげてほしいと思います。先生や、おじいちゃんや、おばあちゃんや、別の大人に頼っていいよ、SOSを出していいよ、と教えてあげてください。
患者さんのケアには、思いのほか時間を取られます。サポート側が仕事や家事を一手に担うことになれば、お子さんに構ってあげられる時間はさらに限られてしまいます。全部を完璧にしようとするのは無理なことです。手が届かない部分が出てくることは、もう仕方がありません。
ただ、事情をわかってくれる人がいれば、手が届かない部分を別の大人に助けてもらうことはできます。誰かに頼ることを、親である自分自身にも許してあげてください。お子さんのためにも、サポートしてくれる大人の手はできるだけ多いほうがいいのです。
小さい子には時間を短く区切って触れ合う
お子さんがまだまだ幼い場合には、親の体調が悪くてぐったり横になっていても、我関せずで近寄っていってしまいますよね。
もし、患者さんにお子さんの相手をする余裕があるなら、無理のない程度に触れ合う機会を作るのは、親子にとってもとても素晴らしいことです。ただ、患者さんの限界がどこでくるかわかりませんから、
「お母さんは体調が悪いから、15分だけだよ」
と、横からでもいいので時間を短く区切ってあげてください。患者さんから子どもに伝えるのはつらいでしょう。一緒に過ごしたいお子さんの気持ちを少しだけ満たしてあげつつ、短時間だけという条件をつけることによって、患者さんも安心できます。
「15分なら相手をしてみよう」
と、お子さんに対して向き合いやすくなります。患者さんだって、お子さんがかわいい気持ちに変わりありません。ただ、心身の疲れから相手をしてあげる余裕がないのです。15分経ったら、お子さんを連れて離れてあげてください。
優先順位が最も高いのは、家族の生活
精神疾患の家族をケアするとき、重い負担としてのしかかってくるのが、患者さんが果たしていた役割を補い、今まで通りの日常生活を支えることです。
もともとパートナーと二人で担うはずだった家事と育児を一人で負担している上に、家計を支えるための仕事もしているのであれば、患者さんのために使える時間がかなり限られてくるのは仕方がありません。
ときにドライな対応になったり、目配りができないこともあって当然です。
それでも、家族の日常がなんとか支えられているのなら、十分だと受け止めましょう。優先順位が最も高いのは、家族の生活です。
低空飛行でも、飛び続けること
患者さんに構ってあげられないことを申し訳なく思うかもしれませんが、大変な重圧の中でも、自分の健康と家族の生活を維持できている事実は、必ず患者さんのケアにつながります。
見方を変えれば、あなたの生活が破綻した時点で、患者さんのケアなど誰もやりようがなくなるのです。
たとえ、周りから、
「奥さん、ほったらかしにされてかわいそう」
と言われることがあっても、罪悪感を持つ必要はありません。
生活の何もかもが、あなた一人に重くのしかかっている状態ですから、当然、仕事はセーブしないとやっていけないでしょう。子育てにも手が回らない部分があるに違いないし、家事だって完璧とはいかないはず。それでも生活ができているなら大丈夫です。自分に合格点をあげてください。
たとえ低空飛行であっても、飛び続けることが肝心なのです。
そして、すでにギリギリの生活を、それでも維持していくために、患者さんの望みに応えられないことがあっても仕方ないと割り切る覚悟を持ってください。
自分を許すための言い訳にする
もし、患者さんに構う余裕がない罪悪感をなかなか手放せないときは、患者さんと関わる時間を増やすために今できることをやってみましょう。
たとえば、会社に事情を伝えて、部署異動や配置換えなどを配慮してもらえるならお願いしてください。仕事量を減らしてもらったり、時短勤務に切り替えてもらったり、できることが何かあるはずです。
こうした対策を取ることで、実際に時間的にも余裕を作れるかもしれません。さらに、あなた自身の罪悪感を和らげる要素にもなります。
「もうやれることは、すでにやっている」という事実が、あなたを守る免罪符になるのです。相手にドライな対応をせざるをえないとき、そんな自分を許すための言い訳にしてください。
ですから一度、事情を会社に相談してみる価値はあります。会社によっては何の手立ても講じてくれない場合もありますし、前例がなくて話がうまく進まないこともありえますが、たとえ結果は振るわなくとも、「相談をした」という事実が重要です。
我慢の上に成り立つ献身は続かない
患者さんのために能動的に動き、さらに外に事情を話すことで家庭が開かれます。停滞していた状況に風穴をあけるきっかけは、こういうところに隠れています。
注意してほしいのは、患者さんに罪悪感を覚えているタイミングで、一人で「大きな決断」をしないことです。相手のためにという気持ちから、仕事を辞めたり、引っ越しをしたり、大金をかけて何かをしたりしないでください。
「相手のために」を理由に起こした行動の根底には、必ずあなたの「我慢」が隠れています。我慢の上に成り立つ献身は、続くものではありません。却って大きな負の感情を連れてくることは知っておいてください。