※本稿は、井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)の一部を再編集したものです。
無理をしない範囲で、励ましたりせず見守る
一体何をどうするのが正解なのでしょうか。
メンタルヘルスに不調がある人と接するとき、どのような心づもりでいるべきなのか、ケアするご本人は非常に頭を悩ませるようです。
患者さんをサポートするご家族に、基本的なこととして守ってもらいたいラインの一つは、励ましたりせずに見守るということ。日常生活の中で、本人の負担になってしまうようなことは、できるだけ取り除いてあげてください。
世の中では、優しく、温かく、寄り添い見守るというのが、いわゆる理想の対応である、とされています。確かにそれはある種正しい対応方法です。
しかし、現実の生活の中で理想を徹底できるかというと、難しいと言わざるをえません。
ですから、あくまで自分のできる範囲でいいのです。
無理はしないのが、ケアする側の大原則。
その上で、見守ってあげてください。
ただ、心の病気がやっかいなところは、患者さん本人以上にご家族が、症状について理解し、現実を受け入れるように求められるという点です。自分の疾患を受け止めきれない患者さんは多くいますが、ご家族はそれにつられないでください。
患者さんの回復には、何よりご家族の理解とサポートが欠かせません。病気について、病院について、先回りをして情報を集めるなど、患者さんの代わりにできることを率先してやっていく姿勢が求められます。
本人に愚痴を言わない
自分に余裕のあるときなら、病気を受け入れて寄り添うこともできるでしょう。しかし、長き闘病生活の途中には、疲れや不安から患者さんを気遣う余裕がなくなるときもきっとあります。仕方のないことです。
たとえ受け入れる余裕がなくなったとしても、絶対にやってはいけないことがあります。それは、患者さんに対して苦言を呈することです。
「寝てばかりいないで、体を動かしなさいよ」
「あなたのせいで、こっちがどれだけしんどい思いをしてるか、わかってる?」
「たまには家事の一つもやってくれない?」
そんなふうに思うのはいいのです。しかし思っても、本人に向かって口に出してはいけません。あなた自身がどれだけつらくても、患者さん本人にだけは言わない、という一線は必ず守ってください。
思うのはOK、本人に言うのはNG
心の中でなら、いくらでも文句を言ってください。患者さん以外の人に愚痴を言うのは一向に構いません。構いませんが、直接的にも間接的にも、愚痴が本人に届いてしまうのは避けなければいけません。
面と向かって文句を言ってやりたい気持ちが抑えきれないのなら、思いきって患者さんから離れましょう。症状がひどく悪化していないのであれば、1、2時間、家を空けて患者さんを一人にしても大丈夫です。自分が一人になって気持ちを落ち着かせたり、自分だけの時間を作って何かに熱中したり、患者さん以外の誰かに会って他愛もないおしゃべりをしたりする時間を、大切にしてください。
常に、100の力で患者さんと向き合う必要はありません。
自分の心の余裕に合わせて、ドライに対応する日があってもいいし、ほったらかしにしてリフレッシュする日があってもいいのです。そばにいてつい責めるような言葉を口にしてしまうくらいなら、離れたほうがよほどお互いのためになります。
吐き出せる場を持っておく
言いたい文句が限界まで溜まってしまったとき、愚痴を吐き出せる場所を見つけておくことも大切です。
親戚や友人・知人に頼れる人がいないなら、たとえば自分がカウンセリングを利用してみたり、全国にある精神保健福祉センターに相談してみるのもいい方法です。また、通っている病院で家族会などの催しがある場合は、参加してみるのもいいでしょう。
思いを吐き出し受け止めてもらえるだけで、心の余裕は少しずつ回復していきます。患者さんのケアだけに一生懸命になりすぎず、自分自身の心のケアも忘れないこと。とくに病気がわかってすぐは、家族が張り切ってしまいがちです。スタートダッシュになってしまわないよう気をつけましょう。
相手を直接責めてしまったら
夫が悪いわけではないとわかっているのですが……。
患者さんを責めないであげてほしい。
先の項目でも私はそう言いましたが、サポートするご家族だって人間です。ただでさえ、多くの負担を抱え押しつぶされそうになっているのですから、思いにブレーキが利かない日もあって当たり前です。
なぜ責めてはいけないのかというと、患者さん自身も家族に迷惑をかけていることをわかっているからです。わかっているし、どうにかしたいけれど、体も心もつらすぎて、どうしようもない状態です。
そこに打ち込まれる「あなたのせいで、こっちもしんどい」という言葉は、深く心に突き刺さります。
ただ、言ってしまった言葉はなかったことにできませんから、素直に謝ればいいと思います。
精神的な余裕がなくなる時もある
それは、自分の正直な気持ちでもあるのです。これまでは、ぐっとこらえてきた本音です。今回、うっかり漏れてしまった背景には、精神的な余裕がなくなってしまっているという事情があります。
患者さんもつらいけれど、サポートするご家族も追い詰められているのだということをお互いに共有し、話し合う時間を持ついい機会かもしれません。人間、いつでもどこでも優しくいられるわけではないし、すでに責めてしまったのですから、今後もまたうっかり責めてしまう日がこないとも限りません。
だから、自分にもイライラして感情がコントロールできないくらい余裕がないときもあると、知っておいてもらうといいと思います。
「今回はつい言ってしまって申し訳なかったけれど、今度イライラしてしまったときは、ちょっと外に出て気持ちを切り替えるね」
「私が『疲れた』と早く寝てしまう日は、心に余裕がないのだと思って」
などと、今後同じような状況になったとき、自分がどう対処していくつもりなのかを、患者さんに事前に伝えておいてください。
一次避難場所には「トイレ」がおすすめ
もっとも、基本的には責めないに越したことはないわけです。患者さんを責める言葉を聞かせないほうが、やっぱりいいのです。
もう今にも文句を言ってやりたくなっているなら、たとえばトイレにちょっとこもってみるのはどうでしょう。
家から飛び出せるなら、そうしましょう。ただ、身だしなみを整えたり、荷物を準備したり、戸締まりしたりと、出るまでにある程度の時間はかかります。そんな余裕もないくらい切羽詰まっているなら、身近にあって確実に一人になれるトイレがおすすめです。
トイレには、何でもいいので家族の記念品を置いておきましょう。結婚写真とか、子どもの七五三のお祝いに撮影した家族写真、みんなで旅行へ行ったときのお土産ものなどを置いておきます。家族の絆を象徴するものや、幸せに溢れていたときを思い出すアイテムがいいと思います。
イライラマックスの気分が少しだけクールダウンできるような、患者さんとのつながりを思い出せる何かを選んで置いてください。100をゼロにする必要はありません。本音を飲み込めるくらいの余裕が戻ってくれば十分です。
実際にトイレに逃げ込むような場面になったとき、思いのほか、クールダウン効果を実感してもらえるはずです。