家族がうつ病などの精神疾患になり「死にたい」と言ったら、どう対応すればいいのか。精神科医の井上智介さんは「ご家族は驚かれると思うが、そこで『死んじゃダメだ』と言うのはぐっとこらえてほしい。本人は、逃げ道を塞がれたように感じてさらに追い詰められてしまう可能性がある」という――。(第1回/全3回)

※本稿は、井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)の一部を再編集したものです。

薄暗い部屋で頭を抱えて座り込んでいる女性
写真=iStock.com/kitzcorner
※写真はイメージです

「死にたい」と言われたときはどう応えればいいのか

「もう死にたい」と言われました。
どうすれば……?

「死にたい」

と、患者さんがこぼしたら、

「打ち明けてくれて、ありがとう」
「言いにくいことを言ってくれて、ありがとう」
「勇気を出して教えてくれて、ありがとう」

と、応えてください。

ご家族はきっと驚かれると思います。頭が真っ白になって、嫌な汗が吹き出てきて、声が震えてしまうかもしれません。

「死ぬなんて、そんなこと言っちゃダメだ」

と、言いたくなるかもしれません。

でも、ぐっとこらえてください。そして、「死にたい」という気持ちを伝えてくれた患者さんに、感謝の気持ちを伝えてください。

私たち精神科の医師も同じように応えます。「死にたい」と人に言うのは、相当に勇気のいることです。心身ともに疲れきっている患者さんは、身を削る思いで「死にたい」と伝えてくれました。そのことに、まずは感謝しましょう。

「死んじゃダメ」は逆効果に

「死んじゃダメだよ」

という言葉は、逆効果になる可能性があります。この段階にきている患者さんにとって、死は、今抱えるつらさ苦しさを解決してくれる唯一の光のように見えているからです。薬を飲むより、睡眠を取るより、死ぬことが一番ラクになれる方法なのだと思えてならないから、「死にたい」と言うのです。

それなのに家族や医師が、「死んじゃダメだ」と言ってしまうと、患者さんは、

「しんどさから逃げるな」

と、逃げ道を塞がれたように感じます。そして、さらに追い詰められていきます。

井上智介『どうする? 家族のメンタル不調 』(集英社)より
イラスト=鈴木衣津子
井上智介『どうする? 家族のメンタル不調 』(集英社)より

「死にたい」は「死にたくなるほど、つらい」

患者さんの言う「死にたい」という言葉の真意は、

「今、死んでしまいたいほど、つらい」

ということ。

そのつらさを、いいとか悪いとか言うのではなく、ありのまま受け取ってください。感謝した後に言葉を続けるときは、患者さんを主語にして話しかけるのではなく、自分を主語にして話しかけます。つまり、

「あなたは、死んではいけない」

ではなく、

「私は、寂しいから死んでほしくない」
「僕は、あなたが生きているだけで幸せなんだ」

と、伝えることが大事です。これを「アイ・メッセージ」といいます。

伝えた後できることは、物理的にそばにいること。「死にたい」と言われたとき、どれだけ患者さんと一緒にいられるかが、非常に重要になります。

できる範囲で寄り添い、主治医に連絡を

ただ、仕事や家庭の事情によっては、それが難しいときもあるでしょうから、

「いつでも話を聞くからね」

という精神的なつながりを感じられるようにしておく必要があります。こまめに連絡を入れるとか、もし患者さんから連絡があったらすぐに対応できる状況を整えておくなど、できる範囲のことで寄り添ってあげてください。

それから、家にある自殺に使えそうな物は、徹底的に隠すか捨てるかしてください。包丁、カッター、はさみ、カミソリなど刃物類、それからネクタイやリボン、ベルト、ロープといった、細くて長いひも状のものも隠します。ベランダの鍵はしっかりかけて、できれば二重ロックにしておきます。

また、薬の管理を患者さんに任せておくと、一度に大量に飲んでしまう危険があるため、必ずご家族が管理するようにしてください。

もちろん、主治医には必ず伝えてください。次の診察日まで待つか、緊急性がありそうなら電話して事情を話し、診察日を早めてもらって付き添って受診してください。主治医の判断によっては、入院を検討することになるでしょう。

気分転換を促さない

「死にたい」という患者さんに、絶対にやってはいけないことがあります。それは、「気分転換しよう」と促すこと。

「旅行に行って気分を変えよう」
「音楽を聞いてみたらいいんじゃない」
「久しぶりに、実家の親に会いに行ってみる?」

などと、絶対に誘わないでください。

理由は、患者さんの死にたいほどつらい気持ちに、寄り添っていない一言だから。つらさを真剣に受け取ってもらえないという孤独感に襲われます。

悪気があって言っているのではないと、わかってはいるのです。日々、迷惑をかけているにもかかわらず、家族は自分を思って言ってくれている。だからこそ、患者さんは頑張ってしまいます。すでに枯渇しているエネルギーを最後の一滴まで振り絞って、その提案に乗ろうとします。

その結果どうなるかについては考え方がさまざまありますが、せっかく家族が気分転換に誘ってくれたのに、ちっとも楽しめない自分自身に罪悪感を覚える人も多いようです。楽しまなきゃいけないのに楽しめないというプレッシャーが、しんどさに輪をかけてしまうのです。

死にたい気持ちには、正面から向き合ってください。目をそらしたくなる気持ちはわかりますが、死なせないためには直視するしかないのです。「まぁ、別の楽しくなるようなことでも考えようよ」などと話をそらすようなことだけは、絶対に言ったりやったりしてはいけません。

そばにいるだけでいい

言葉が出てこないし、何をしてあげたらいいかもわからないなら、そばにいるだけで十分です。無理して声をかける必要もありません。ただそばにいて、話したいときは話を聞くよ、という気持ちが伝わればいいのです。つらいことをいくらでも吐き出せて、絶対にいつでも味方になってくれる相手がいることが、一番患者さんの安心材料になるのです。

もしかしたら、ただそばにいるだけしかできないことに、無力感を覚えるかもしれませんが、耐えてください。「死にたい」という人にとって、周りの何かしてあげたいという気持ちが、却って負担になる可能性が高いことを知っておきましょう。

自殺してしまうのではと不安

うつ症状のひどい家族が、自殺してしまうのではないかと不安で夜も眠れません。
どうすれば自殺を防げるのでしょうか。

他人の行動を、完璧にコントロールすることはできません。悲しいことですが、自殺を完璧に防ぐ方法はないのです。私たち精神科医であっても、力が及ばないことはあります。

患者さんの行動や言葉が、どこまで自殺の衝動とつながっているのか、それを見抜くのは非常に難しいのです。

自殺の危険性について考えるとき、私たち医師がまず確認することは、患者さんに自殺の危険因子がどれだけあるかという点です。たとえば、過去に自殺未遂をしているかどうかは、とても重要な情報といえます。

それから、身近な人、つまり近親者や友人・知人に自殺者がいるかどうかも、必ず確認します。自殺がその人の身近にあるかどうかで、危険度は大きく変わってくるからです。

性別も一つの要因です。実際、自殺者の数は男性が約7割と圧倒的に多く、自殺未遂者では女性のほうが多いことがデータからわかっています。

そして、年齢も大事なポイント。年齢が上がれば上がるほど、自殺率も上がります。テレビの報道では若い人が亡くなるケースが大々的なニュースになりますが、全体的な数字で見ると中高年男性の自殺が最も多いといえます。

あとは、近しいところで喪失体験をしていないか、という点もこまかくチェックします。

近しい人が亡くなるのは、喪失体験の代表的なものの一つ。家族、親類、ペットの死などは、心に大きく影を落とす一因です。離婚もあるでしょう。

病気によって仕事を失ったり、ギャンブルで大金をすっていたり、経済的に大きな損失を被ることも喪失体験に当たります。それから、訴訟問題。訴訟で金銭を失ったり、名誉を失ったりしているかもしれません。

こうしたポイントが、患者さんの「死にたい」という言葉の深刻度を確認するための手立てになります。

井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)より
イラスト=鈴木衣津子
井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)より

自殺のサインを見抜くのは至難の業

患者さんが自殺をはかったとき、ご家族は、

「自殺のサインはなかったのだろうか」
「もしかしたらあれは、自殺の兆候だったのかもしれない」

と、悩み苦しみます。しかし結局は、その悩みに答えを出すのは難しいし、一体何が自殺のサインなのか特定することはできません。言ってしまえば、ちょっとでも普段と違う行動をしていたのなら、それが自殺のサインである可能性は否定できないのです。

もっとも「普段と違う行動」が、ほんの些細な変化でしかないことも多いものです。ご家族にできることは、見守って、その変化を見逃さないことに尽きますが、そもそも予兆というものは、後からしか気づけないことのほうがずっと多いのです。だから、なぜ気づかなかったのかと、自分を責める必要はありません。

サインは些細でわかりにくい

ただ、自殺のサインとして典型的なものもあるので、いくつかご紹介しておきます。たとえば、急に大切なものを整理するなど、身辺整理を始めたとき。大事にしていたものを誰かにあげたり、借りたままになっていたものを返したり、部屋をきれいに片づけはじめたりします。

情緒が不安定になるのもサインの一つ。急に涙ぐんだり、妙にそわそわしていたり、ひどくイラついていたりという変化を見せることがあります。飲酒量が増えたり、すべてに投げやりな態度を取るようになったりするのも、よくある変化です。生きる気力を失うと、自分のことを大切にできないので、前から自転車がやってきても避けるようなことをしなかったりします。

他にも、自殺のことを口にしてみたり、ロープを買うなど準備をしたり、駅のホームに下見に行ったりしているケースもありますが、これは後からわかる場合も多く、見抜きにくいサインといえます。

正直なところ、後からなら何とでも言えるのです。そもそも、明らかにおかしい様子があれば、日頃サポートしているご家族が、患者さんを放っておくわけがありません。逆にいえば、自殺のサインとは、それだけ些細でわかりにくいものだということ。私たちにできるのは、注意深く観察することだけです。

もし自殺未遂を起こしたら

患者さんがベランダから飛び降りようとしたり、大量に薬を飲もうとしたりしたところを、からくも引き止められたとしましょう。落ち着いたようだし、とりあえずよかったと安心するのはまだ早いかもしれません。

井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)
井上智介『どうする? 家族のメンタル不調』(集英社)

自殺未遂を一度でも起こしたら、入院治療を考えるのが原則です。落ち着いているように見えても非常に危険な状態であり、ここで気を抜くと後々悔やむことになる可能性が高いので、入院させる方向に動いてください。

先にも言ったように、入院させるまでは多くの準備や手続きが必要で、時間がかかります。すべては家族が手配しなければなりません。

ただ、自殺未遂にまで症状が進んでいるのであれば、そうも言っていられない状況です。すぐに主治医に連絡しましょう。

夜中であってもすぐ受診を

たとえ夜中であろうと、受診するのをおすすめします。かかりつけ医以外でも構いません。全国の都道府県には「夜間休日精神科救急医療機関案内窓口」が設置されていますから、そちらにご連絡ください。ネットで検索すれば電話番号を確認できます。基本的には深夜でも対応してもらえますが、都道府県によって規定が異なるので、事前に確認しておくことをおすすめします。

電話をかければ、その日の当番になっている病院につないでもらえて、そのまま受診することができます。

すでに自殺未遂を起こしている場合は、いざ病院に向かうときは救急車を呼んでも構いません。あなた1人で自家用車を運転して、患者さんを病院に連れて行くのは危険です。運転中、患者さんが車から飛び出すリスクがあるからです。

どうしても患者さんと2人で行くしかないなら、タクシーを呼んでください。移動中は、患者さんの横に座ってきっちり捕まえておきます。可能なら、後部座席の真ん中に患者さんを座らせ、その両脇に人が乗って患者さんを挟み、3人並んで座るのがベストです。私たち精神科医が患者さんを搬送する場合は、絶対にドア側には座らせません。

自殺の衝動が一度出てしまったら、気を抜くことなく入院まで進めてください。