「食の欧米化」で閉経後の乳がんの割合が増加
国内における乳がんの罹患数は2019年で9万7812人。ここ30年で4倍に増加し、9人に1人が乳がんに罹患している計算です。乳がんは日本女性が罹患するがんの第1位で年間1万3000人が亡くなっています。
日本女性の乳がん罹患率は40代後半と60代後半の2つにピークを示す二峰性が特徴です。かつては欧米に比べて閉経後の乳がんが少なかったため、相対的に若年性の乳がんの割合が高かったのですが、近年は欧米のように閉経後の乳がんが増えています(図表1)。食生活の欧米化によって動物性脂肪の摂取量が増加したことや、少子化・晩婚化により女性ホルモンにさらされている期間が長くなっていることが背景にあります。
検診ではマンモグラフィに超音波検査をプラス
乳がんは罹患する人が多いですが、早期発見・治療で根治が期待できるがんでもあるため、定期的な検診が重要になります。しかしながら欧米の受診率が70〜80%なのに対し、日本の40〜69歳の乳がん検診率は44.9%(平成28年国民生活基礎調査)と50%にも満たない状況です。
国が推奨する乳がん検診は40歳以上を対象に2年に1回、問診とマンモグラフィです。ただし、高濃度乳房といって乳房の中の乳腺の濃度が高い人(アジア人の6〜8割が該当)は、マンモグラフィだけでは見逃しのリスクがあります。マンモグラフィの画像では乳腺も乳がんも白く映るので見つけにくいのです。高濃度乳房の人はマンモグラフィと超音波検査を併用するのが望ましいです。
マンモグラフィは人によって痛みを伴うことがあり、また、そうした情報が多く発信されることで検診率の低さにつながっている面もあります。しかし、最近は検査着を着たまま、乳房を挟むことなくうつぶせの姿勢で造影剤も使わずにMRIで撮影できる検査機器「ドゥイブス」や乳腺専用PETなども登場していますので、どうしても痛みが気になるのなら、導入機関を調べて積極的に受診しましょう。
自分の乳房に関心を持つ「ブレスト・アウェアネス」
検診に加えて大切なのが「ブレスト・アウェアネス」という新しい考え方です。これは日頃から自分の乳房に関心を持ち、乳房を意識する生活習慣のこと。以前から「自己触診」という言葉がありましたが、「自分でがんを見つけましょう」といわれると、心理的ハードルが高く面倒になってしまうものです。「普段の乳房と変わりがないか触ってみる」程度の心がけなら実践しやすいはず。気になる変化を見つけたら、医療機関を受診しましょう。
乳房をチェックするタイミングは月経開始から10日目前後がベスト。生理前は乳腺内が固くなり、しこりのように触れますが、生理が終わった後にしこりがなくなれば気にしなくて大丈夫です。生理が不規則な人や閉経後の人なら、月に1回、例えば自分の誕生日(1月1日生まれなら、毎月1日)にチェックすると決めておくと忘れにくいでしょう。鏡でもチェックして引きつれや陥没している箇所がないか、乳首から血液の混じった分泌物が出ていないかも見ておくと安心です。
1日3杯のみそ汁で乳がんを予防する
乳がんの発症リスクを高める生活習慣として、飲酒、喫煙、閉経後の肥満、運動不足が報告されています。エストロゲンは脂肪を材料として作られるため、閉経後の肥満も乳がんリスクを高めます。また、夜勤(不規則な生活)なども乳がんを増加させる可能性があります。
一方で、大豆食品を多く摂取するほど乳がん発症リスクが低くなります。みそ汁を毎日3杯以上飲む人は、ほとんど飲まない人に比べて乳がんリスクが4割低くなります。乳がんなどを引き起こす遺伝子の変異を持っている人でも、大豆食品をたくさん摂ると発症リスクが低くなるデータもあり(※)、イソフラボンには乳がん発症のリスクを下げる可能性があると考えられています。
(※)出典:Journal of National Cancer Institute 2003年95巻
リスク要因にまったくあてはまらないからといって、乳がんにならないということではありません。特に閉経後は乳がんリスクが高まるので、定期的な検診とセルフチェックは欠かさないようにしましょう。
がんのタイプごとに薬物治療の選択が異なる
もし検診で異常を指摘されたら追加検査を行い、がんが疑われる場合は細胞や組織を採取して診断を確定し、同時に乳がんのタイプを調べます。広がりや転移の有無を調べて、治療方針を決定していきます。検診で引っかかり、最終的にがんが見つかる人の割合は30人に1人くらいの割合です。
乳がんの治療は手術や放射線、薬を組み合わせて行います。乳がんにはさまざまなタイプがあり、それによって治療薬が異なります。ホルモン受容体やHER2(ハーツー)が陽性か陰性か、がん細胞の増殖能力が高いか低いかといった組み合わせによって、図表2のような5つのサブタイプに分けられます。
5つの乳がんタイプ
【ルミナルA・ルミナルBタイプ乳がん】
ホルモン受容体陽性・HER2陰性 乳がん全体の70〜75%
女性ホルモンで増殖するタイプ。女性ホルモンの働きを弱めるホルモン剤の内服がよく効く。さらに、がん細胞の増殖能力が高いか低いかで2つのタイプ(ルミナルAとB)に分けられる。増殖能力が高い場合は抗がん剤を追加する。
【HER2タイプ乳がん】
HER2陽性・ホルモン受容体陰性 乳がん全体の5〜10%
がん細胞の増殖に関わるタンパク質、HER2ががん細胞の表面に多く存在しているタイプ。HER2たんぱくの働きを抑える分子標的薬と抗がん剤を組み合わせて使う。
【ルミナル・HER2タイプ乳がん】
ホルモン受容体陽性・HER2陽性 乳がん全体の10〜15%
女性ホルモンとHER2の両方で増殖するタイプ。ホルモン療法と分子標的薬、抗がん剤を使う。トリプルポジティブとも呼ばれることも。
【トリプルネガティブ乳がん】
HER2陰性・ホルモン受容体陰性 乳がん全体の10〜15%
ホルモン受容体もHER2も陰性で、明確な治療標的がない乳がんの総称。抗がん剤を使う。トリプルネガティブタイプは悪性度が高く予後が不良とされていたが、最近、PARP阻害薬や免疫チェックポイント阻害薬といった新しい治療法が承認され、治療選択肢が広がってきた。
遺伝子学的検査費用も保険適用で約6万円に
遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)とは?
乳がんの5%は遺伝性といわれており、そのうち約半数はBRCA1、BRCA2と呼ばれる原因遺伝子に変異がある遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)と考えられています。この遺伝子変異があると、乳がん・卵巣がんにかかりやすくなります。最近は血液を採取して遺伝性乳がんかどうかを調べることができます。一定の要件を満たせば保険適用となり、約6万円(3割負担の場合)で検査が受けられます。
乳がんと診断されている人のうち……
●45歳以下
●60歳以下でトリプルネガティブタイプの乳がんを発症
●2個以上の原発性乳がん(再発は含めない)
●男性乳がん
●3親等以内に乳がんや卵巣がんを発症した血縁者がいる
上記要件に1つでも当てはまれば保険適用となる。
※(乳がんではなく)卵巣がんの診断を受けた人も、保険適用で遺伝子学的検査の受診が可能です
さらに、すでに乳がん・卵巣がんを発症している人で、遺伝子変異が確認された場合は、保険適用かつ高額療養費制度を利用しての予防切除が可能です。片方に乳がんを発症し、HBOC陽性とわかったら、同時にもう片方を切除することも可能で、卵巣を取る人もいます。すぐに決断するのは難しいこともあるでしょう。その場合は、あとからでも予防切除は可能です。また、予防切除をせず、MRIでこまめにチェックしていく方法もあるので、落ち着いて納得できる方法を選んでほしいと思います。
※乳がんによる乳房切除、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)で乳房を切除した人の乳房再建手術にも保険が適用されます(詳細は、加入している健康保険組合または、厚生労働省のウェブサイトでご確認ください)。
治療と仕事は両立可能
働く女性が乳がんと診断されると、仕事への影響が気になるものです。手術自体は乳房の温存ができてリンパ節転移もなければ3、4泊の入院で済みます。乳房同時再建を行う場合でも2週間程度の入院です。
術後の薬物療法やホルモン療法は長い治療になりますが、治療と仕事の両立は可能な場合がほとんど。ホルモン剤の服用は通常5年、抗体薬は3週間に1回ペースで1年程度、抗がん剤は2〜3週間に1回ペースで長くても半年くらいです。いずれも外来で治療ができます。気になる副作用も、最近は薬の進化で嘔吐することがほぼなくなりました。投与後初めの2〜3日は倦怠感を感じることがありますが、在宅勤務を上手に取り入れながら仕事を続けている人も多いですね。抗がん剤による副作用の脱毛も、頭皮冷却療法の登場で軽減されています。
乳がんの診断を受けると、「治療に専念しよう」と仕事を辞めてしまう人がいますが、病気と向き合うだけの毎日では気がめいってしまうものです。治療と仕事の両立は大変な面もあるかもしれませんが、働いて治療費を稼ぎつつ、社会とのつながりを保つほうが精神面でも良い効果が得られるのではないかと思います。
なにより、がんを早期治療できれば治療の負担も軽減でき、根治もめざせます。定期検診とセルフチェックは欠かさず行っていきましょう。