「ユーザーレビューには、今でもすべてに目を通しています」。そう語るのは、ピクスタ  fotowa(フォトワ)事業部 部長の李 せいさん。李さんが新たなサービスを立ち上げるとき、重視するのは多数派の声ではない。“本当の自分”を追求する李さんならではの、次のニーズの見つけ方とは――。

「もっとフェミニンな香りの香水を」

自分が本当にやりたいことは何か――。李さんにとって、20代の頃は自身にそう問い続ける日々だった。

ピクスタ fotowa(フォトワ)事業部 部長 李 せいさん
写真=ピクスタ提供
ピクスタ fotowa事業部 部長 李 せいさん

きっかけは、1社目で上司からのセクハラ、パワハラまがいの指導に耐えかねて転職を決めたこと。「おまえは女性として可愛げがないから、もうちょっと可愛くふるまった方がいいよ」「香水はもっとフェミニンな香りのものにした方がいい」などと、毎日口うるさく言われたという。

「会社の他の人のことは好きでずっと耐えていたけれど、半年ほど経ったころ、自分の中で張りつめていたものがブチッと切れてしまいました。いつものように、もっと女性らしくなどと言われていた際に『わかりました。明日からもう会社に来ません』と伝えて。そのまま会社を辞めました」

「修造」の熱烈なオファーでピクスタへ

それまでは特に“自分がやりたいことは何か”などと考えることなく、流れのままに生きてきた。20代で、大学の交換留学プログラムで日本に来てから、日本の漫画・アニメにハマり「新刊がすぐに読める環境にいたい」「行きたいときにコミケに行きたい」と日本に残ることを決めたのも、なんとなく流れに任せての選択だった。

その後リクルートに転職してWeb広告の制作・営業の経験を積んだり、その経験を生かしてWeb広告の運用会社を起業したりもしたが、結局同じ問いに戻ってきてしまう。

「これって本当に私がやりたいことなのかな」

2社での勤務、起業と経験しても出ない答えを探そうと、その次の転職には、はじめて自分の軸を整理してから挑んだ。

「軸は3つ。これまでの経験を生かせる環境であること、柔軟にいろんなチャレンジができる社風であること、経営陣の近くでビジネスを学べる環境であることでした。やがて出合ったのが、写真や動画などデジタル素材のオンラインサイト「PIXTA」を運営するピクスタでした」

そのとき実はもう1つ、3つの軸に沿う会社から内定をもらっていた李さん。しかし当時の人事部長が、あだ名が「修造」の熱意溢れる人で、「ぜひ! あなたと! 一緒に働きたいんです!」と熱く説得を続けたことで、最後は決めたそうだ。

「条件が揃っているなら、より求められている方に進もうと思ったんです」

写真=ピクスタ提供

みんなが撮りたいのは自然な“自分らしい”写真

2015年に入社し、PIXTA事業のWebマーケティングを担当。半年後には新規事業の責任者に抜擢された。仕事内容は、「出張撮影サービス」の立ち上げ。さっそく情報収集を始めると、ユーザーの求めていることと市場にある大手の写真サービスの間に大きなズレが生じ始めていることに気づいた。

「誰もがスマホを持つようになりSNSが流行ったことで、みんなが普段から当たり前に、自然光を生かしたお洒落な写真をたくさん見ている。クリエイティブに関する目も肥えてきていて、“良い”と感じるものが変わってきていると感じました」

スタジオで撮った写真は陰影がハッキリとついた、表情もかしこまったものになりがちだが、より自然な雰囲気の“自分たちらしい写真”を撮りたい人たちが増えている。それは七五三などの家族写真でもそうだ、と。

「そのギャップを埋めていければ、業界に風穴を開けられるのでは」と李さんは考えた。

「その他」の声が起爆剤に

2016年2月、個人向けの出張撮影サービス「fotowa」を立ち上げた。写真を撮ってほしいユーザーとフォトグラファーをつなぐプラットフォームだ。初めて入った予約は入園・入学記念の撮影で、事業部のメンバーで祝杯をあげた。その後は七五三の写真を中心に業績を伸ばしたが、シーズン以外は依頼が落ち込むという次の壁にぶちあたった。そんな矢先に李さんが着目したのが「ニューボーンフォト」である。生後一カ月以内の赤ちゃんを撮影する記念写真で、海外では日本で流行る数年前からインスタで話題になっていた。

「fotowaの注文履歴やアンケート内容を見直していたとき、七五三でもお宮参りでも、家族写真でもなく『その他』のジャンルを選択している人が多いなと気になりまして。さらに詳しく見ていると、その多くが、フォトグラファーとのやり取りに『新生児の撮影をお願いします』とリクエストしているもので。そのとき、国内でもニューボーンフォトのニーズがこれから来ると思いました」

fotowaはこのニューボーンフォトを起爆剤に、後発ながら業界No.1のサービスへと大きく成長を遂げることになる。今でも、李さんはサービス内に投稿されるユーザーレビューのすべてに目を通しているほか、社内外の声にも積極的に耳を傾けるようにしている。それらの声をヒントに新たに始める施策も少なくない。2022年4月にフォトグラファーに対してスタートしたLBGTQ(性的少数者)セミナーも、その一つだ。

テーマは「LBGTQ(性的少数者)当事者とその家族への理解を深める」というもの。

きっかけは、LGBTQ当事者である友人から、理解あるフォトグラファーに依頼したいが、どう探したらいいのかわからないという相談だった。

もしかしたら、そういう不安から家族写真をプロに撮影してもらうことを諦めている人も多いのではないかと思い調査してみると、実際に家族写真をあきらめている人が多いことがわかったのだ。

「フォトグラファーから悪気なく踏み込んだ質問をされるんじゃないか、とか、変な眼で見られてしまうんじゃないかとか、写真を撮りたい気持ちはありつつも、不安を感じているようでした。そこで事前のセミナーを提案したら、あるフォトグラファーから『自分も以前からその声にこたえたいと思っていた。fotowaがニーズに応えて動いてくれてうれしい』という声もいただきました」

ユーザーが安心して依頼できるように、セミナーを受けた上で理解度テストに合格したフォトグラファーのプロフィール欄には、「LBGTQフレンドリー」のアイコンを表示するようにした。結婚式や親子写真など、それぞれの要望を当日までに相談しながら撮影にのぞむことができる。そうした配慮はLGBTQ当事者に限らず、例えばじっとしているのが苦手な子や行き慣れていない場所に不安を感じる子たちの親にも喜ばれていた。

「わが家らしさはそれぞれ違います。例えば、笑顔の写真がいちばんとは限りません。泣き顔だってかけがけのない思い出のひとつ。私は、家族の関わりが伝わる写真こそが、いい写真だと思っています。家族間って、楽しいことだけじゃなくていろんなことが起こるけれど、でもあなたと家族でよかった、私と家族でいてくれてありがとうって、振り返るきっかけの一つになるのが、家族写真だと考えていて。そうであればいいなという希望も入っていますね」

「父も無理な結婚・妊娠を望んでいるわけじゃない」

fotowaの仕事を通して、今はやりがいも増している。日本で暮らして10数年、転職や起業など苦戦もしてきたが、座右の銘は「生きてさえすれば、なんとでもなる」。どんなときも変化を怖れず、楽しもうと努めてきた。

そんな李さんにも、自信を持てず葛藤した時期があった。LGBTQ当事者である李さんは、大学時代、サークルで仲の良かった友人に勇気を出してカミングアウトしたが、その場の一瞬のリアクションで「明らかに引かれた」のが分かりショックを受けた。両親に20代後半で告げたときも、父親には「こんなことなら産まなければよかった」といわれた上にカミングアウトは聞かなかったことにされ、母は話を聞いてはくれたものの事実を受け入れることはできない様子だったという。

「当時は周りから承認されることでしか、自分を認められなかったから、それがつらくて、しんどくて、それは大きな葛藤がありました。けれど今は、自分ができなかったことじゃなくて、日々できたことに目を向けて、その一つひとつを自信につなげることができます。正解のわからない完璧を目指すよりも、だれよりも自分が、本当の自分を認めてあげることが何より大切なのかなと思います。今は認めてくれない父も私が無理に結婚して子どもを生むことを望んでいるわけではないと思うので。まぁ、希望的観測なのですが……(笑)」

“本当の姿”を写真に残す

自分が本当にやりたいことは何だろう。李さんはようやくその答えの片鱗も見つけているようだ。fotowaでやりたかったことは、さまざまな人に「自分らしい写真」を楽しんでもらうこと。サービスを開始した頃に聞いた、ある母親の言葉が心に残っている。

「被写体のママさんが、『私、子どもを見つめているとき、ちゃんと母親の顔をしているんですね』と。それまでは自分がちゃんと母親としてやれているかどうか不安だったそうですが、第三者が撮った写真を見てはじめて気づいたそうです。そういう本当の姿を写していくのが、fotowaの役割なのかなと思います」

人それぞれに家族の在り方があり、人生の物語がある。李さんは写真を通して、大切な日の一瞬に寄り添いたいと思っている。