※本稿は、平井孝志『人生は図で考える 後半生の時間を最大化する思考法』(朝日新聞出版)の一部を再編集したものです。
人は「信じるものしか見えない」
ところで、「百聞は一見にしかず(Seeing is Believing)」とよく言います。
逆もまた然り。「信じるものしか見えない(Believing is Seeing)」という表現もあります。
人は、見たいものを見て、信じたいものを信じるバイアスを持った生きものです。
たとえば最近、こんな経験をしました。タイ焼きを買ったときのことです。
「3つで480円です」と、店員さん。
私は千円札を出してから、「あ、ちょっと待ってください。80円あります」と、10円玉3枚と50円玉を出しました。店員さんはすかさず言いました。
「ハイ、ではちょうどお預かりします」
あれれ、ちょっと待ってよ、600円のお釣りをくださいな。思わず慌てる自分に苦笑しつつも、お釣りの小銭をしっかり受け取りました。
おそらくピッタリ払うお客さんが続いていたのでしょう。店員さんは、「お客さんはピッタリの額を払う」という「信じるもの(Believing)」に染まり、目の前に千円札があるにもかかわらず、反射的にそういう言葉が口から出たのでしょう。
計画と創発はフィフティフィフティぐらいがちょうどいい
話を戻します。
「信じるものしか見えない(Believing is Seeing)」とは、「計画は大事だが、それに固執してはダメだ」ということも意味します。計画を信じすぎるな。平たく言えば、そうなります。計画に偶然の入り込む余地を十分に与え、新しい何かを感知する姿勢も大切にしていれば、偶然が必然となる可能性が高まるということです。
偶然という語を「創発」に置き換えてもいいでしょう。結局のところ、計画と創発はフィフティフィフティぐらいがちょうど良いのです。
創発、すなわち「エマージェンス」。出現や発生、創発を意識するのがエマージェンス思考。つまり、偶然を楽しみ、偶然を必然に変えていく思考です。プランニング思考にエマージェンス思考を掛け合わせれば、常に変わりゆく現実の波に自らを乗せ、人生という遠泳にその身をゆだねていけるのです。
感知・捕捉・変革を自らに与えるエマージェンス思考
私たちビジネスパーソンは、これまでPDCAの世界を生きてきました。ですから、プラニング思考については、自らの方法をすでに持っている方が多いと思います。
ただし、エマージェンス思考については、コレといった正攻法はなかなかありません。なんといっても“エマ―ジェンス”ですから仕方ない。そこで紹介するのが、SSTというプロセスです。
SSTというのは私の造語です。次の三つの言葉の頭文字です。
・S(Seizing)=捕捉する
・T(Transforming)=変革する
もうお気づきですね。明らかにPDCAとは異なる“ボトムズアップ”のアプローチです。
SSTの出どころは、ダイナミック・ケイパビリティという経営学の分野です。デイヴィッド・ティース(1948~)というアメリカの経営学者が示した企業変革の概念に基づき、編み出しました。
簡単に説明します。
ダイナミック・ケイパビリティとは、自己変革能力のこと。言い換えれば、臨機応変に自分を変えていく力です。現在、ダイナミック・ケイパビリティの研究者たちは、組織の能力に焦点を当て、環境変化に合わせて事業を変えていく企業力の実態を明らかにしようとしています。つまり、能力を変えるためのメタ能力の研究です。
いつもより少し意識的にSSTの行動を起こすことで可能性は広がる
具体的にどうすればいいのでしょうか。
さほど難しいことではありません。PDCAに偏重した私たちにとっては、むしろ実行しやすいことです。日常生活の中で、いつもより少し意識的に、SSTの行動を起こしていけばいいだけです。(図表1)
1週間に1回でも、1カ月に1度でもいいです。これまでとは異なる何かを試してみるのです。
普段行かない街に足を延ばす。いつも降りない駅に降りてみる。初めてのレストランに入る。知らなかったジャンルの本を読んでみる。ボランティアに参加してみる。何だっていいのです。
それらを感知し、捕捉し、変革する。
新しい未来が創発してくる可能性が、そこから次第に広がります。