秋は健康診断の季節だ。産業医の井上智介さんは「“健診でオールA=全く病気がない状態”と思い込んでいる人は本当に多いが、これは大きな誤解。健診でひっかからなくても、心臓や脳の重篤な病気になる可能性はあり、場合によっては急に倒れて救急車で運ばれることもある」という――。
急行する救急車
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健康診断は万能ではない

私は産業医として、担当している企業の従業員の方の健康診断のチェックを行っています。

会社の一般健診は、高血圧や糖尿病、中性脂肪、コレステロールなど脂質異常症に関わる数値、つまり生活習慣病のチェックが主になります。生活習慣病は、悪化すると、心筋梗塞や脳卒中などにつながりますから、こうした検査を定期的に行うことは重要です。

でも、「健診でひっかからなかったから、自分は何も病気がないんだ」という勘違いをしている人が本当に多い。それは大間違いです。

「突然倒れて救急車で運ばれ、緊急手術を受け入院することになった」という人の中にも、「健康診断ではオールAだった」という人は少なくありません。「健診でオールAだったから」と油断して、体の不調に気付いても無視し続け、深刻な状況に陥る人はたくさんいるのです。

締めつけるような胸の痛みには注意

健診結果の誤解や過信が、特に深刻な病気につながりやすいのが、心臓や脳の疾患です。

残念ながら、心臓や脳の異常の中には、健診で見つけることが難しいものもたくさんあります。だからこそ、少しでも不調を感じたら、すぐに病院に行く必要があるのですが、「健診でオールAだったから、まさかそんな大変な病気の予兆とは思わなかった」と放置してしまい、倒れて救急車で運ばれ集中治療室……といった例が後を絶ちません。

では、どんな不調に気を付ければよいのでしょうか。

たとえば心臓なら「胸を締めつけられるような痛み」です。

これは、刺すような痛みではなく、胸にとんでもなく重いものがのしかかったかのように、締め付けられるように感じます。「ゾウが乗っているような痛み」と言われることもあります。こうした痛みがある場合、狭心症や心筋梗塞などの可能性があります。

心筋梗塞など、心臓の血管が詰まったときには、一般的に、胸の真ん中にこうした締めつけられるような痛みが出ることが多いですが、左肩や歯、みぞおちなどに痛みが出てくることも珍しくありません。

こうした胸の苦しさがあったら、絶対に見逃してはいけません。できるだけ早く、循環器内科を受診しましょう。たとえ30秒くらいですぐに解消されてたとしても、安心しないでください。すぐに救急車を呼んでください。心臓の血管が詰まりかけていたらカテーテルの治療をしなければいけないので、クリニックでの対応は難しく、施設の整った大きな病院に行くことになるでしょう。

頭痛や麻痺は、脳出血や脳梗塞の可能性も

健診では直接的に脳の検査をすることがありません。

ちなみに「脳卒中」というのは病名ではなく、くも膜下出血、脳梗塞、脳出血の3つまとめた1つのカテゴリーを意味します。

よくある、注意したい症状は頭痛です。ただ、頭痛といっても、今までにないような種類の痛みがあらわれます。とくに、くも膜下出血ではじわじわ締めつけられる痛さではなく、急に人生最大の痛みがあらわれます。このような、これまでに経験したことがないような頭痛があった場合は、躊躇せずに救急車を呼んで病院に行ってください。

脳梗塞や脳出血の場合は、頭痛はあまりなく、最初は麻痺まひが目立ちます。体の右側だけ、または左側だけが動きにくくなったり、ろれつが回らずしゃべりにくくなったりという症状は危険信号です。1分間くらい短時間だけ起きて、そのままおさまることもありますが、脳内の血管が詰まりかけている可能性が高いので、これも救急車です。すぐに脳神経外科を受診してください。

救急スタッフは患者をストレッチャーで移動中
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心電図でキャッチできない不整脈もある

健診では心電図を取ることも多いのですが、これも過信は禁物です。

心臓の疾患でやっかいなのが、心房細動、いわゆる不整脈の一種です。これは、心臓を動かす電気信号の乱れで起こるもので、心臓の上にある心房が小刻みに震えることで、脈拍が乱れて不整脈が起きます。

高血圧や糖尿病などの生活習慣病があると発生しやすくなりますが、生活習慣病がない人でもなる可能性があります。動悸どうきや息切れ、疲れやすいなどの症状があることもありますが、自覚症状がない場合もあり厄介です。

この不整脈があると、心臓の中に血栓、つまり血の塊ができやすくなります。そして、できた血栓が脳に運ばれ、脳の血管に詰まって脳梗塞になる可能性が高まります。

心電図は、心臓の活動の様子を調べるものなので、不整脈があればわかりそうなものなのですが、必ずしもそうではありません。この心房細動は、24時間ずっと出ている人もいれば、発作性心房細動といって一時的にしか出ない人もいるからです。健康診断の心電図検査は、1分ほどの短時間の心臓の動きを見るだけなので、たまたまそのタイミングで異常をとらえなければ「問題なし」という結果になってしまうのです。

「がんがない」わけではない

がんも、健診でひっかからなかったからといって、安心はできません。定期健診はだいたい1年に一度ですから、たまたまその時に見つからなかっただけ、ということもあるからです。

そもそも会社の定期検診は、法律で決められた最低限の項目しかやっていないことも多く、胃や大腸の検査が入っていない可能性があります。胃がんならバリウムや胃カメラを使った検査、大腸がんなら便潜血(便に血が混じっていないか)の検査が必要です。

胸部のレントゲン検査も多くの人が受けていると思います。「『問題なし』だったから、肺がんではないということだろう」と思いたい気持ちはよくわかりますが、これも残念ながらそうとは言えません。

もともと肺のレントゲンは、結核という疾患の有無を確認する目的で始まった検査です。今は精度が上がり、肺がんが見つかることもありますが、それはかなりラッキーなケース。そもそも胸部のレントゲンだけで肺のすみずみを見ることは不可能で、肺がんがあってもレントゲンに写っていないということは、よくあります。がんを調べるためには、やはりがん検診が必要なのです。

リスクを下げる生活を心掛けて

こういった疾患は、発症するまでわからないところがありますが、だからこそ、わずかな不調でも無視せず、病院で診察を受けることが重要です。

人間は「正常化バイアス」の影響を受けやすく、異常があったとしても、「きっと大丈夫だ」「問題ないはずだ」と信じようとしてしまいます。

でも、健診でオールAだったからといって「まったく心配する必要はない」「多少の不調は無視しても大丈夫」というお墨付きをもらったことにはなりません。体の不調を感じたら、とにかく早く病院に行ってください。決してオールAを、「忙しいから後回しにしよう」という言い訳に使わないでほしいと思います。

特に40代、50代の女性は、さまざまな体の不調を「多分更年期のせいだろう」と放置してしまうことがあります。更年期障害の症状は幅広く、動悸や目まい、頭痛、しびれなど、重篤な心疾患や脳疾患の症状と似たものもあります。検査して何もなければそれでいいのですから、早めに受診することをお勧めします。

また、もちろん普段から、血圧を下げる、糖尿病の治療をする、コレステロールを下げるといった、発症リスクを下げる生活を心掛けてください。