政府は、有価証券報告書に女性管理職比率や男性の育児休業取得率、男女間賃金格差の記載を義務付けることを検討中だ。情報開示で女性活躍は進むのか。人事ジャーナリストの溝上憲文さんは「情報開示の仕組み自体に大きな“穴”が潜んでいる。岸田首相肝いりの政策もこのままでは笛吹けど踊らずの状態になりかねない」という――。
首相官邸に入る岸田文雄首相(手前)=2022年8月15日、東京・永田町
写真=時事通信フォト
首相官邸に入る岸田文雄首相(手前)=2022年8月15日、東京・永田町

非財務情報の情報開示へ

政府が「人的資本」情報の開示に向けて動き出した。岸田文雄首相肝いりの「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」の中に「人的資本等の非財務情報の株式市場への情報開示と指針整備」が盛り込まれた。

この中で「人的資本をはじめとする非財務情報を見える化し、株主との意思疎通を強化していくことが必要である」と述べているように、背景には投資の促進がある。

株式市場への情報開示は「本年内に、金融商品取引法上の有価証券報告書において、人材育成方針や社内環境整備方針、これらを表現する指標や目標の記載を求める等、非財務情報の開示強化を進める」とし、実行計画の工程表によると、有価証券報告書で義務化される開示項目は年内に内閣府令を改正し、早ければ2023年度(2023年3月期決算)の有価証券報告書への記載が義務化される予定だ。人的資本可視化指針は内閣官房で検討されているが、近く公表される予定だ。

データ開示の実効性はどれほどか

有価証券報告書に記載義務が生じる人的資本の開示項目については、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差が挙がっている(金融庁「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ 報告」(6月13日)。しかし、女性管理職比率や男女別の育児休業取得率は、女性活躍推進法の情報公表義務の選択肢に入っている。そのなかで男女間賃金格差についても女性活躍推進法の開示必須義務となった。男性の育児休業取得率は「改正育児・介護休業法」により、2023年4月から従業員1000人以上の企業は公表が義務づけられている。

現時点の「人的資本可視化指針(案)」によると、7領域19項目の開示事項を例示しているが、その中には「ダイバーシティ」(育児休暇等)も含まれている。情報開示の目的は開示することで女性活躍の推進などの施策を推進することにあるが、一連の開示化によってはたして実効性は上がるのか。

中小企業の7割で「男性の育休取得なし」

言うまでもなく日本の女性活躍など多様性の確保については、欧米に比べて周回遅れの状況にある。男性の育児休業取得率もそうだ。

2019年10月から2020年9月末までの1年間に配偶者が出産した男性のうち、21年10月までに育児休業を取得した者の割合は13.97%。前回調査より1.32ポイント上昇したが、依然として低い(厚生労働省「令和3年度雇用均等基本調査」)。さらに育児休業の取得期間は「5日未満」が25.0%、「5日~2週間未満」26.5%と、2週間未満が5割を超える。女性の10カ月以上の取得者が8割を超えているのと対照的である。

男性の低取得率の原因の1つは、日本企業の圧倒的多数を占める中小企業にある。男性の育休取得実績の有無では従業員300人以上の企業は59%であるのに対し、300人未満は26%。実に70%の企業では取得した男性がいない(エン・ジャパン「改正育児・介護休業法」実態調査)。

哺乳瓶からミルクを飲む赤ちゃん
写真=iStock.com/kazuma seki
※写真はイメージです

「産後パパ休暇」に不満をもらす中小企業人事部

また、この10月から改正育児・介護休業法により、育休とは別に子どもの出生後8週間以内に最大4週間の利用が可能な「産後パパ休暇」制度が始まる。この制度について、中小企業の人事担当者には不満の声も少なくない。

流通・小売関連業(従業員50~99人)の人事担当者は「働き方の自由度を高める施策のように感じられるが、実際は制度や規制によってがんじがらめになってしまうことが懸念される」と言っている。

さらに「女性社員は、結婚・出産を機に仕事を辞めるもの、男性は育児に非協力が普通という考えを常識としている人が多い社内においては、何をするのも難しい(不動産・建設関連/50~99人)という声も上がっている。いまだに寿退社推奨や性別役割分業意識が色濃く残っている会社もある。

また、従業員300~999人のサービス関連業の人事担当者も「国の方針とはいえ、日本の風習や慣習を大きく変えることであり、性急な感じが否めない。もう少し時間をかけて徐々に浸透させてほしいのが現場サイド意見である」という保守的な意見もある(以上、エン・ジャパン調査の自由回答)。

男女別の育児休業取得率の開示義務は従業員1000人以上であり、多くの中小企業は開示義務から外れる。旧態依然とした意識や慣習を持つ企業でどれだけ男性の育児休業取得が進むのか、はなはだ疑問だ。

中小企業には開示義務が課されていない

政府の人的資本情報の開示の動きについても、冷ややかな見方をする人事関係者も少なくない。

サービス業の人事部長は「今回の人的資本情報の開示の動きは証券筋や政府、とくに金融庁や経産省が強くプッシュしている印象を強く感じる。厚生労働省ではなく、投資家や政府からこうしろと言われることに違和感を覚える」と、語る。

そのうえで今回の開示の実効性についても疑問を投げかける。

「女性の活躍の開示項目では、女活法で男女間賃金格差が開示義務となったが、女性管理職比率はいくつかの選択項目には入っているが、開示義務となっていない。男性の育児休業取得率の開示義務の対象も従業員1000人以上の企業となっており、1000人以下の企業は公表義務がない。これだと全体として取得率が上がるとは思えない」と語る。

円マークが描かれた階段
写真=iStock.com/takasuu
※写真はイメージです

実効性に関するもう一つの穴

実効性に関する“穴”はそれだけではない。男女間の賃金格差の開示義務があるのは従業員301人以上に限定されている。また、前述したように金融庁の金融審議会の報告書によると、女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間の賃金格差の3つを有価証券報告書の開示項目としている。上場企業が対象になり、従業員1000人以下、300人以下でも上場していれば対象になるように思えるがそうではない。

報告書にはこう書かれている。

「なお、女性活躍推進法、育児・介護休業法等他の法律の枠組みで上記項目の公表を行っていない企業(現行制度を前提とすれば、女性管理職比率や男女の育児休業取得率は女性活躍推進法に基づく公表項目として選択していない企業、男性の育児休業取得率は従業員1000人以下の企業で任意の公表を行っていない企業等)についても、有価証券報告書で開示することが望ましい」

微妙な言い回しであるが、「望ましい」としているだけで、必ずしも女性管理職比率と男性の育児休業取得率の1000人未満の企業は上場企業であっても開示義務を課しているわけではない。結局、ふたを開けたら、開示するのは男女間の賃金格差のみだったということになりかねない。

一過性で終わるのではないか

男性の育児休業取得率を公表したとしても、その中には取得日数は含まれない。取得率が高くても、厚労省の調査のように「5日未満」の取得者がほとんどということになれば、女性の負担が軽減されるとは思えない。

政府の情報開示の動きについて建設関連業の人事担当者は冷めた見方をする。

「今の時点では情報開示項目も自社の都合で選べるし、強みを出せるといえば出せる仕掛けになっている。また、今後、開示義務の項目が増えると、BtoCの業界は直接、消費者に影響を与えるのですごく気にするだろう。しかし、うちの業界はBtoBの業界であり、あまり気にならないし、女性管理職比率や男性の育児休業取得率も同業他社もそれほど高くないので焦る必要もない。そもそも今の情報開示の取り組み自体が結局、お金(投資)が集まるかどうかだろう。投資の動向しだいでは一過性で終わってしまうのではないか」

女性活躍の実効性を高める目的があるにしても、情報開示の仕組み自体に大きな”穴”が潜んでいる。岸田首相肝いりの政策もこのままでは笛吹けど踊らずの状態になりかねない。