※本稿は、安斎勇樹『問いかけの作法 チームの魅力と才能を引き出す技術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)の一部を再編集したものです。
事例1 個人主義でコミュニケーション不足だった営業チーム
ある食品メーカーA社の営業チームの事例をご紹介します。
A社の主力製品は、誰もが知るロングセラーの定番商品。居酒屋やレストランなどの飲食店を主な取引先として、卸売によって売上をあげていました。A社の強みは、商品力に加えて、営業の強さにありました。優秀な営業担当者たちが、それぞれの独自のやり方で販路を開拓し、販売数を伸ばしていたのです。しかし完全に「ファクトリー型」で、トップから下ろされた売上目標を分担し、個人目標を淡々と追いかけるのが、日常となっていました。
この状況に、A社の経営陣は危機感を感じ始めていました。変化の時代において、定番商品が売れ続けるとは限りません。実際に、技術開発と市場変化の速度が合わなくなってきていることを実感していました。顧客に直接対峙している営業担当者にこそ、商品を改善するアイデアを主体的に提案して欲しいと考えていたのです。そのために、普段から営業チームでのコミュニケーションの機会を増やし、現場から主体的にアイデアが提案される風土を醸成するように、トップからの要請がありました。
「とらわれ」によりチームの関係性が固定化
風土改革の相談を持ちかけられた私は、早速、営業担当者の話し合いのミーティングのファシリテーターを担当することになりました。しかしながら、個人プレイが「とらわれ」として染み付いているチームですから、そう簡単に話し合いは盛り上がりません。想像以上にチームの関係性は固定化していました。
おそるおそる「みなさんが普段の商談において、大切にしていることはなんですか?」と問いかけても、「お客様との信頼関係です」「人間力かな」「ヒアリングです」などと、ありきたりな意見しか出てきません。これもまた「営業で大事なことは、こういうものだ」という「とらわれ」だと言えるでしょう。
「具体的なエピソードを引き出す」問いかけとは
そこで、私は少し工夫を凝らして「これまでの商談で、『意外に効果があった』工夫はなんですか?」と、問いかけてみました。
AFTER これまでの商談で、“意外に効果があった”工夫はなんですか?
照準を「普段大切にしていること」ではなく「これまで効果があった工夫」に変更し、抽象的な一般論ではなく具体的なエピソードが出てくるように、ねらいを定めました。そして「意外に」というほんのちょっとしたスパイスを加えることで、個性的な事例を答えたくなる衝動をくすぐってみたのです。
すると、どうでしょう。場の空気は一転して「そういえば、あのとき……」と、具体的なエピソードが、次々に飛び出したのです。さきほど「ヒアリングです」と覇気のない表情で答えていたあるメンバーは、「ヒアリングで、なかなか肝心の情報が聞き出せないときに、『営業担当者ではなく、友人として聞きたいんですけど……』と枕詞をつけると、教えてもらえることがあるんですよ!」などと、嬉々とした表情で、これまでの個人プレイによって見つけた「こだわり」を、誇らしげに披露してくれました。
互いの個性に耳を傾け合うチームへ
その後も工夫された「問いかけ」を重ねたことによって、これまで心の内に秘めていた気づきやアイデアが場を飛び交い、無事に「初めての話し合いの場」は、大盛況のうちに終わりました。見学していたマネジメント層は「普段そんなことを考えて仕事をしていたのか!」と、一人ひとりが隠し持っていた「こだわり」に驚かされていました。何より、参加した多くのメンバーが「こういうことを話す機会って、これまでなかったですね」「普段からもっと考えていることを共有する時間を作ろうか」と自ら発案してくれ、アイデア交換のミーティングを定期開催することが決まったのです。
工夫された「問いかけ」の力によって、一人ひとりの「こだわり」が発露し、お互いの個性に耳を傾け合う新たな関係性が編み直されたのです。
事例2 一人ひとりの士気が低い開発チーム
ある自動車の周辺機器メーカーB社の開発チームの事例をご紹介します。
B社は「カーナビ(カーナビゲーション)」を主力製品として市場にポジションを確立していましたが、昨今に人工知能(AI)技術の発展と普及の影響について、不安を感じていました。
これまではファクトリー型で技術開発を繰り返していれば、競合他社に負けない製品を打ち出すことができていました。しかし、AIによって「自動運転社会」が到来すれば、ドライバーにとっては運転機会そのものが減っていくことが予想されます。もしかすると、「カーナビ」の市場そのものが消滅してしまうかもしれません。
これに対してトップから「人工知能(AI)を活用した未来のカーナビ」を考えよと指令が下され、アイデアを考える企画ミーティングを繰り返していました。けれども、なかなかピンとくるアイデアが生まれず、私のもとへと相談があったのです。
相談に訪れたクライアントチームの皆さんは、私の目から見て、完全に「衝動の枯渇」に陥っていました。誰もが、「人工知能(AI)を活用した未来のカーナビ」を作ることに、モチベーションを感じていないように見えたのです。一人ひとりの衝動が失われたままでは、ワークショップ型に切り替えられず、現場主導のイノベーションにはつながりません。結果として、トップの命令に従って「カーナビを存命させる」という手段が「とらわれ」となっており、「認識の固定化」と「目的の形骸化」が併発しているようでした。
モチベーションをなくしたチームにかけた問いかけ
そこで私は、「みなさんは、なぜカーナビを作るのですか?」「これまで、何を動機に開発してきたのですか?」と、一人ひとりの衝動と、チームのこれまでのルーツや、大切にしている「こだわり」を確認するための問いかけを、投げかけてみたのです。仕事の意義そのものを否定しているようにも捉えられかねない問いかけですから、この問いを投げかけることは、勇気が要りました。
案の定、クライアントの担当者は、少しムッとした表情を見せ、「いやね、安斎さん。私たちもカーナビを作りたいから作っているわけではありませんよ」と、抗弁を始めました。
「仮に自動運転社会が来ても、自動車で『移動する時間』そのものはなくなりません。私たちは、カーナビが作りたいわけじゃない。生活者に『快適な移動の時間』を提供したいんです!」
その言葉はこれまでの言葉よりも力強く、これまで築きあげてきた「誇り」のようなものを感じました。内に眠っていた「衝動」と、自分たちが熱量を感じている「本当の目的」が、チームにとっての真の「こだわり」として、言葉になった瞬間です。言葉を発した担当者自身、そして同席していたチームメンバー一人ひとりの表情が、ガラリと変わるのを感じました。全員が気づいたのでしょう。「私たちが考えたかったのは、『AIを活用したカーナビ』ではなく、『未来の移動の時間』だったのだ!」と。
素朴な「問いかけ」のすごい力
「なぜカーナビを作るのですか?」という素朴な問いかけは、今一度、チームが事業に向き合うきっかけを生み出しました。このように、たったひとつの問いかけが、枯渇していた衝動に再び火を点け、形骸化した目的を意味のあるものへとアップデートする契機にもなりうるのです。
これによって「AIを活用したカーナビを作らなければならない」という「とらわれ」も揺さぶられ、結果としてこのチームは、私が会議のファシリテートをするまでもなく「未来の移動の時間」について、活発なディスカッションを始めました。それまではどこか正解を探るような空気があったのが一変し、それぞれが衝動のままに実験的なアイデアを提案するワークショップ型のチームへと、問いかけによって変化していったのです。
チームのポテンシャルが抑制された状態とは、言い換えればチームの可能性に光が当たらなくなってしまっている状態です。問いかけとは、チームの変化の可能性、そしてメンバー一人ひとりの隠れた魅力や才能に光を当て直す「スポットライト」のようなものなのです。