実は女性の席を奪っていた
2020年8月に、「今後は登壇者が男性ばかりのイベントへの登壇はお断りします」というブログを書いたのですが、それがちょっとした話題になって、さまざまなメディアからも取材を受けました(僕が「登壇者が男性ばかりのイベント」の登壇を断ることにした理由)。
僕は、女性向けのサービスに特化したITベンチャー「uni’que(ユニック)」の代表を務めていて、新規事業やアートに関するイベントに登壇する機会が多いのですが、ある時、自分がイベントに登壇することで、女性登壇者1人分の席を奪っていたことに気付いたんです。実は自分も、ジェンダーギャップを広げている当事者だったわけです。
この宣言をした時には、何人かの女性から「よく言ってくれた!」と言われました。同じことを女性が言うと、大量の“クソリプ”が飛んできて、ものすごく叩かれるんだそうです。僕の場合は、男性からも女性からも共感のメッセージをもらいましたが、中には「女性に一律にゲタを履かせるんですか」とか「モテたいからそんなことを言ってるんですか」という反応をする男性もありました。発想が浅すぎて悲しいというか、こんな宣言するくらいでモテるわけありませんよね。
なぜ女性の登壇者が「見つけられない」のか
最近は、登壇者のジェンダーの多様性に気を配っている主催者側が増えているように感じます。それでも時々、男性登壇者ばかりのイベントへの登壇依頼をいただくことがあります。その場合は、こちらの方針をお伝えすると、「なるほど、確かにそうですね。企画を練り直します」と言っていただけることも多いんです。
ただ、中には、「探したんですが、女性で適当な方が見つからない」と言われることもあります。
でもそれは、探し方が悪いというか、旧来型の“男性軸”の「大きい、強い、すごいが一番」という判断基準で選ぼうとしているからだと思うんです。それだと、「都心の時価総額が大きい上場企業の人」とか「これまでにも多くの有名セミナーで講演している人」といったところから選んでしまう。結果どこのセミナーでも同じような男性ばかりになるわけです。でも例えば、規模は大きくなくても、とてもユニークな事業を手掛けている経営者や、地方都市から面白いことを仕掛けている女性もたくさん存在します。
数よりも、大事なのは価値軸のアップデート
女性を増やすことも、単に数だけの問題ではなく、価値観や視点を増やすことが大事。重要なのは、価値軸をアップデートすることだと思うんです。
僕の宣言は、すごく小さな投げかけではありますが、そこを考え直すきっかけになればと思っています。最初にブログを書いてから2年近く経ちますが、最近も演劇界でこのブログをツイッターでシェアしてくださっている方がいました。業界によってはまだまだ旧態依然のところもあるので、少しでも波及して、似たような取り組みをする方が増えてくれたらと思います。
「椅子取りゲーム」の時代はもう終わる
「登壇者が男性ばかりのイベントへの登壇をお断りします」という宣言は、男性の僕が席を空けないと、女性が入れない、女性が増えないという気付きがきっかけでした。女性政治家が増えない、企業の女性管理職が増えないことの背景にも、実は似た構図があります。
国会議員の議席数も、企業の中の管理職の数も決まっていますから、女性の比率を増やすためには、男性の誰かに席をどいてもらわないといけない。
ただ、企業に限って言うと、そのロジックは古くなりつつあって、おそらく10年もすれば変わるんじゃないかと思います。
これまでは、「出世」≒「昇進」でした。そして役職の席の数は決まっているので、誰かが席をどかないと新しい人は席に着けない。昇進イコール年収を上げることだったので、“サラリーマン”は「上」を目指して頑張って働いていたわけです。
でも、今は会社で活躍したってなかなか年収は上がりません。椅子取りゲームで頑張る意味が、どんどん薄れてきています。それよりも、起業したり複業したりして、会社の外でも活躍し、他の収入も増やしていく方がいい。「出世」というのは「世に出る」ということで、本来は会社の中で上にいくことだけではないんですよね。
こうした価値観を変えていけるか、というのは、今の僕らの世代、アラフォーの人たちにかかっていると思います。
デジタルネイティブやZ世代は、新しい価値観を持っています。今、アラフォー世代の僕たちが昇進にこだわって「上」に居座ろうとすると、僕たちがボトルネックになって、下の世代の新しいアイデアをつぶしてしまうことになります。
20~30年経ったら、僕たちアラフォー世代の「上」にいる世代が退き、デジタルネイティブ世代が主流になる世代交代が起こります。今、僕らが旧世界の価値観を再生産して次の世代に残してしまうか、価値観を変えて新しい世界を手渡すかによって、20~30年後の世界が大きく変わるように思うのです。発射台の角度が変われば、そこから飛び出す弾の角度も変わり二乗で効いてくるので、弾の飛距離は大きく変わります。
男性に高年収を求めないで
ただ、そのためには、男性と女性、双方の価値観をセットでアップデートする必要があるんじゃないかと思います。女性の方も、本気で考え直してほしいんですよね。
今年6月に内閣府の男女共同参画局が発表した「男女共同参画白書」にも書かれていますが、今も20代から60代のすべての年齢層で、3~4割の女性が、結婚相手は自分よりも年収が高い方が望ましいと答えています。まだまだ、男性、特に結婚相手に対して、高年収を求める女性は多い。
でも、「年収を上げなくては」となると、男性の側も、昇進の椅子取りゲームから降りることができなくなってしまいます。男性も、もっとそれ以外の活躍の方法を選択していいはずです。
こうした価値観というのは、本当に変えるのが難しく、僕自身も、1970年代生まれの昔ながらの「男性の美徳」みたいなものを学び落とそうともがいているところです。女性と食事をしたときには「男性がごちそうすべきじゃないか」と思ってしまうし、「プロポーズは男性からすべきじゃないか」とか、「男性なんだからちゃんと稼がないと。強くないと」と思っているところがある。そういった意識を変えていかないといけないと思っています。
どんどん話してみてほしい
例えば、子どもたちに対しても「男の子は青で、女の子はピンク」といった決めつけをするのはよくない。でも、「親の意見はバイアスを与えてしまうことになるので言うべきではない」というのも、ちょっと違うと思うんです。親子のコミュニケーションが減ってしまいますから。「この話題には触れない」というのではなく、「僕らが子どもの頃はこんなふうに言われていたけれど、そのままでいいわけじゃないよね」と、世代ごとのバイアスがあるという前提を認めた上で話し合うといいと思います。
自分が持っている偏見や思い込みを認めて、妻のように自分と異なるジェンダーの人や、子どもたちのように自分と違う世代の人と話し合うきっかけにする。「企業が」「政府が」と、制度を変えることも大切ですが、家庭など、自分の足元で「どう変わるといいんだろうね」とコミュニケーションを増やすことが必要なんじゃないかと思います。
「マッチョじゃない起業」も増えてきた
ユニックでは「Your(ユア)」という女性起業家の支援事業を行っています。事業アイデアを持つ女性を募り、複業メンバーとしてユニックに参加してもらって、最初はユニックの中で新規事業として立ち上げます。そして事業が軌道に乗ったあとで分社化して株を持ってもらい、起業家になってもらうのです。こうして、オーダーメイドのネイルサービス「YourNail(ユアネイル)」や、1カ月後の自分に手紙を書くサブスクリプションサービス「LetterMe(レターミー)」、更年期カップル向けのコミュニケーションプログラム「よりそる」など、さまざまな事業が生まれました。
女性起業家を取り巻く環境は、ここ数年で確実に変わってきています。5年前、10年前は、女性が起業するというと「腹をくくって、結婚や出産は当面あきらめる覚悟がないとムリ」と言われていましたが、今はそんなことはなくなってきています。全力で短距離走で走り抜けるような、マッチョなスタイル以外で成功する人たちが出てきています。
それは女性だけでなく男性もそうで、24時間を仕事に捧げるのではなく、自分のペースで働き、プライベートや子育ても重視しながら起業する人が増えています。
そもそも起業のメリットは、自分たちに合った働き方を作れるところにあります。「月曜日から金曜日、朝9時から夕方5時まで会社で働く」といったスタイルにこだわる必要はまったくない。実際ユニックも、全員が複業で完全リモートです。
SDGsやサステナビリティは女性が力を発揮しやすい
世界的に、起業でもSDGsに関連する分野が伸びています。ジェンダーに直結するフェムテックはもちろん、サステナビリティ(持続可能性)や、教育・子育て、介護などのケア関連の分野は、今のところ男性よりも女性の方が身近です。
誤解してほしくないのは、決して女性の方がこうした分野に「向いている」というわけではなく、「これまで女性と近いところにあった」ということです。逆にこれらは、男性にとっては女性に比べて距離が遠い。
これまでの市場の価値観は、規模を競うことがすべてでした。売り上げや時価総額、社員数などの大きさを競っていたわけです。しかし、世界的に評価軸が変わって、今の潮流は、SDGsのように、サステナビリティやレジリエンス(回復力や弾力)が求められます。拡大成長を目指してきた従来型の働き方とは、合わなくなっています。
今は、あらゆる環境が目まぐるしく変化し、いろいろな要素が複雑に絡み合って、先行きが不透明なVUCAの時代だと言われます。そうなると「とにかく拡大成長を目指そう」という姿勢よりも、「毎日のように不測の事態が起きて、あちこちで変化が起きているけれど、全体で見ると快適な状況が維持できている状態を目指そう」という姿勢の方が強い。これって、子育てに似ていますよね?
世界の評価軸が、資本主義的な拡大成長重視型から、SDGsやVUCA的なものに変わってきているんです。そしてそれは、女性がこれまで培ってきたマネジメント力を発揮しやすかったり、女性の方が先行している分野でもある。起業だけでなく、企業の中でSDGsに関連する事業に取り組むときも、もっと女性が主導した方がうまくいくように思うんです。
僕は「女性の味方」じゃない
これだけ「女性が」「女性が」と言っていると、「女性の味方なんですね」と勘違いされるんですが、僕は別に「女性の味方」のつもりはないんです。単に、十分に価値が理解されていなくて「もったいない」と思うものの可能性を世に出したいだけ。それが今はまずは女性、というだけなんです。その先には外国籍の方、LGBTQ、障がいのある人、中高生などたくさん広がっています。起業家の属性はもっと多様になったほうがいい。
僕はよく「エンパワーじゃなくてアンカバー」と言っているんです。「力を与える(エンパワー)」ことではなくて、「アンカバー(隠されていたものに陽の目を当てる)」することが必要なんじゃないか、と。もともと持っている力を発揮できていない人が、力を発揮できるように解放したいのです。
だって、せっかくの力が社会に活かされていないのは、もったいなくないですか? そういう可能性がちゃんと「世に出る」のが本当の「出世」だと思います。
僕は昔、DJをやっていたんですが、その時の感覚とあまり変わらないんです。
「この曲、最高じゃね?」と思って自分が選んだ、まだ人に知られていないマニアックなインディーズの曲でフロア中が湧く。「初めて聴いたけど、何ていう曲ですか?」と聞かれると、テンションが爆上がりするんです。そんな感覚と同じです。
「もったいないものを世に出したい病」なんですよ。