大企業でもテレワークを推奨する企業は一気に増えました。しかし、テレワークがストレスの元凶になることもあります。心療内科医の鈴木裕介さんは「注意しなければならないのは、会議過多による自覚のないストレスの蓄積です。1日4件以上の会議を境に、休職するリスクの高いビジネスパーソンが急増。37%に達することが明らかになりました」といいます――。
参加者が一様に退屈しているウェブ会議
写真=iStock.com/AndreyPopov
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1日4件以上の会議でストレスは激増

2022年はテレワーク推進の流れが加速する年となりました。4月にはヤフージャパンが、交通費を月額15万円まで支給し、飛行機通勤も認める制度を開始。7月にはNTTグループが「原則テレワーク勤務」となり、出社は出張扱いにするという運用を始めました。

そうした流れがある一方で、その弊害も見えつつあります。DUMSCOとワーク・ライフバランスが行なった「隠れテレワ負債」に関する調査で、「働き方の工夫がないテレワーク(テレワ)」の落とし穴も明らかになりました。

「隠れテレワ負債」とは、テレワークの会議過多によってかかる自覚のないストレスの蓄積を指しています。この調査によると、1日4件以上の会議を境に、休職するリスクの高いビジネスパーソンが急増。37%に達することが明らかになりました。

1日4件以上の会議を境に、高ストレス者が急増

注目すべきは、その高ストレス者の57%が、そのリスクを自覚していない「隠れテレワ負債者」です。彼らは、前兆なくある日突然休職するリスクを抱えているようです。

高ストレス者の本人の自覚率

危機に対抗するアドレナリンの落とし穴

ヤフージャパンの発表によると、約9割の社員がリモート環境でも「パフォーマンスへの影響がなかった」、もしくは「向上した」と回答したことが明らかになっていますが、実際にリモート環境を得意とするか、苦手とするかはとても個別性が高いものです。そして、テレワーク環境であるからこそ生じる新たなストレスもありますが、それを自覚することは難しいでしょう。なぜなら、ストレスはパフォーマンスだけでは測れないところがあるからです。

勝負事、あるいは仕事の緊迫する場面では、「アドレナリンが出る」とよく言われます。

人はストレス状況下において、その困難や危機に対抗するために、アドレナリンやコルチゾールなどの抗ストレスホルモンを分泌させることで、血圧や血糖値を高めて活動性をブーストさせ、その状況にがんばって対抗しようとします。

これを「抵抗期」といい、見かけ上は適応しているのですが、抗ストレスホルモンによって「ドーピング」されている状態なので、それがストレスだと実感することは難しく、むしろ「調子がいい」とすら感じるのです。

ストレス反応の3相期の変化

気をつけたい「見かけ上の適応」

今回の調査で、突然休職するリスクの高い「隠れテレワ負債者」と呼ばれる方の76%が、年収800万円を超えるハイパフォーマーであることが明らかになっています。しかし、そのハイパフォーマンスが抗ストレスホルモンによる「見かけ上の適応」である可能性について注意しておく必要があると思います。

なぜならば、抗ストレスホルモンはあくまでも危機に対する「短期決戦」向きだからです。

抵抗期の期間は概ね「3カ月程度」と言われており、このドーピング期間を終え、副腎に貯蔵されているホルモンが枯渇すると、坂道を転げ落ちるように胃潰瘍やうつなど、いわゆる「病名」がつくような状態に入ります。

さらに、「Zoom fatigue(Zoom疲れ)」と呼ばれる、テレワーク特有のストレスの存在も徐々に明らかになってきています。

例えば、人間というのは視覚情報として認知負荷が高いことが知られており、それがずらっと並んだギャラリービューを見ることは負担がかかりますし、スピーカービューで相手の顔がでかでかと映るのも圧迫感があります。

画面に自分の顔が映っていることも、自分を強く意識しすぎてしまい、ストレスの原因になることがわかっています。これは「鏡の不安」と呼ばれ、女性により強く見られやすい特徴があります。こうしたストレスは、画面オフを頻繁に活用することで軽減します。

また、対面で人と会話したときに得られる相手のリアクションや表情などの情緒的な交流を、脳は「報酬」として受け取るのですが、ビデオ会議だと会話にラグが生じたり、円滑に会話が進まなかったりするため「報酬」が得られにくいのです。

前頭前野の活性化はオンラインではいまいち

「脳トレ」で知られる東北大学教授の川島龍太先生によれば、良いコミュニケーションが取れると、お互いの脳の前頭前野が活性化されるといいます。この反応は現状直接顔を見合わせるときに限定されており、オンラインでは前頭前野の活性化はあまり働かないそうです。

患者さんの中でも「オンラインでのつながりは何か物足りない」と仰っていた方が多かったのですが、その感覚は的を射たものだったと言えるでしょう。

テレワークは、通勤や移動がないのでオフラインでの仕事よりも楽であるはず、という思い込みは、先述のドーピングによる「見かけの適応」と同様、疲労感の乏しい疲労の蓄積の原因になるので、注意が必要です。

ストレス=悪者ではない

一方で、「ストレス=悪」ではないことも強調したい点です。

ストレス学の始祖であるハンス・セリエは、「ストレスは人生のスパイスである」と言っています。要はバランスの問題です。

「ストレス過多」も問題ですが、「ストレスが少なすぎる」状態、仕事に飽きてしまったり、裁量ややりがいのないことや、能力に対して簡単すぎることばかりやりすぎている状況も、実は生産性を下げ、心身に悪影響を与えていることが知られています。

こうした状態を「アンダーストレス」と言いますが、テレワークによる代わり映えのしない環境やコミュニケーション刺激の減少が、このアンダーストレスに拍車をかけているかもしれません。

テレワークは「やり過ぎ注意」だが役に立つ

ここまでテレワークの注意点を中心に解説してきましたが、テレワークは基本的にストレスを軽減させる可能性が高い点は、強調しておきたいです。

今回の調査でも、テレワーク勤務をしていない人を含む、ビジネスパーソンを対象にした調査と、週1日以上テレワーク勤務するビジネスパーソンを対象にした調査を比較した結果、高ストレス者の割合自体は、20%ほど減少しています。

テレワークは基本的にストレスを軽減させる可能性が高い

さまざまな要因が考えられますが、テレワークの普及によって、転職なき移住や、ワーケーションが容易になったことも、要因の1つとして考えられます。

パーソル総合研究所の地方移住経験者を対象にした調査では、移住に伴って「転職はしなかった」が最も多く53.4%、移住に伴う年収変化では、58.6%が「変化なし」18.0%は「増収した」と回答したことが明らかになっており、テレワークにより地方移住のハードルが下がっています。

一方で、千葉大学環境健康フィールド科学センターの研究では、森林内では都市部と比べ唾液の中のコルチゾールという抗ストレスホルモンの濃度が減少し、心拍数が低下するなど、副交感神経活動が昂進する効果が確認されており、こうした効果が確認されている森林へのアクセスが、移住やワーケーションで容易になった点は見逃せません。

また、テレワークによって、通勤ラッシュから解放された人が多いのも、要因の1つとして考えられます。

通勤者とパイロットや警官の心拍数、血圧を比較した調査では、臨戦態勢の戦闘機のパイロットや機動隊の隊員よりも会社に通勤する人の方が強いストレス反応が見られたとの報告があります。ラッシュ時の通勤者のストレスの重大さを再確認するとともに、これを避けられるメリットの大きさは計り知れないものがあるでしょう。

1日4件の会議に参加しながら、健康を維持する社員の共通点

パフォーマンスが高い社員ほど、多くの会議から声がかかるというのは想像に難くありません。その一方で多くの会議に参加しながらも、ストレスを抱えこまずに、テレワークのメリットを十分に生かしている人々も存在します。

テレワークでストレスをためていないハイパフォーマンス社員には共通点があるようです。会議が連続する場合の5分休憩「会議間インターバル」と、終業時間と始業時間を11時間以上空けることで、7時間以上の睡眠時間を確保する「勤務間インターバル」、2つのインターバルを取り入れることで、メンタルヘルスリスクを低減していることが今回の調査で明らかになりました。

具体的には、隠れテレワ負債者と低ストレス者の、2つのインターバルを実践している割合を比較した結果、会議間インターバルでは35%、勤務間インターバルでは33%乖離かいりが発生していました。

会議過多のエース社員の突然休職を防ぐ「会議間インターバル」
会議過多のエース社員の突然休職を防ぐ「勤務間インターバル」

自分の自律神経の状態(モード)を意識することが重要

こうした「インターバル」が有効な理由に、先ほどのストレスの適度なバランスが関わってきますが、このバランスとは、交感神経と副交感神経のバランスを指します。

交感神経は人が活発に活動するための、車のアクセルに相当する役割で、副交感神経は安静時や睡眠時などに体を回復させる、車で言うブレーキに相当する役割です。そして、この2つのモードを、環境の変化に合わせて自律的に調整してくれるのが「自律神経」です。

交感神経と副交感神経のバランス

人が活発に活動するためにはそもそも交感神経が働く必要がありますが、環境負荷が強すぎると交感神経過剰の状態が続き、心身ともに疲労してしまいます。

これが先述の「ストレス状態」でした。そのため、身体を休ませるモードである「副交感神経」とのバランスが重要になりますが、インターバルによって、その適度なバランスが維持されていることが考えられます。

「45分会議」が身体を休ませるワケ

ワーケーションや移住、通勤ラッシュからの解放など、いわゆるビジネスアワー外の工夫にとどまらず、ビジネスアワー内の仕組み化によって、メンタルヘルス不全を予防しつつ、テレワークのメリットを最大限に生かす企業も登場しています。

その1つが、2006年の創業以来テレワークを導入している、ワーク・ライフバランス社の「45分会議」です。

上述の調査において、会議間インターバルを「意識はしているが、実践できない」方が27%存在することが明らかになっていますが、その要因の1つは会議時間が基本「30分」「60分」単位で設定され、インターバルが保ちにくいことにもあると思います。

「意識はしているが、実践できない」会議間インターバル

ワーク・ライフバランス社では、45分会議の基本フォーマットにすることで、そうしたインターバルの“いつの間にか”消失を予防しています。

45分会議は「会議間インターバル」確保に最適化されたフォーマット

休むとは「高度な技術」である

安定したパフォーマンスを発揮するためには、こうした「適切に休む」ことが重要なのは言うまでもありません。しかし、そもそも「休む」ということは非常に高度な技術であり、うまくなるために練習が必要なものだと私自身は認識しています。

うまく休むためには、複合的な能力が必要です。まずは、自分の疲労に気づき「休むことが必要だと気づく能力」です。これがなければはじまりませんが、必要性にうまく気づくことができたとしても、どう休めば有効なのかはまた別問題です。そこには「自らの現状に合わせた、適切な休養行動を選択する」という別の能力が必要になります。

そして、実際に行動に移す上で最も重要なのは、「『休みたい』という希望を他者に伝える能力」です。「勇気」と言い換えてもいいかもしれません。結局、ここのハードルが一番高いと感じている人が多いのではないでしょうか。

まず「休むことが必要だと気づく能力」については、前述のように、人は構造的にストレスを自覚しづらく、さらにテレワークで生じやすい「疲労感のない疲労」にも注意が必要です。

こうした疲労に気づくために、自らの身体症状や自律神経の状態に自覚的になること、ストレス負荷がかかった時に自分に起こるさまざまな反応を知識として知っておくことが重要ですが、その際に、アプリなどのテクノロジーが一助になることもあります。

自らの気分を日記のように記録する認知行動療法系のアプリや、睡眠状態や気圧の変化などを把握できるもの、声や心拍変動などの生体情報を活用したストレスチェックなども、開発者によって精度や使用感にばらつきはあるものの、セルフモニタリング等に有効だと思います。

自分で「限界です」と表明しなくて済む仕組みに

そして、仮に休むことが必要だと気づいたとしても、「『休みたい』という希望を他者に伝える能力(勇気)」という新たなハードルも存在します。

前回の記事で、メンタルヘルスリスクの高いハイパフォーマーの特徴として、過剰適応傾向で、「積み重ねた信頼」が壊れてしまうことをおそれて、自らが限界であることを表明することが心理的に難しいという特徴を挙げました。

このあたりはもちろん個人の慣れや話術、勇気の問題でもありますが、産業医として強く感じるのは、職場のメンタルヘルスの問題を個人要因にのみ帰結させているかぎり、解決は難しいということです。やはりそこは、組織のカルチャーや仕組みでカバーすることが望ましいと思います。

例えば、一部の企業では、申請理由が必要ない休みを運用しています。今回の調査を実施した両社の「なんとなく休暇」「新しい休み」や、生理休暇、不妊治療休暇などを含む、女性の有給取得申請はすべて「エフ休(Female休暇)」とした、サイバーエージェント社の事例などが該当します。

テレワークが推進されている今、それによる疲労やリスクを見直すだけでなく、「休む」という行動を高度な総合技術としていま一度捉え直し、個人レベルで磨いていくだけでなく、組織としてもさまざまな実践や仕組みのあり方を新しく提示していけたら素晴らしいと思います。