世界13カ国で最も睡眠満足度が低い日本
日本人が、世界有数の「眠らない国民」であることは、よく知られています。さらにコロナ禍で、睡眠になんらかの悪影響を受けた人も少なくないようです。
ヘルスケア製品を製造するフィリップスが2021年、世界13カ国を対象に行った調査では、コロナ禍で睡眠に対する満足度が最も高かった国が「インド」(67%)、逆に最も低かった国が「日本」(29%)でした。
また同じ調査で、日本人の睡眠時間が前年(20年)より、平日で0.2時間減少したことも判明。「(コロナの感染拡大で)睡眠になんらかの影響を受けた」との回答も、日本人全体の48%と、約半数に達していました。
発売から7カ月で119万個の大ヒット商品
悩みを抱える人が多ければ、往々にしてそこに市場も生まれます。いまや日本の睡眠市場は、1兆円規模に達したとも言われるほど。枕やベッドなど寝具はもちろん、パジャマや空調、照明、食品やサプリメントなど、関連商品は多岐にわたります。
加えてここ数年は、専用アプリやガジェットと連動させ、睡眠の質を“見える化”する「スリープテック」市場が伸び盛り。来たる27年には、スリープテック機器のみで、4兆円以上の巨大市場(世界)に膨らむとも予測されているようです(20年 Global Market Insights調べ)。
そんな追い風のなか、21年10月、睡眠市場に彗星のごとく現れたのが、「ナイトミン 耳ほぐタイム」(以下、耳ほぐタイム/小林製薬)。
耳栓本体に小さな“発熱体”を取り付けて使う新発想の商品で、発売から約7カ月で119万個以上を出荷する大ヒットを記録しました。
「睡眠プロジェクト」に10人以上が集結
開発の契機となったのが、18年、小林製薬の社内に発足した「睡眠プロジェクト」。
「17年4月発売の『ナイトミン 鼻呼吸テープ(以下、鼻呼吸テープ)』の成功を受けて、ナイトミンブランドに関わるメンバーを中心に、10人以上が関わりました」と話すのは、同・日用品事業部の北口淳さん。
鼻呼吸テープは、当初「本当にこれ(テープ)が役に立つの?」と懐疑的に見る人々もいたそうです。しかし、発売直後から「使ってみると、口の中が乾燥しなくなった」や「いびきがうるさくなかった、と言われた」など喜びの声が次々と寄せられるように。
購入者は、男女約半々で「旦那さまのいびきに悩む奥さまが購入し、『これ貼って寝てね』と手渡すケースも少なくないようです」と北口さん。
気が付けば、発売から約5年で累計2億枚を出荷するほどのお化け商品へと変貌を遂げていました。
なぜ、耳に着目したのか
もっとも、その後の耳ほぐタイムの開発は、簡単ではなかったといいます。
そもそも“耳”に注目したのは、先の社内プロジェクトで、メンバーが赤ちゃんの耳に関する「ちょっとした気づき」を披露したから。
「『そういえば、知り合いの赤ちゃんは眠っているとき、耳が赤くて温かいんですよ』というのです。そこから『美容院で蒸しタオルを当ててもらうと、リラックスできるよね』といった意見も出て、耳を温める着想を得ました」(北口さん)
後押ししたのが、度重なる医師や有識者へのヒアリング。睡眠に副交感神経が深く関わっていること、そして人間の体、とくに“耳”には多くの副交感神経が存在しているとの情報も、大いに参考になったといいます。
その割に耳を温める商品は、市場にまだほとんど出回っていない。まさにブルーオーシャン、新市場としてトップリーダーなれる可能性を秘めていました。
最初は「カイロ」の技術を使おうとしていたが熱すぎて…
一方で、市場にはベンチマークとすべき商品が見当たらない。しかも眠りに就く前の一定時間、ある程度安定した温度で耳周辺を温めるとなると、発熱体の形状や発熱時間がネックになったとのこと。
まず難しかったのが、形状。同社は「カイロ」の技術を有していたため、当初は耳全体にカイロをあてがう構造を考えたものの、どうしても熱くなりすぎる。
そこで今度は、“耳のくぼみ”に注目し、「耳栓+発熱体」の発想に至ったと言います。
「でもそうなると、発熱体をかなり小型化する必要がある。しかも耳のくぼみの大きさや形状は、人それぞれ。どんな形にすれば耳にフィットするのか、その解を得るまでに、思考錯誤を繰り返しました」(北口さん)
従業員100人の耳のサイズをメジャーで計測
具体的には、社内で働く従業員約100人の耳を、ひたすらメジャーで測って平均値を出す。
また発熱体を取り付ける(耳のくぼみに入れる)耳栓自体も、樹脂が分厚いと熱が伝わりにくいため、素材や薄さの追求が課題に。3Dプリンタや簡易金型を使って約20回、「作ってはやり直し」を続けたそう。
さらに「どのぐらいの温度で、何分ぐらい温めるか」についても、トライアル&エラーを繰り返したとのこと。
「耳のくぼみに装着したとき、最も心地よい温度とは何度なのか。0.1度刻みで温度を変えては試す、という地道な作業でした」
当初は10分持たずに冷めてしまったため、発熱体を構成する水や鉄分などの含有量を少しずつ調整しながら、なんとか20分程度持続するものを探り出していったそう。
完成までにつくった試作品は、実に約50点。その間並行して進んでいたのが、小林製薬ならではの“アノ”議論、商品名をどうするかです。
発売ギリギリまで粘ったネーミング
同社といえば、喉の菌を殺菌する「のどぬ~るスプレー」や、発熱時におでこなどに貼る「熱さまシート」、傷口を水仕事から守る「サカムケア」など、絶妙なネーミングで知られます。
耳ほぐタイムの命名も、発売ギリギリまで粘ったそう。プロジェクトメンバーがアイデアを持ち寄り、会議の席上で何度も議論。最終的には、小林章浩社長まで加わって「もっといいネーミングはないか」と、メンバー全員で頭を悩ませたといいます。
「耳栓を強調しすぎると、たぶん抵抗を感じる人もいる。逆に“耳”という言葉をまったく使わないと、どんな商品か分からない。最終的には、就寝時に耳を温めることで気持ちを“ほぐして”もらいたい、そんな心地よい“時間”を提供したい、との思いを込めて『耳ほぐタイム』に決めました」(北口さん)
なぜ、商品機能をうたう言葉を使わなかったのか
そういえば、「耳ほぐタイム」のネーミングには「睡眠(眠り)」や「寝つき」「温熱」といった、商品機能をダイレクトに表す言葉が、一切含まれていません。
もちろん薬機法(旧薬事法)との兼ね合いもあるとは思いますが、小林製薬はあえて、商品の特性(機能)より、顧客の「ココロ」や「利用シーン」、すなわち「耳をほぐす=リラックス」や「タイム(就寝時)」に注目したのです。
かつて、大ベストセラー『ドリルを売るには穴を売れ』(佐藤義典氏著・監修/青春出版社)でも語られた通り、これが飽食の時代に商品を売る際のポイント。ドリルを売りたいなら、機能よりまず顧客にとっての「価値(ベネフィット)」を訴求せよ、とのスタンスです。
すなわち、顧客がその商品を買うことでかなえたい理想とは何なのか。たとえばドリルで壁に穴を開けておしゃれな棚を吊り、そこに趣味の雑貨を飾る、など具体的な「利用シーン」を提案することが重要です。
その際に外せないのは、“誰”をターゲットと捉えるか。忘れがちですが、ここが定まっていないと、顧客のココロや理想のシーンも描けません。
そこで改めて、耳ほぐタイムの商品パッケージを見ると、30代前後と思しき女性が、気持ちよさそうに目を閉じるビジュアルが描かれています。北口さんいわく、22年6月現在、同商品の最大の購買層も、30代前後の女性だそうです。
利用シーンを具体的に描けていた
実は20年2月、小林製薬が商品開発の過程で20~60代男女に行った調査では、「月1回以上寝付きが悪い」と答えた人(約47%)のうち、その理由に「ストレス」を挙げる割合が最も高かったのが、30代女性でした。
つまり同社が、当初から主力となるターゲットを見据え、その人たちのココロや理想、すなわち「ストレスを解消したい→寝る前にリラックスしたい」との利用シーンを具体的にイメージできたからこそ、「耳ほぐタイム」という絶妙のネーミングに至ったのでしょう。
日本ネーミング協会の会長で、コピーライターの岩永嘉弘氏も、著書『最強のネーミング』(日本実業出版社)などにおいて、ネーミングの作成やキーワード検索に入る前の段階で、まず「ターゲット」のペルソナ(顧客像)を、より具体的にイメージすべきだとしています。
ネーミングの天才の見えない努力
たとえば、部屋などの気になるニオイを消臭する「消臭力(リキ)」(エステー)や、コーヒーブランドの「BOSS」(サントリーHD)。前者は、家族の頑固なニオイに悩む人たち(おもに主婦)を「プロレスラーや力士のように力強く」助けるイメージを、後者は「このコーヒーを飲む人=働く人たちの理想(の上司)」とのイメージをそれぞれ訴求できたからこそ、ヒットした商品の代表と言えるでしょう。
耳ほぐタイムも、商品の新規性だけでなくユニークなネーミングが口コミを呼び、「発売当初から、自然発生的にSNSで話題になりました」と北口さん。
小林製薬は「ネーミングの天才」とも言われます。ですがその裏には“天才より秀才”、すなわち最後まで決して妥協しない粘り強さ、そして調査結果から見えるターゲット像をしっかり反映させようとする“秀才張りの”努力が隠れているのです。