コロナ禍の就活を経た新人が入社して2カ月が過ぎた。精神科医で産業医も務める井上智介さんは「コロナ禍入社の新人には、不全感を抱えやすい、健康リスクに敏感などの傾向があり、周りの先輩や上司は、そうした傾向を理解して寄り添った対応をすることが必要だ」という――。
ラッシュアワーの電車内
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入社してから「予想や期待と違う」

最近、コロナ禍入社の社員たちや、その先輩、上司から相談を受けることが増えてきました。社会が大きく変化するさなかで就職活動を行い、入社した若者ですから、これまでの世代とは違ったいくつかの傾向があるようです。私が相談を受ける中で受けた印象では、大きく4つが挙げられます。

1点目は、不全感を抱えやすいことが挙げられます。コロナ禍新入社員は、就活もオンラインがメインで、会社の人との直接的なやり取りが少ないままで会社を選んでいます。また会社側も、コロナ禍対応に追われ、事業や働き方が今後どう変化するかわからないままで就活生に説明をしています。このため、新入社員の方では「入社してみたら、期待や予想と全然違っていた」「就活中に受けた説明とは違う」という不満を抱え、「思っていたのとは違う」という不全感を抱えやすくなっています。

2点目は、会社や部署への所属感の薄さです。会社ではオンラインのやり取りが増え、職場で誘い合ってランチに行ったり、打ち合わせが始まる前に雑談をしたりといった交流が減っています。このため、ほかの社員と個人として関わる機会が少なく、名前を覚えてもらって「○○さん」と個人で呼びかけられる経験が少なくなっているようです。このため、入社からしばらくたっても、なかなか会社や部署に対する所属感が持ちにくいという人が多いのです。

健康を害してまで働きたくない

3つ目の特徴は、モチベーションを保ちにくいことです。オンラインだと、いくらオンライン会議ツールやチャットなどでほかの人とやり取りしていても、パソコンに向かって1人で作業をすることがメインになります。もともと最近の若手は、自分から助けを求めたりするのが苦手な傾向がありますが、オンラインだと余計にハードルが高く感じてしまい、なんでも1人でやらなくてはと思ってしまうようです。同僚や同期の頑張っている姿が見えず、孤独感を抱えて「自分も頑張ろう」というモチベーションが保ちにくいのです。

健康リスクに対する意識が高いのも、コロナ禍入社の特徴の1つです。学生時代からコロナ禍を経験し「感染すると就活ができない」「周りに迷惑をかける」というリスクを常に意識してきたため、健康リスクを避けたいという気持ちが強いようです。それゆえ、過労死やメンタルヘルス不調にも敏感で、自分の健康を害してまで働きたくないという意識を持っています。

「満員電車ってしんどいですね」

そんな特徴を持つコロナ禍新入社員に、周りはどう対応していけばよいのでしょうか。

まず上司や先輩としては、コロナ禍入社の社員が先ほど挙げたような特徴を持ちやすいことを理解してほしいと思います。そして、こうした傾向を批判的に見るのではなく、どうしようもない環境変化によるものだと理解し、寄り添う姿勢で対応してください。

そのうえで、こうした若手の「不全感」を払拭し、信頼感を得るためにも、過剰に期待させるようなことはなるべく言わないよう気を付けたほうがいいでしょう。コロナ禍のこともあって、少し先であっても見通しが立ちにくい時代です。自分たちの若いときの経験をベースに「今後はこうなるよ」などと気軽に言わず、わからないものはわからないと正直に伝えるほうがよいでしょう。

逆に、丁寧に教えたりサポートしたりしてほしいのが「会社に入って直面する課題や大変さ」です。

最近、ある新入社員が「満員電車ってしんどいですね」と言っていたのが印象に残っています。私たちからしてみれば当たり前のことですが、確かに言われてみると、彼らはここ2年以上、ほとんどオンラインで学生生活を送ってきて、電車で通学することはありませんでした。

しかし入社すると、在宅勤務ばかりではなく出勤日もありますから当然、満員電車に乗ることもあります。「満員電車がしんどい」と言われて、「そんなこと当たり前じゃないか」とはねつけるのではなく、「確かに慣れないと大変だろうな」と寄り添う気持ちで接してほしいです。

アルバイト経験がない人も

また、大学生の時は学生同士の関係ばかりだったのが、社会人になると、上司や先輩、社外の取引先やクライアントとの関係ができて、そこに困難を感じるようになるのはこれまでの新入社員と同じですが、コロナ禍入社の社員は一層そこに難しさを感じやすくなります。なぜなら、学生時代にコロナ禍でアルバイトをする機会がないままで、初めて働き始める人が多いからです。そこが難しくて心が折れそうになるという悩みもよく耳にします。

自分たちにとっては当たり前のことが、若手にとってはそうではないということは、これまでにもあったと思います。コロナ禍入社の若手は、そのギャップがこれまでよりも大きい。ですから、こうした小さなことから大きなことまで、できるだけ予測される課題や大変さを伝えながら、一方で、彼らが直面した大変さを受け止めるようにしてください。

パンを焼く店員
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一週間に一度はこちらから声掛けを

そのためには、頻繁な声掛けが欠かせません。また、先ほど挙げた「所属感の薄さ」を補うためにも大切です。

オンラインでは欠けがちな雑談をこころがけて、相談しやすい雰囲気をつくることも重要です。そして「何か困っていることはない?」といった声掛けを、一人ひとりに対して最低でも週に1回は行うほうがいいでしょう。

ただ、そのときもこちらから掘り下げていくことが大切です。現在どんな仕事に取り組んでいるかを把握しておくのは大前提。そのうえで「先週頼んだ○○の件で困っていることはない?」など、ある程度具体的に質問したほうが、部下のほうも答えやすいでしょう。「何かない?」だけでは、大雑把すぎて「(ありすぎて)特にありません」となってしまいます。

「何かあれば、むこうから言ってくるだろう」という姿勢では、なかなかうまくいきません。こちらからすると「若手/部下から慕ってきてほしい」という気持ちもあるでしょうし、こちらから声をかけるのは、最初は勇気がいるかもしれません。しかし、接触頻度を増やすことが、つながりを太くします。最初は挨拶程度でもいいので、ぜひ頻繁に声掛けをするようにしてください。

つながりをつくり、孤立させない

モチベーションを維持するためには、やはり同期など、同じ悩みを抱えることの多い若手同士が、つながりを持てるような機会をつくるようにする必要があります。できれば、コロナの感染状況をよく見ながら、同期で共同作業をする機会を持つとよいでしょう。愚痴を言ったり悩みを相談したりするだけでなく、お互いの働く姿を見て刺激を受けられる場が必要です。ぜひ、つながりをつくり、孤立させないようにしてください。

もう1つ心がけてほしいのは、できるだけ働き方の選択肢を広げておくことです。オンライン授業やオンライン就活に慣れているコロナ禍の新人には特に、在宅勤務が可能かどうかが大きなポイントになります。オンラインばかりでも、人とのつながりが希薄になりがちなので危険ですが、働き方に自由度があることが、健康リスクを低減するうえでも安心感につながるようです。私が相談を受けた中でも「在宅勤務が許されない」という不満の声はよく聞きますし、ここで自由度がないと、「辞めたい」という方向に傾きやすいようです。

これまでも「今までの当たり前が通用しなくなっている」とは言われてきましたが、新人の育成についても同じです。自分たちが新入社員だったときを基準にして批判したり嘆いたりするのではなく、大きな環境変化のさなかなのですから、フラットに「昔とは違うんだな」と受け止めて対応してあげてください。