2020年にキッズラインに登録しているベビーシッターによる性犯罪が相次いで明らかになってから2年。この6月8日、改正児童福祉法が成立し、シッターのデータベースに過去事業停止命令等を受けた場合に、その情報が記載される法的根拠が整った。これで子どもへの性犯罪を防げるのか。この問題を長く取材してきたジャーナリストの中野円佳さんは「キッズラインではその後わいせつ以外にも不祥事が続き『劇的な改善が見られない』(内閣府)として内閣府ベビーシッター派遣事業割引券の新規停止処分が継続している。マッチング事業者のモラルが問われている」という――。
お母さんの肩にもたれて眠る赤ちゃん
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子どもへの性犯罪の再犯を防ぐ

2022年6月8日、改正児童福祉法が、参院本会議で全会一致により可決、成立した。その中に「児童をわいせつ行為から守る環境整備」が盛り込まれ、子どもへの性犯罪を防ぐための規則が厳格化された。

教員や保育士など、子どもに関わる仕事に就いている人が子どもにわいせいつ行為などの性犯罪をはたらき、免許の失効や取上げや資格の登録の取消などを受けても一定期間後に再び子どもと関わる仕事に就き、再犯をする事例が後を絶たない。

このような背景から、2021年5月には、わいせつ行為を行って免許状が失効した教育職員等の情報が登録されたデータベースの構築や、当該者の免許の再授与にあたって裁量をもたせること等を内容とする議員立法「教員による児童生徒性暴力防止法」が成立。このとき、保育士資格についても同様の仕組みが必要とされ、今回、教員と同様に「児童へわいせつ行為を行った保育士の資格管理の厳格化を内容とする改正」が行われた。

わいせつ行為を行った保育士のデータベースを整備

具体的には、以下が盛り込まれている。

・ 保育士の欠格事由に係る登録禁止期間を、禁錮以上の刑に処せられた場合に無期限、それ以外の場合には3年とする

・ 保育士の取消事由に児童へわいせつ行為を行った場合を追加し、児童へわいせつ行為を行ったことにより保育士登録を取り消された者については、保育士資格の再登録の際に審査を行う仕組みを導入する

・ 児童へわいせつ行為を行った保育士等の情報に係るデータベースを整備し、雇用主が保育士の雇用の際に当該情報を活用できるようにする

わいせつ行為等を行った事業者名の公表が可能に

また、厚生労働省「社会保障審議会児童部会子どもの預かりサービスの在り方に関する専門委員会」は、2020年にシッターマッチング事業者であるキッズラインで、登録したシッターによる子どもへの性犯罪が明るみにでたことを受け、児童へのわいせつ行為を行ったベビーシッターの対策を議論していた

今回、専門委員会の取りまとめを受け、改正児童福祉法には「事業停止命令等を受けた認可外保育施設の名称等を公表できる」ことが盛り込まれた。これまでも厚生労働省が定める認可外保育施設の指導監督指針(局長通知)により各自治体の判断で公表しているものの、今回の改正により、公表の法的根拠が整った形だ。

ベビーシッターはマッチングプラットフォームなどで活動する場合、個人であっても「認可外保育施設」として登録をする必要があり、利用者は近所に登録シッターがいるかどうか「ここdeサーチ」というデータベースで検索できる。今回の児童福祉法改正を受け、今年9月には、氏名等とともに「ここdeサーチ」に事業停止命令等が記載される見通しだ。

利用者が過去の行政指導情報を検索した上でシッター等を選ぶことができるようになるほか、実質的には、犯罪等を行ったシッターが登録することを抑止する効果が期待される。

ただし、これらの資格停止やデータベース登録では初犯は防げないほか、塾や学童、習い事など子どもが関わる広範な活動をカバーできないという課題もある。英国で子どもに関わる仕事をする大人について犯罪歴等のないことを確認するための制度DBSの日本版を導入すべく「内閣官房こども家庭庁準備室」での議論は続く。

マッチングプラットフォームが抱える課題

ベビーシッターのマッチングプラットフォームを巡っては、課題も残る。最大手のキッズライン社では、わいせつ事件に続き、2021年には本来シッターに義務付けられていた自治体への届出が無届のまま内閣府の補助金対象として201人のシッターをマッチングしていたことが明らかになり補助金返還を求められる(参考記事)など、不祥事が続いている。

キッズライン社は、「安心安全」をうたい、「厳格な審査」をしていると説明してきたが、筆者の取材により、過去、ずさんな審査体制や運営側による評価の偽装などをしてきたことが明らかになっている(参考記事)。

抱っこひもでおぶっている赤ちゃんが寝ている間にスマートフォンを使用する母親の手元
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劇的な改善には至っていないキッズライン

2021年夏にはシッターが乳児を激しく揺さぶる事案が発生。その動画がSNSで拡散されるまで報告等をしなかったため、2021年11月20日以降、「再発防止の実施状況の報告がなされ、適切な対策を講じたことが確認されるまでの期間」として、新たにキッズラインに登録したシッターや利用者が内閣府補助券を利用できない処分を現在も受けたままだ(参考記事)。

内閣府によるベビーシッターサービスの補助金事業は、サービスを利用する家庭に割引券の形で直接交付するもの。シッターサービスの利用者が内閣府が定めるベビーシッターを利用した場合、1回につき4400円分の補助金が出る。

既存の補助券利用者への影響を鑑み、内閣府はキッズラインを補助券利用対象事業者としての認可を今年度も更新しているものの、新規停止措置は解除していない。内閣府担当者によれば、「(審査・点検委員会の)審査で納得いただけるような劇的な改善はなされていないとみなされている」ためだ。

訴訟リスクも…マッチングで働くシッターの責任

このような中、キッズラインは、2022年から利用者がシッターを予約した時点でシッターの氏名・住所を自動送信する仕組みを導入した。同社は筆者の取材に対し「指導監督基準に従って契約成立時にシッターの住所を契約内容の一部として送信しております」と回答している。

しかし、当の厚労省側は「指導監督基準では、確かに契約が成立したときに住所等の情報提供をすることを定めていますが、必ずしも、自動送信のような形で一切のタイムラグを否定しているものではないと伝えている」という。

厚労省に対して同社はそれでも予約時を契約成立とみなす判断について「仮に当事者間においてサポートのキャンセル(契約不履行)をめぐる紛争が発生した場合にも、契約締結に関して相手方の住所・氏名の把握がなされていなければ、損害賠償などを求める訴訟等を提起することができない」ことなどを理由に挙げたという。いわば、トラブル発生時には、利用者とシッターが訴訟をすることを前提としているわけだ。

「気軽に」「隙間時間を使って」働けると宣伝されたマッチングシッターだが、働く側は命を預かる仕事であり、子どもに接する際は細心の注意を払うことはもちろん、自治体への届出等のさまざまな責任と、利用者とのトラブルなどが発生した場合は訴訟等のリスクを背負うことを理解して登録する必要がある。

事業者はトラブル対応にどこまで責任をもつべきか

今回の児童福祉法改正はその1つの成果ではあるが、厚労省や内閣府も、マッチング型シッターの監督の仕方を模索している。

そもそも、CtoCとも呼ばれるマッチングプラットフォームは、あくまでユーザーとサービス提供者をマッチングする場で、プラットフォーム運営会社がサービスに対する直接的な法的責任は取らない。採用や教育、トラブル対応にコストをかけずに、利用料の一定割合を利益にできる仕組みだ。

しかし、そのようなマッチング型事業者が国の補助券事業の対象となったのは、幼保無償化後の流れで補助金の対象として、個人のシッターを対象にするかどうかが内閣府内で議論された際、個々人で補助金事業申請はできない代わりに、保険の加入なども含めた「取りまとめ役」としてマッチング型事業者を加えたという経緯がある。

このような「取りまとめ役」としての期待もあり、厚労省の専門委員会はキッズライン社を念頭に、「保護者、ベビーシッター双方から手数料等を徴収することなどにより収益を得ていること」「一部のマッチングサイト運営者は公的事業に関与していること」などを理由に、マッチング事業者も一定の責任を負うべきと結論付け、ガイドラインなどを強化している。

マッチング事業者のモラルが問われる

内閣府のシッター補助券については、シッターを依頼するための補助券を使いながら家事代行など目的外利用をしている家庭があるという情報もある。本来、シッターはそのような依頼があった場合は依頼を断り、マッチング事業者に報告する責任がある。また事業者はそのような利用実態を把握した場合、補助金の返還を求める必要がある。

キッズライン側は目的外利用の有無について筆者の取材に「弊社では内閣府補助券の目的外利用はお断りしておりますし、万一そのような事実が発覚した場合には補助金のお支払いはお断りし、不正利用が発生しないようにしております」と回答している。

子育ての社会化を進めるうえで、多様な選択肢を安全に増やしていくためには「取りまとめ役」としての事業者のモラルも問われることになる。